第百六十三話 訓練するようです──アルフィの場合(前編)
ラピスがテリアと訓練を行っているのと時を同じくして、アルフィもまた別の場所で訓練を行なっていた。周りに人気が無い中、四属性の魔法陣を当時に宙へ投影しながらも、その顔は思い詰めたものであった。時折に魔法陣が乱れるのはおそらく、彼の心境がそのまま影響しているから。
魔法を発動することもなく、ただただじっと陣を浮かべるだけのまま、しばしの時が経過した。
「休日にもかかわらず精がでますね、アルフィ君」
「──ッ」
不意に背中に掛けられた声に、アルフィは思わず肩を振るわせ四つの魔法陣を消してしまった。振り返れば、人当たりの良い笑みを浮かべた学校長が立っていた。
「もしかして邪魔をしてしまったかな?」
「……いえ、大丈夫です。少しばかり考え事をしてまして」
どうしてか後ろめたさのようなものを感じ、アルフィは謙遜気味に首を横にふるが。
「校内戦が近いということもありますが……どうやら君もリース君と同じく何かしらの『壁』にぶつかっているようだ」
「────!?」
「はっはっは、図星だったかな。これでも、今の生徒たちの両親が生まれるよりも前からこの学校で教鞭を取っていましてね。顔を見れば多少のことはわかってしまうのですよ」
驚きをあらわにするアルフィに、学校長は明るく笑った。
「君にとっては少し不本意かもしれませんが、教師としては実に喜ばし。己の中にある課題に全力で向き合っている証左ですから。今年の一年は君も含めて、皆が向上心に溢れてて大変によろしい」
満足げに頷く学校長に、アルフィは怪訝な眼を向けてしまう。
学校長は案外に暇なのか、よく学校内を歩き回っては通りすがる生徒たちに声をかけている。長寿族という人種の差はあれど、さほどにそれを感じさせない人当たりの良さは、見た目に合わぬ年の功なのだろう。
実際のところは仕事はかなりあるのだが、もはや慣れで手早く済ませてしまっているのが実情。この辺りもやはり年の功だが、それすら匂わせないのが学校長である。
「今日はリース君と一緒では無いようだ」
「別にあいつと四六時中一緒にいなきゃ行けない理由はないですよ。故郷にいる時だって、顔こそしょっちゅう合わせてましたけど、ずっとつるんでたわけじゃない」
別々に鍛錬をしてある日に申し合わせた様に鉢合わせし、そのまま腕試しをすると言った具合だ。腕試しと軽く言ったが、実際のところは全力の喧嘩に近い。終わると互いにボロボロになって戦った感想を言い合い、ふらふらになりながら帰路に着くのはしょっちゅうだった。それからはまた互いに鍛錬を積み重ねて──の繰り返しだ。
村にあった魔法の指南書を読みながらではあったがほぼ独学の己とは違い、リースの方は誰かしらの指導を受けていたのは間違いない。そこに対して別に卑怯だ贔屓だなんて言葉は出てこない。それを言ってしまえば、転生者として前世の知識を持ち合わせる己の方がよほどに卑怯だった。これで勝てないのに相手を悪様に言える道理はない。
ただ、リースの師匠への興味自体は、アルフィの中で長年積み重なっていた。この学校に来てから、徐々にではあるがその疑問の答えが見え始めた。己の前に立つ学校長も、リースの師匠なる人物と繋がりがあると、学校生活を通して確信を得ていた。
これも良い機会だな、と。アルフィは意を決して学校長に問いかけた。
「学校長は、リースとたまに一緒にいるあの少女のことをご存知なんですか?」
校内にふらりと現れてはリースに絡んだりしている謎の少女。外見に似合わぬ口調に立ち振る舞い。加えて、魔法に対する造詣。ただものであるはずがない。
「……ええまぁ、知り合いに類するものではありますね」
学校長の言葉は少しばかり歯切れが悪い。痛いところを突かれた──とまではいかないが、答えにくい部類の質問だった様だ。
