第百八十話 埒外の一撃──準々決勝終了
当然、それを見逃すカディナではなかった。
水流制御の甘い部分を見定めると、攻撃魔法で撃ち抜き更に揺さぶりをかけていく。派手さも容赦もなく、的確に相手の弱みを狙い撃つ手堅い攻めだ。
テリアもどうにか態勢を立て直そうと奮闘するが、一度崩れた調子を取り戻すのは至難の業。水流操作の小さな綻びが、カディナの攻撃魔法によって大きな歪みへとつながっていく。時折に水鞭を奮ってカディナを迎え撃とうとするも、いつもの鋭いキレはなく、ほぼ半ばでカディナの魔法によって弾き飛ばされる。
戦いの趨勢がどちらに傾いているのか、観客席の生徒たちにも明らかであった。
──そしてついに、堅牢流麗を有していた水城塞が崩れるように崩壊した。流れを失った水がテリアに降り注ぎ、彼の体を濡らす。
カディナの攻撃が止まった。けれども、すでに手元には強力な魔法が投影されており、いつでも放たれる準備がなされていた。
ポタポタと水滴を滴らせながらテリアはカディナを睨み、けれどもやがては力を抜くと両手を上げた。
「降参する。俺の負けだ」
「そこまで! 勝者カディナ・アルファイア!」
教師の宣言が響き渡ると、カディナは手元の投影を解除した。
テリアはずぶ濡れになった制服を魔法で即座に乾かすと、カディナに歩み寄った。
握手を交わしながら、カディナは申し訳なさそうに告げる。
「ごめんなさい。今回は少しばかり卑怯な手を使わせてもらったわ」
「こうもいいようにしてやられるのは予想外だった。俺の完敗だよ」
両者の健闘を讃える大きな歓声が巻き起こる中、実況も大いに興奮していた。
「見事に準決勝にコマを進めたカディナ選手! ですが、テリア選手は体力にも魔力にもまだ余裕がある様子。降参が早いように感じられましたが、どうでしょうかウェリアス先生」
「いえ。残念ですがテリア君の判断は正しいと言わざるを得ないでしょう。あの状況からの巻き返しはおそらく無理だったはずです」
テリアの水城塞は非常に独創的でありながらも実用性もある優れた魔法であるものの、それだけに複雑な仕組みを内包している。本来であれば魔力を内側に循環させることで長時間の維持も可能だが、それは万全の状態で制御できていればの話だ。初撃を食らったことで集中力が乱れ、投影が大きく阻害された。そうなれば維持するための魔力の消費は跳ね上がる。
魔力も集中力も消耗した状態で破られれば、再び投影するにも一度目の発動よりもずっと時間がかかるのは当然である。
その上、既にカディナの手元には強力な魔法が発動待機状態。どうあっても二度目の水城塞は間に合わないと判断したのだ。
「これはカディナ君の作戦勝ちであったと私は考えます」
「えっ? 私の目からは終始カディナ選手の圧勝にも見えましたが」
「結果だけを見ればそうです。ですが、もしテリア君が最初の一発を貰わず、万全の水城塞を投影できていれば、まだ勝機は残されていたでしょうね。少なくとも試合開始直後においては決定的ではなかった」
水城塞は特定の条件下においては非常に強力な魔法だ。決闘という仕組みに非常に合致している。型にハマればテリアを正面から打破できる生徒は一学年では一握りであろう。
「おそらくですが、カディナ君はこの校内戦が始まってからずっと、テリア君との試合を見据えていた。それまでの試合ではあえて後手に周り強者の余裕を示していたのです。カディナ君が相手の出方を見るという先入観を植え付けるため」
この先入観によって、おそらくテリアの初手──水城塞の投影が数秒、あるいは一秒にも満たない時間ではあるが、僅かばかりに遅れた。
このたった一秒未満に、カディナは勝機を見出していた。
テリアは元々、後手から着実に攻める魔法使いであるが、その後手を揺さぶる手痛い一発には最大限の警戒をしていたはずなのだ。
警戒を埒外から穿ったのは、カディナか発した超速の先手。
これによって集中力が大いに乱され、万全とは言い難い中途半端な水城塞を投影するに至った。この時点で勝敗が決していたと言っても過言では無かった。
「カディナ君の投影速度は、主席の彼を除けば間違いなく学年内では最速。下手なブラフもなくともテリア君の水城塞が完成する前に一撃を入れられた可能性はある。けれども、盤石を喫するためにそれまでの試合を組み立てて行ったのでしょう」
「テリア選手を最大の敵だと見定めていた……と言うことでしょうか」
実況の言葉を、ウェリアスは安易に頷くことはせず、間を置いてから答える。
「当然、強敵の一人として認識はしていたでしょう。でなければ策など弄するはずがない。ただ、カディナ君にとって、テリア君との試合はいかに消耗を少なく準決勝に臨めるかが最大の課題だったと、私は思っています」
あるいは、万全の水城塞を攻略する手立てそのものはあったのかもしれない。けれども、そうなれば確実に消耗が激しくなる。
カディナが次に望むのは準決勝──第三ブロックの勝者との戦い。
つまりは、一学年の中で文武共に頂点に立つ男である。
「純粋な魔法の競い合いとはもしかしたら言い難いかもしれません。ですが、魔法を交える前からすでに勝利の布石を打つのもまた、魔法使いの姿ともいえるでしょうね」
そう言うウェリアスは、満足げに頷きながら壇上から去っていくカディナを見据えていた。