第十六話 授業のお話──よし来たわっしょい
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──食堂水浸し事件の四日後。
朝の授業が始まる前、俺とアルフィは食堂で会話をしながら朝食を取っていた。
残念ながらまだ友人は出来ておらず、二人で向かい合っての朝食。何せ周囲は貴族様ばかりだ。色々な意味で目立ち、それでいて平民である俺たちと進んで友人になろうとする物好きはいないようだ。
さ、寂しくなんかないんだからね!(誰得?)
俺はパンを口に放り込み、咀嚼し飲み込んでから周りを見渡した。
「水圧やらなんやらでしっちゃかめっちゃかになった食堂も、翌朝には綺麗さっぱりになっていたから驚きだわ」
「礼儀正しいお貴族様が多いこの学校も、魔法を使った騒動ってのは日常茶飯事らしい。だからその対応に関しても教師陣は手慣れてるんだと」
「だからあんな迅速に教師たちが駆けつけてきたのか」
「他にも、損傷した備品の補充やら破損した施設の修復とかな」
魔法の中には物質の形を操作したり組成を組み替えたりするものも存在している。それらを応用すれば道具や建物の修繕も可能だ。その場合であっても修繕に材料が必要になってくるが、職人が手間暇掛けるよりも圧倒的に早く作業を終えることが出来る。
「……もしかして、高い入学金や学費って、その修繕の材料費とかが原因じゃねぇのか?」
「かもしれないな、小さな頃から金銭的に恵まれてる奴ってのはそこら辺りの被害に鈍感だ。よほど高価な美術品がない限りは自重せずに暴れ回るだろうさ」
「ああ、この前みたいな展開か」
「そうでないと、生徒やテーブルが密集する食堂のど真ん中で魔法を使おうなど思わないよ」
防御魔法とは違い、属性魔法のほとんどは攻撃性を秘めている。青髪が使っていたのが水属性だから良いが、火属性だったら処罰はもっと重たいものになっていたかもしれない。
それからは話題は授業内容に移った。
魔法使いの学び舎としては最高の水準を誇るジーニアス魔法学校だが、その本質はやはり『学校』。魔法に関する事以外の様々な授業も行われている。
国語、古典、算術、地理、歴史と言ったどの学校にもあるような授業もあるが、なんと政治経済学や芸術の授業まである。果ては社交界におけるマナー講座まであるというのだから驚きだ。
何も酔狂で後半に上げた授業が行われるわけではない。
魔法使いは『国』にとって最も重要な人員の一つであり、特にジーニアス魔法学校の卒業生は国を背負って立つ人材の卵。加えて、新入生や在校生の大半が貴族出身者。
卒業後に軍人となって国家防衛の要になる者もいれば、政治関連の要職に就く者だっている。これらに関する深い知識がなければその道に進むことなどできないのだから。彼らにとってむしろ、政治経済学などの授業はあって当然の話だった。
政治経済学に関しては、大賢者の婆さんから簡単な手解きはされた。あの婆さん、魔法使いにとっては一般教養も大事だという事で本当にいろいろな知識を教えてくれたのだ。
とは言っても、彼女自身『黄泉の森』に住み着いてから長いようで、知識の大本はかなり古い。幸いにも政治の骨組みは婆さんがよく知る時代から現在までに大きな変化は無かったようで、その差異を改めて勉強し直せば大丈夫だ。経済に至っても根っこの部分は変化がないので同じく何とかなった。
ただし、芸術やマナー講座に関しては完全に門外漢。
貴族出身の生徒たちなら幼少の頃より教育の一環として芸術やマナーを仕込まれているだろうが、田舎村出身の俺にはまるで無縁だった。どちらも、平民として生きていくには全く必要ないし、そもそも興味がなかった。
「幸いなのは、芸術とマナー講座の授業と他の授業の成績が別枠だって事だな。この二つはとりあえず基準点さえ満たせば問題ないらしいし」
「助かるのは事実だけど、だからといって疎かにもできないぞ。逆を言えば、基準値を満たなかったら落第の可能性もあるんだから」
