第百六十五話 訓練するようです──リース編開始
休日に入った朝。
まだ日が出る前に、婆さんと王都の外で合流。長距離移動用に調整した跳躍を使い、婆さんを背中に乗せてそのまま飛び出した。
大賢者こと婆さんとの修行は、何も『手合わせ』に限ったものではない。大前提になる知識を得るための座学や、蓄積したものを用いた問答。体を作り上げるための地道な基礎鍛錬等々、多岐に渡る。
婆さんが考えた今回の内容もその一環だ。
向かうのは、婆さんが言っていた王都近郊の町。
俺も場所は知っていたが、初めて訪れる場所だ。近郊といっても馬車でそれなりには掛かる。俺は跳躍を使えば割とすぐだが、学生の中でここに来る輩はほとんどいないだろう。
途中で朝食の休憩を挟み、到着したのは朝日が登ってしばしが経過した辺り。後一、二時間で昼頃か。
街に入れば、物々しい姿の者たちを至る所で見かける。大小様々な鎧や衣装を着込み、剣や槍を携えている。おそらく、どれもが魔物を狩りその亡骸から得られる素材の売買で生計を立ててる狩人たちだ。
この街は付近に広大な森がある。天然資源の宝庫であり、危険な魔物が多く生息していが、それゆえに狩人たちの拠点。距離的に王都との交易も盛んであることもあり、狩人組合を中心に栄えている。
王都にも狩人を見かけることはあるが、一度にこれだけの数を見かけることはあまりない。そもそも、貴族の子息令嬢がほとんどの学園生徒と狩人では、活動がまるで異なる。学生が日常的に赴く地域には狩人組合は無い。
あの学校でわざわざ狩人組合に足を運ぶような生徒は俺ぐらいのものだろう。とはいえ、訪れたのは数える程度。最後に赴いたのは、諸事情で手持ちの魔物素材を一気に売り払った時だ。
「で、ここからの予定は?」
「組合で目ぼしい獲物がいないかの確認じゃな。勝手に森に入って手当たり次第に魔物を狩れば、ここいらで生計を立ててる者たちに悪いからの」
人嫌いを自称し社会から隔絶したところで生活をしている大賢者だが、傍若無人の化身では無い。割と好き勝手に生きてはいるが、他の人間の迷惑にならない範囲でだ。あるいは、人に迷惑をかけずに好き勝手する為、黄泉の森の奥地に居を構えているところもあるか。
婆さんから、今回の修行における内容の詳細は聞いていない。ただ一環として魔物を狩ることになるとは聞いている。単に強い魔物を狩るのであれば黄泉の森に行けば、油断してると冗談抜きで死にかねないレベルの凶悪な魔物がゴロゴロいる。あえてこの街に来たのは、普段と違う環境に身を置くことが重要であるとは大賢者の談だ。非日常的な刺激が新たな発想、契機に至ることはままあるということだとか。
「しかし……婆さんと一緒に組合行くと目立って仕方がねぇだろうなぁ」
「そりゃぁそうじゃろ。こんな美少女を連れて歩く若造が、荒くれの巣窟に行けば注目の的じゃて」
「…………」
頭と腰に手を当ててしなを作り、『美少女アピール』をする婆さんを目に俺は半眼になる。非常にコメントしずらい反応をするのはやめてほしい。他人のふりをしたくなる。
道ゆく狩人らしき者に尋ね、組合の場所を確認。案の定、若造とそれよりも(見てくれは)さらに若い少女の組み合わせに怪訝な顔されたのは仕方がないことだろう。それでも乱暴な口ぶりながらに教えてくれただけありがたい。
辿り着いた狩人組合は、王都に比べれば小さいだろうが、おそらく他に比べればかなり立派な部類に入る建物だった。婆さんを伴って中に入ると、中にいたものたちから一斉に奇異の目を向けられた。
別にこの程度で萎縮するような柔な神経はしていないが、狩人の中には素行の悪いものも少なくはない。大半は弁えているが、中には見てくれで判断し舐めてかかってくる輩もいる。婆さんと二人ならどうとでもなるが、面倒が増えるのは御免だ。
「ちょいと煩わしいのぅ……」
俺と同じことを考えていたのか。自身に集まる意識に眉を潜める。
と、何を思いついたのか唐突に息を吸い込むと。
「むんっ」
外見相応の可愛らしい声とは裏腹に、とてつもない威圧が大賢者から発せられた。空気を震わせるような気配に、彼女に目を向けていたものたちが滝のように冷や汗を流していた。
小動物の檻に、絶対に人を食わない獰猛な肉食獣を放り込んだ時のようなものだ。かくいう俺だって背中からじんわりと汗を掻く。
大賢者が威圧を解くと、誰もがどっと肩を落とし、慌てて彼女から視線を逸らしていった。これで妙な連中に絡まれる心配はなくなるのだが、大人気ないことこの上ない。これで、本気の一割にも満たないとしったら、彼らはどのような反応をするのだろうか。
「さすが儂。誰もが平伏すこの美貌、我ながら恐ろしいわい」
「あんたのそういうところ、素直に尊敬していいか迷うんだなぁ」
あっけらかんと言い放つ大賢者に、俺は率直な感想をぶつけた。




