第百六十七話 野営するようです──枷付きです
必要な買い出し──必要最低限のものはおおよそ収納箱に入れてあったが──も終わり、俺たちは街から歩いて魔物が生息する森に向かった。
当然、カディナとミュリエルも一緒だ。「なんで」と聞いたところで、カディナは言い訳にもならない言い訳しか口にしないだろうし、勝手にさせておこう。
「では念の為予定を伝えておく。これから儂らは森の中に入る。リース、お前は儂が課すメニューに沿って、魔物を狩ってきてもらうぞ」
「うっす」
いよいよ始まるかと思うと、少しばかり気合が入るというものだ。
大賢者は次にカディナたちに目を向ける。
「それと、ついてきた以上、娘どもにも働いてもらうぞ。お主らは寝床の用意と食料品の調達だ。さすがに料理しろとは言わんから安心しろ」
「ん、お邪魔しているのはこっち。ちゃんと手伝う」
案外と乗り気なミュリエルに満足げな婆さんだが、一方で隣のカディナが妙に驚いていた。彼女は木々が生い茂る周囲を見渡し、大声を発した。
「寝床の用意って、まさか……ここで寝泊まりする気ですか?」
「当然じゃろ。明日の昼まではここで野営じゃ」
婆さんは足元を指差しながら改めて宣言した。
鍛錬の一環で、比較的にまだ安全な黄泉の森外縁で幾度か野営もしている。奥地ともなると、魔物も狡猾になり寝込みを襲われると死ぬので、大賢者監督の元でなければいまだに無理ではあるがそれはともかく。
ざっと気配を探ってみるが、特別に強く警戒が必要な感覚はない。この程度の森であれば、一人でしばらくは生活できるサバイバル能力は持ち合わせている。
いつものノリでここまで来たが、今回はお嬢様方二人がいる。
常にフカフカのベッドで寝ているお嬢様にはいきなりキツイか。
と、ここで小さく挙手をしたのはミュリエルであった。
「師匠に無理矢理野外活動に付き合わされて、野営の経験は何度かある。極端に足手纏いにはならない。簡単な調理もできる」
放っておくと引きこもってばかりになるミュリエルを見かねて、学校長が連れ出したのだろう。
意外な発言だったが、自分から勝手にきた手前で率先して手伝いを口にしている。興味のないことに対しては面倒くさがり屋の一方で、単にサボり魔でないのはミュリエルの美徳であろう。
そんなミュリエルが告げた衝撃の事実に、カディナが「嘘でしょ」と目を見開く。心境的には仲間に裏切られたとかだろうか。どっちも勝手についてきたんだがな。
「さてリースよ。今回お前に課すのはこいつじゃ」
硬直するカディナを尻目に、婆さんが懐から木製の腕輪を取り出した。受け取って眺めてみると、表にも裏にも印が彫り込まれていた。単なる装飾品でないのは一目瞭然。目を向けると、婆さんが自身の手首を示す。早く嵌めろの意味だ。
軽く息を飲み込むと、意を決して腕輪を腕に通した。
「うぉおっ……」
腕輪の印が淡く光ったと思いきや、唐突に目眩に襲われた。ふらつきよろめくが、慌てて気を取り直し倒れるのは防いだ。が、全身に倦怠感がのし掛かっていた。
最初は何が起こったのか分からなかったが、すぐに理解する。
「魔力が──」
「そう。そいつは装着者の魔力を強制的に体外に排出する、儂特製の魔法具じゃ」
「これって完全に呪いの装備じゃねぇかっ」
えっへんと薄っぺらな胸を張る大賢者に、俺は反射的に言葉を投げるが。
「安心せい。即席じゃからかなり作りは甘い。外そうと思えばいつでも外せるし、効果の持続もせいぜい二日が限度。それ以上は刻印が焼き切れるし、魔力の回復そのものは阻害せんよ」
言われた通り、呼吸と共に外素を取り込んでみるが、体内に魔力が満ちる感覚はしっかりある。試しに防壁を使ってみるが問題なく投影された。だがやはりというべきか、取り込んだ魔力がガンガン漏れ出していく。
「その魔法具を付けたまま、明日の昼過ぎまでこの森で過ごしてもらう。当然、魔物の狩猟も並行してじゃ」
当たり前にもならない話だが、戦闘において魔法使いにとっての魔法は剣士にとっての剣そのもの。例えると、今の俺は、剣士が普段使っている剣に重しをつけるようなものだ。使えなくもないが、いつも以上に手間が掛かる。
「なに、魔法が使えないところで死にはしないじゃろ──死ぬほど痛い怪我はするかもしれんが」
これは全く脅しではない。
実戦形式の鍛錬を行う場合、婆さんがいれば命の保障はなされているものの、油断していると酷い目にある。万全に再起可能な範疇であれば、どれほど怪我をしても鍛錬が続行される。でもってその範疇が婆さんの場合はめちゃくちゃ広い。油断していると、本気で『地獄の苦しみ』を味わうことになったりするのだ。鍛錬が終わればきっちりしっかり治してくれるのだが、率先して味わいたくはない。
「ついでに超化も禁止じゃ。流れ込む魔力がデカすぎてさすがに腕輪も耐えきれんしの」
「ですよねぇ……」
何より、超化を使えば間違いなく、森の魔物じゃ全く相手にならなくなってしまう。それではさすがに鍛錬の意味がなくなってしまう。
最低限の準備は整ったが。
俺たちたちは一斉にカディナに眼を向ける。
頭を抱えて唸っていたカディナであったが、三者からの視線を浴びせられてたじろぐ。
しばらく視線を彷徨わせるるも、やがてグッと堪え。
「いいでしょう。このカディナ・アルファイがあなたたちの鍛錬とやらに付き合ってあげましょう! ありがたく思ってください!」
誰も頼んでねぇんだけどなぁ、と心の中でぼやくがあえて言わないのが優しさである。ミュリエルに目を向けると、肩を竦めていた。
「この女子、ちょっと面白いのう」
大賢者は実に愉快そうだった。