「確かに、気になるのは当然ですか。決闘での解説に回ったり、観客席に当然の様に現れたらそりゃぁ…………解説の件は私がお願いした側ですが、ふらっと学内を歩かれたら困るんですがね本当は。一応、部外者は立ち入り禁止という建前なのに」
後半についてはおそらく、アルフィではなく独白に近いものであろう。少女に対して色々と気を揉んでいるのが見てとれた。
「今はそれだけ聞ければ結構です」
「おや、もっと根掘り葉掘りと聞いてくると思ってましたが」
「どうせ聞くなら、リースのやつから聞きます。その方が筋でしょう。こちらから質問しておいてアレですけど」
「いえいえ……実のところ、助かりますよ。私としてもどこまで喋って良いのか考えものでしてね。当人にお伺いを立てるわけにもいきませんから。申し訳ありません」
学校長のこの態度。の国で最高峰の魔法使いである彼が遠慮するほどとなれば、やはりあの少女はただものではない。リースの強さの一端を垣間見た気がした。
「ところで、アルフィ君は学校に入学するまで、魔法は独学だったんですよね?」
「一応、本とかは読んでましたけど、ほとんど独りで魔法は学びました」
「独学でありながらもウェリアス先生を唸らせる時点で驚きですよ」
当然と言えば当然であろう。四属性の魔法使いを指導できる人間など、その辺りの村や町にいるはずがない。一つ一つの属性については多少なりとも人に教わりはしたが、四属性の同時制御については完全に独りで学んできた。
この学校にきて曖昧に使っていた部分が知識的に補強され、魔法への造形が深まっているのは間違いない。投影の精度が確実に上がっているのは実感できていた。大容量に任せて行なっていた魔法の制御も目に見えて技術が更新されている。
──だが、それでもリースに勝ち越せるイメージが今だに湧かない。
あちらの手札はおおよそ把握してる。だが分かっているのと対処できるのは別問題だ。はっきり言って、勝てるビジョンが出てこない。
他の魔法使いには絶対的に魔力量が優っているが、魔力の瞬間回復から発展した装填でほとんど優位性はない。あれにも弱点はあるが、そこを突く前に一撃必殺の拳が飛んでくる。
今の段階で、リースを上回っているのは手数の多さと顔のよさぐらいだ。転生者として前世の知識を活用しようにも、具体的にどれを参考にすれば良いかがわからない。むしろ総動員して勝てていないのが現状なのだ。
再び思い詰めた顔になるアルフィの眼前で、学校長は指をピンと立てた。
「アルフィ君、忘れていませんか? 少しばかり自慢になってしまいますが、このジーニアス魔法学校の教育水準は国内ではちょっとしたもの。所属している教師たちだって優秀な人材ばかりですよ」
「どういうことですか?」
「君はジーニアス魔法学校の生徒です。ここは素直に生徒としての立場を利用し、悩みがあるのであれば教師の誰かに頼ってみましょう」
至極当たり前の話ではあったが、これまでほとんど独りで学んできたアルフィにとってはむしろ意外な提案であった。
「私が直接に助言するというのも一つの手ではありますが、表立ってやってしまうと快く思わない人間も出てきてしまうのでやめておきましょう、幸いに、私には君の悩みを解決してくれる人間に心当たりがあります」
「……本当に、俺を指導できる人がいるんですか?」
聞き様によっては物凄く失礼で不遜な台詞だが、四属性持ちというのはそれだけで稀有な存在だ。教育の記録などほとんど無いに等しい。
「いるんですよこれが。しかも君もよく知ってる人です。当人は物凄く嫌がるでしょうが、これは学校長命令です。少しは教師らしく振舞ってもらわないと私としても困るので、良い機会でしょう」
どことなく楽しそうな学校長にアルフィは首を傾げた。




