第百六十六話 来てしまったようです──『偶然』らしい
掲示板に貼られている依頼書を物色するが、婆さんはいまいちピンとこないようだ。
「どうも面白みがないというか……ぱっとせんのじゃ」
「黄泉の森と比べりゃぁ大概の場所は見劣りするだろうさ」
「それが主題じゃないにしろ、こうも歯応えがなさすぎるのもまた問題じゃが」
不満を浮かべながらも、大賢者は何枚かの依頼書を引き剥がすと、俺に手渡す。内容を改めると、黄泉の森に出てくる個体に比べれば見劣りするが、一般水準からすれば十分に強い部類に入る魔物だ。
依頼受諾のために、職員のいるカウンターに赴くが、ここでも若造一人小娘一人の組み合わせに、受付をする職員が不審者を見るような目を向けてきた。先ほど婆さんが発した気当たりの範囲外にいたのだろう。気持ちは察しつつも、以前に地元で作った狩人証明の鉄札を取り出して提示する。狩人の実績を簡易に保証するものだ。
訝しげな表情を浮かべつつも、単なる素人でないとは伝わり職員は慣れた手つきで依頼書に印を押し手続きは完了した。
「実際に何をさせられるんだ? 単純に魔物を狩るってわけじゃないんだろ?」
「焦るでない。現地に着いたら説明してやるでな。楽しみに待っとれ」
早速現地に向かおうと組合の出口に向かう俺たちであったが、その先から騒めきが伝わってきた。どことなく浮ついた雰囲気に、俺と婆さんが首を傾げる。
「まさかまた若造とちんちくりんの組み合わせが」
「誰がちんちくりんじゃ」
ガンッ!
「いってぇぇぇぇっっっっ!?」
思わず零れ落ちた一言を大賢者は聞き逃さず、杖が的確に俺の脛を狙い撃った。激痛に悲鳴を上げて蹲ってしまう。
痛みの大きな波を乗り越え、目尻から涙を溢しながら顔を上げると、狩人組合の空気にそぐわない二人組が、人の間をぬって俺たちの前に来たところであった。
どうやら美少女と美少女の組み合わせらしかった。しかも非常に覚えのある豊かな胸をしているではないか。私服姿であるが見間違えるはずがない。
カディナとミュリエルであった。
組合の内部を物珍しげにキョロキョロと見渡していたカディナであったが、俺たちの姿を見つけるとびくりと肩を震わせる。と、それを誤魔化すように咳払いをすると、こちらに近づき語りかけてきた。
「あら、リース・ローヴィス。こんなところで会うとは奇遇ですね」
「やっほー。昨日ぶり」
余裕ありげに腕を組み、強気な笑みを浮かべるカディナと、その傍で小さく手を振るミュリエル。
「……確かに、こんなところで会うとは思っていなかったけどよ」
いくらなんでも、偶然を装うには無理がありすぎる。金に困ってる貧乏貴族ならともかく、名家のお嬢様がこんなむさ苦しい場所に目的もなしにくるはずがないだろうに。小遣い稼ぎにしても、どうせ同じ組合なら王都の方にいくはずだ。
「ところで、どうしてあなたは蹲ってるのですか?」
「ちょっとした言葉の綾だ。気にするな」
グッと気合を入れて立ち上がる。まだ痛みはあるが、それよりも彼女たちに言っておかなければならないことがあった。
「こちとら遊びで来てるんじゃねぇんだぞ。お貴族様の観光目的なら他所に行け」
「なっ、休日に偶然あった級友に対して少し失礼ではなくて?」
「あくまで偶然と言い張るのかお前は……」
俺のそっけない態度に眉間に皺を寄せて憤るカディナ。本当にお前ら、何をしに来たんだよ。
もう一人の級友に視線を向けると、彼女は俺の元に来ると口元に手を添えて耳に囁いてきた。
(昨日の夜、女子寮でカディナが妙にソワソワしてて、試しにリースの名前を出したら凄く動揺してた。面白そうだったから追求したら、リースたちがここに来るって)
もしかして、王都の市街で婆さんと話しているところを見られていたのか。
俺はハッとなり婆さんに目を向ければ、彼女はワザとらしくそっぽを向くとピュルリと口笛を吹いていた。こいつ、カディナのことに気がつきながらワザと放置してたな。で、ミュリエルはそのまま面白そうだからカディナの行動に便乗したわけだ。
「ちょっと、人を無視してコソコソ話は失礼じゃなくて?」
「あー悪い。オ前ラ、偶然、ココ、来タ。理解、シタ」
「なんで妙にカタコト!?」
カディナにこれ以上問いただしたところで、素直に認める訳がない。追い返そうにも頑なに断るだろうし、もうこれで納得してしまおう。このお嬢様にどんな意図があったとしても、来てしまったものは仕方がないのだ。
「というかお前ら、どうやってここまで来たんだよ。こっから王都まで結構距離あるんだぞ」
長距離移動用の跳躍を使った俺たちだから早朝に出発しても当日のうちに辿り着けたが、通常の手段で来るとなると朝に出発しても到着するのは夕方くらいになるだろう。まさか、前の晩から出発してたのか。
この辺りは王都近郊であり他所に比べれば治安はいいが、それでも夜の移動はかなり危険が伴う。こいつらがどれほどに世間知らずのお嬢様方でも、その辺りの常識はあるはずだ。
「リースたちが空に飛んで行った後、前日に予約していた『竜車』に飛び乗って来た。目的地はカディナから聞いてたから」
竜車というのは、馬車の一種とでも言えばいいのだろう。荷台を牽引するのが馬ではなく、二足歩行の蜥蜴のような魔物である。馬よりも高い馬力と驚異的な持久力を持っている。動物ではなく魔物であるために調教も人工繁殖も難しい。ゆえに、同じ積荷で移動距離であっても、通常の馬車の数倍の運賃が掛かる。
「世の中、お金で解決できることって結構ある」
「そういやお前、結構大きな商家の娘だったな」
「料金はカディナと折半」
ミュリエルは人差し指と親指で輪を作り、無表情のままどことなく自慢げである。俺の周りにいる女子はどうしてこうも行動力があるのだろうか。
「それはお前が言えるセリフではないじゃろ」
俺の内心を読み取った大賢者のツッコミが入る。ぶっちゃけあんたも大概だ。
つまりは、この場にいる誰もが相手のことを言えないのである。
「くそっ、こういう時アルフィとかラピスがいれば結構愉快なことになったのに」
貴重なツッコミ枠が不在なことをこれほど悔やんだことはなかった。




