第百八十一話 観戦者の一幕
各ブロックで勝ち残った選手はすべて、ノーブルクラスの生徒。誰もが予想できた流れではあるものの、諦観の溜息を漏らすものは殆どおらず、むしろ興奮の熱気が渦巻いていた。
忘れてはならないのが、このジーニアス魔法学校の水準は国内でトップクラス。たとえ一般クラスであろうとも、下手すれば在野にいる魔法使いよりも高い実力を有しているかも知れないのだ。
つまりは生徒一人一人のモチベーションが非常に高いのだ。明らかに格上と思える同世代の魔法使いに対しても、羨望と嫉妬を抱きながらも貪欲に己の糧にせんとつまびらかに観察している。
大局的な面で見れば、決闘という仕組みやこうした校内戦は、ひいてはそうした生徒たちの向上心を最大限に刺激し高めあうためのものなのだ。
「校内戦は一年を通して大いに盛り上がる行事の一つですが、今回は例年以上に大きく盛り上がっていますね。実に結構結構」
「その言い様、ちょっと爺むさいのぅ」
「いえ、老師ほどではないにしろ、私もそれなりに歳を食ってますからね?」
会場を一望できる貴賓室では、学校長と大賢者が若人たちの戦いぶりをつぶさに観戦していた。
「お前んとこの弟子はでんのかい。あやつなら、良い所まで食い込めるじゃろうて」
「私も勧めては見たんですが「興味ない」と素気無く断られまして」
付け加えれば、性格を除外したとしてもミュリエルはそもそも勝ち上がり方式の戦いには向いていない。
内向的に見えて実は身体能力もそれなりにあり瞬発力もある。だからこそ、超化を使っていなかったとはいえ、リースと一時的には互角以上の戦いをすることができた。
しかし、校内戦は平時の決闘とは違い、一日になんども戦うことになる。
「校内戦では、ただ勝てば良いというものではありません。先々のことを考えていかに体力魔力を配分するか。どこで全力を向ければ良いかを考えるのも必要になってきます。残念ながら我が弟子は、その体力が致命的に足りない」
おそらく、一試合を終えた時点で魔力よりも先に体力が尽き、二戦目以降には臨めないだろう。
リースたちとの交流によって、研究にのめり込んで引きこもっていた頃よりは遥かに活動的にはなった。欲をいうと、そこからもう少し踏み込んで体力を増やして欲しいところである。
「そこいくと、さっき試合してた風属性の娘はよくやっておったの」
「あそこまで徹底する子というのは、久々でしたがね」
カディナにとってテリアとの一戦は、対面する前──校内戦の開幕からすでに始まっていた。そして彼との一戦すらも、次に行われる準決勝への布石なのである。
「うちの馬鹿弟子は、その辺りはまだまだじゃからなぁ。上を目指すのなら、盤外戦も頭に入れんと足元を掬われかねん」
──戦の勝敗とは、戦場に赴く前に積み上げてきたものの帰結である。
時として戦争において語られる心構えとして語られる一文であるものの、何も集団戦に限った話ではない。勝敗を決するのは鍛錬の成果だけにあらず。自身の研鑽は勝敗を決する一員にすぎない。およそ大部分は占めるが、全てではないのだ。
「実際、お前の弟子とやり合ったときはそれでちょいと危うかったからな。まぁ、痛い目が許される環境というのは、面倒を見ている師匠としちゃありがたいがの」
「相変わらず厳しいですね、老師」
「魔法使いも戦士も、生死の境界を乗り越えた数だけ強くなるってもんじゃ。その辺り、とりあえず境を超えない程度をきっちり見極めて監督してるだけ、儂って優しいじゃろ?」
可愛らしく大賢者がニコッと笑うがとんでもない。
言い換えると、死なない限りに極限ギリギリまで追い詰められるという訳である。言外に読み取った学校長は、果たしてリースがどれほどに過酷な鍛錬をさせられてきたのか、想像しただけで背筋が震えた。
「ところで老師。今回はリースくんにどのような助言をしたのでしょうか」
「そこはまぁ彼奴の番まで待つことじゃ。ちょいと前に儂のところに来て少しばかり口を出したが、そこから今まで会ってはおらなんだ。どのような結論に至ったのか、儂も楽しみでな」
「では、老師の答え合わせは後程に。今は目の前の試合に集中しましょうか」
「そうじゃな。儂としちゃぁ、水属性の娘を応援したいところじゃ」
二人は語り合いながらも、その視線は決闘場の中央に注がれ続けていた。
今まさに、準決勝第一試合──アルフィ対ラトスの熱戦が繰り広げられている最中であったからだ。