ゼストの説明を受けた時の俺と、同じく平民出身であるアルフィの安堵は大きかった。アルフィは故郷でも貴族学校に通っていたが、マナーに関しては本当に必要最低限しか習っておらず、芸術の授業はそもそも無かったらしい。同じ貴族でも、田舎町の貴族と都の貴族では教育の水準が大きく異なるのだろう。
芸術とマナー講座もそうだが、特に俺の不満が大きかったのは『武術』の授業が無かったこと。運動の授業はあったが、実戦を想定した格闘系の授業が全くないのだ。
「基本的に戦場での前衛は他の兵士任せだからな。敵の魔法を避けられる程度の運動力の確保や、行軍に必要な体力作りが精々だろ」
現在における魔法使いの主流は『いかに相手より早く強力な魔法を投影するか』──これに尽きる。
特に魔法使い同士の戦いでは投影速度が重視される傾向にある。どれほど強力無比な魔法であっても投影時間が長ければ途中で相手の魔法使いに短時間で発動できる魔法で潰される。
先日に行った魔法の威力測定で、巨乳ちゃんが使った風穿衝や、俺の『フルプレッシャー・カノン』など格好の的だ。たとえ兵士が前衛を固めていても妨害する手立てなどいくらでもある。
「ふっふっふ、そんな既成概念など、俺が粉々に粉砕してくれるわ」
「発言と顔が完全に悪役だな」
「それより、今度少し付き合えよ。ちょいと格闘戦の訓練がしたい」
「いいぞ。お前程じゃないが、近接戦闘系の授業が無くて俺も不満があったんだ」
四属性を操る天才のくせに、こいつの勤勉さには頭が下がる。魔法一本だけで十分に強すぎるのに、そのくせ俺と同じく格闘戦も視野に入れている。しかも、俺は大賢者の婆さんに稽古を付けて貰っているのに、アルフィはほぼ独学。それでいて技量で言えば俺とほぼ互角なのだからマジで天才すぎる。
「……技量だけはな」
「ん? 何か言ったか?」
「そろそろいい時間だし、教室に行くぞ」
アルフィは俺の言葉を無視しテーブル席から立ち上がった。俺も彼と一緒に立ち上がり、その場を離れようとした。
「見つけたぞ、リース・ローヴィス!!」
朝の食堂に鋭い声が響き渡った。
──青髪であった。
彼は現れるなり、俺を指さしてこう叫んだ。
「リース・ローヴィス……僕は貴様に決闘を申し込む!」
「よし来た」
……………………………………………………。
え、この沈黙は何さ。アルフィだけではなく、青髪の大声でこちらに注意を向けていた生徒たちも唖然としていた。というか、言い出した本人も口を開けてポカンとしていた。
「つーか、お前ってば確か学校から処罰受けてたんじゃねぇの?」
「──はっ!?」
思考停止に陥っていたらしい。俺の声に青髪が我に返った。
「そもそも、処罰って何だったんだ?」
「一人で学校の外回りの清掃だ。ゼスト先生が教えてくれた」
青髪の代わりにアルフィが答えてくれた。
「それは……キツいのか?」
「学校の規模そのものが広大だからな。その外周ともなれば相応にでかいだろう。むしろ、たった三日で終わったことに驚くぞ」
魔法学校の敷地は、一つの町が納まってしまう程度の広さがある。その外回りをそれをたった一人で行うとなれば確かに厳罰だろう。
「僕の魔法があればたかが学校の清掃など三日で終わる!」
自慢げに胸を張った青髪。
………………ん?
「水属性魔法には『浄化』があるからな」
違和感を覚える俺を余所に、アルフィが青髪の言葉に付け加える。
浄化は様々な汚れを綺麗にするご家庭の主婦に大変心強い水属性だ。これを習得している人間は、冬場の洗い物が非常に楽であると羨ましがられるほど。
「というか、それがなければ三日どころの話では済まないな。多分、その辺りを配慮しての処罰内容だろうさ」
「そんなことはどうでも良い! それよりも、リース・ローヴィスとの決闘だ!」
「よし来た、行くぞ」
「だから何で即答なんだよ!?」
え? 俺がおかしいの?




