第百七十九話 校内戦の開始です――やってくれました
各々が自らを高める時間を過ごす中、ついに校内戦の当日を迎えることとなった。
『皆様、ご覧になっておられるでしょうか! この熱気! この興奮! 此度の校内戦において会場は最高に温まっております!』
実況を担当しているサラドナ・マクシの熱弁が、拡声魔法具によって広まり、呼応するように観客席に座る生徒たちが沸く。
『ご存知の方も多くいらっしゃるかと思われますが、今年の一学年は例年になく決闘が盛んに行われており、その影響からか校内戦の参加選手数は前年度の倍近くにまで達しました』
あまりにも盛況であったため、例年では二つの会場で行っていたところ、時間がかかりすぎるということで、今回は会場を四つに分けてブロックごとに同時進行で行っている。
『既に他三つのブロックでは準々決勝進出者が決まっており、残すところはこの第四ブロックとなっております』
普段は行われない、一日あたりに繰り広げられる決闘の数々。入学してからこれまでの期間で培ってきた技術の競い合いは非常に白熱したものであった。
『とはいえ、やはり一際に高い実力を見せつけていたのはノーブルクラスからの参加者でありました。学年最高峰の自負もあるのでしょう。奮闘する他クラスの生徒たちを圧倒する戦いぶりを見せつけていました』
第一ブロックの勝者、アルフィ。
第二ブロックの勝者、ラピス。
第三ブロックの勝者、リース。
他にもノーブルクラスの生徒も多く参加していたが、各ブロックで勝ち残った面々は大半の予想通りであった。アルフィとリースは言うに及ばず、ノーブルクラス入りを果たしたラピスは同クラス生徒との決闘でも全て完勝しており、メキメキと頭角を表していた。
『そして今まさに、残る第四ブロックの勝者を決める試合が開始されようとしております』
校内戦準々決勝、第四ブロックの決勝戦。
矛を──魔法を交えるのはカディナとテリアだ。
テリアはブロック決勝戦に臨む唯一の魔法使いであったが、一時とはいえノーブルクラスに在籍していた。実力の程は申し分ない。とはいえ、相手は学年第二位の成績保持者である。
カディナは学期が始まって以来。ほとんど決闘を行っては来なかった。それだけに経験不足と見る者もいたが、ブロック予選での試合の数々ではまさしく強者の威風。
あえて対戦相手に先手を打たせ、荒れ狂うような風魔法でそれら一蹴し跳ね除けてきた戦いぶり。本来であれば威力の劣る風属性で後手を撃ちながら圧倒していく様に、もはや実力を疑う余地は皆無であった。
『果たして学年二位の実力者にテリア選手の持ち味である城塞がどれほど通用するのか、注目の一戦が始まります! なお解説は引き続き、第四ブロックを担当してくださったウェリアス先生です。先生、よろしくお願いします』
『ええ、こちらこそ』
皆が注目する中、決闘が行われる壇上にカディナ、テリアがそれぞれ入場する。
「先生、この一戦をどのようにお考えでしょうか」
両者を視界に収めながら、サラドナが解説席のウェリアスに質問を投げかける。
「そうですね。あまり勝敗に関わる予想は控えておきますが、やはりカディナさんがどのようにテリア君の防御を崩すか。ここに注目ですね」
多くの生徒の知る通り、テリアの持ち味は水の魔法を用いた防御布陣。本来であれば相手を閉じ込める魔法を改良し、己の周囲に水の防壁を張り巡らせる水城塞。相手の攻撃魔法を水流で受け流しつつ、表面から伸びる水鞭でたたき伏せる戦法だ。既にその存在は以前より行われていた決闘によって知られているものの、校内戦においては誰一人崩すことが叶わなかった。
「戦況的にはテリア選手が有利であると?」
「というか、決闘の仕様がテリア君に有利である、といったところですか。これが移動距離が無制限の実戦であれば、カディナさんが圧倒的優位に立つのでしょうが」
テリアの水城塞は高いレベルの攻防一体であり、並大抵の魔法ではほとんど揺るがないだろう。だがしかし、攻撃の要である水鞭には射程限界がある。極端な話、水鞭の効果範囲外から一方的に魔法を撃たれ続ける展開に陥れば、水流の防壁を維持できなくなりテリアの敗北が決まる。
しかし決闘で動ける決められた範囲であり、水城塞をどの場所で展開しても水鞭の射程の範囲内。つまりはテリアの持ち味を十二分以上に発揮できる舞台なのだ。
「さぁ、両選手とも準備が整ったということで、立会人の先生が手を挙げました。まさしく緊張の一瞬です」
第四ブロック最終戦の開始を前に、会場が静まりかえる。
誰もが固唾を飲んで見守る中、教師の手が振り下ろされる。
「始めっっ!」
響き渡る開始の合図。
「グゥッッ!?」
唐突に、テリアの体がくの字に折れる。比較的に近い場所で観戦していた者たちであれば、彼の表情があからさまに曇っているのが分かっただろう。
「おぉぉっと! テリア選手に異常事態発生っ!? これは──」
相対するカディナに目を向ければ、かざした手に魔法陣が投影されていた。
否、それは既に魔法を解き放った残滓であった。
「風属性魔法は投影も魔法そのものの速度も他属性に比べて優れていますが、これほどとは」
ウェリアスの口振りには驚きと称賛が含まれていた。
「──っ、やってくれるなっ」
苦悶に顔を歪めながらも、テリアは魔法陣を投影。続けて放たれたカディナの風魔法は、展開した水城塞の防壁に受け流される。
魔法の投影を阻害する要因はあげれば枚挙すると数限りないが、最たるものが『痛み』だ。特に、それまでは安全なところで伸び伸びと魔法の鍛錬に明け暮れていた若い魔法使いは顕著である。魔法学校における決闘も、この辺りを矯正する為に推奨されている部分もある。
その点で言えば、テリアは立派なものだ。戦闘不能に届かないものの、開始直後の先制攻撃に物理的な痛みと精神面で衝撃を受けつつも、魔法を投影してのけた。日常的に行っていた鍛錬の賜物だ。
けれども、これまでの試合では見事な半球を形成していた水城塞の表面に、至る所で飛沫が起こっていた。水流の制御に齟齬が生じているのは素人目にも明らかであった。