百五十八話 気がつきました──有意義だった様です
「くっ────ッッ!」
強烈な推力によって加速する巨大手甲が、カイルスの周りを旋回していた風の障壁を撃ち抜く。いよいよカイルスは初めて本気で焦りの表情を浮かべながらも──俺の拳が届くよりも早くに身を翻し、拳の射線から離脱した。
(風障壁の気流を操作して、自分を吹き飛ばしたのかっ、一体どんな反射神経してんだよ!!)
攻撃の空振りを悟った時点で、俺は魔力の推力を切る。両足でブレーキをかけながら極一点突破の形態を即座に解除するが、既にカイルスは攻撃態勢に移っていた。やはり、一つ一つの動作への移行がとてつもなく早い。
「風裂衝ッッ」
寸前で要塞防壁を展開しようとするが、見てくれだけで中身はスカスカだ。直前に使った極一点突破は一撃の威力に全てを注ぎ込む切り札。構成する魔力をほとんど推力に回すため、残される手甲の魔力は万全時の一割にも届かない。
「ぐが────ッッッ!」
超圧縮された大気の砲弾が命中。局所的な嵐と呼べる風量が一瞬で解放されると、要塞防壁は一瞬で崩壊、俺の身体は面白い様に吹き飛ばされた。
まるでボールの様に決闘場の床を二度三度と跳ねると、縁のギリギリのところでどうにか止まった。
場外にならなかったのはただの偶然だ。
「……今のは危なかった。回避が間に合ってなければ私の負けだったな」
汗を拭う仕草のカイルスには、言葉に偽りがなくともまだまだ余裕があった。
「あれでも駄目なのか……」とぼやきながら、俺はゆっくりと立ち上がった。
要塞防壁は砕け散ったが、威力の大半を防ぐことはできたのだ。ただ、この決闘が始まってから一番でかい痛手を負ったのには違いがなかった。立ち上がった俺を見てカイルスもさほど驚いていない。まだ動けること自体はわかっていたのだろう。
それはそうとして、だ
「なんであのタイミングで避けられるんだよ。意味わからねぇよさすがに」
完全に当たると、俺は本気で確信していたのだ。なのに結果は酷いモノだ。見事に反撃まで貰ってしまう始末。こればかりはやはりショックを受ける。
「いや、完全には避けられていなかったさ」
カイルスは己の胸元を指で示す。よくよく見れば、仕立ての良さそうな彼の胸元が大きく引き裂かれていた。直撃こそしなかったがほんの僅かばかり、俺の拳はカイルスに届いていたのだ。その事実が、消沈しかけていた俺の心を熱する。
「一つ前の有効打を囮にする判断力、実に見事だ。おそらく、私の部下であれば避けられる者は皆無だろう。私とて本気で避けてしまったくらいだからな。叶うのであれば、今すぐに我が騎士団に引き抜きしたいところだ」
俺が再び拳を握り、装填を使おうと身構えるのだが、彼の纏っていた好戦的な空気が薄れていくのを感じた。絶え間なう渦巻いていた風が凪ぎ、闘いの熱が冷えていく。
「ただ、今日のところはここまでだ」
「……何を終わった気になってるんだ。俺はまだまだやれるぞ」
この決闘で一番痛いのを貰ってしまったのは事実だが、この程度は大賢者との鍛錬では日常茶飯事だ。気にするほどのものではない。
「いや、これで終わりだよ」
カイルスが目配せをすると、審判役であった学校長が頷きを返し、決闘場を覆っていた夢幻の結界を解除してしまった。
「おい、ふざけんなっ!! 学校長もなんで──ッッ」
「ふざけてなどいないさ」
声を荒げる俺に、カイルスは真面目な顔で答える。これまでのそれらとはまた違った、威圧の籠った眼差しに、俺は喉を鳴らした。
「超化に装填と言ったか。あの魔力を増大させ、回復させる魔法。凄まじいの一言では済まされない衝撃を受けたよ。魔法の常識が覆る瞬間を目の当たりにした気分だよ」
掛け値なしの賞賛を拍手と共に述べるカイルス。
「だが──ただの魔法というわけでもなさそうだ」
「おい……まさか、あんた──ッッ」
俺の驚愕を見て、カイルスは満足げな笑みを浮かべる。
たった一度の戦いで、俺の切り札である超化と装填の抱える致命的な欠点に気がついたのか!?
背筋を戦慄が這う中、カイルスは言った。
「安心するといい。少ないとはいえ、ここには人の目も耳もある。ここで口にするのは公平じゃない。この決闘を見て自ずと導き出すのであれば話は別だがね」
カイルスの視線が俺から僅かばかり外れた。おそらくは、決闘場の入場口付近で闘いを見守っていたカディナであろう。
「さて学校長。私はそろそろ失礼させて貰います。貴重な時間を作っていただきありがとうございました」
「こちらとしても、我が学校の卒業生の成長した姿を見させていただきました」
学校長に向けて頭を下げたカイルスは、俺に向けて歩き出す。
「リース君。この決闘は私にとって非常に有意義なモノとなったよ。君にとっても実りある時間であれば嬉しいよ。機会があれば、成長した君とまた手合わせしたいモノだ」
そう言って、カイルスはすれ違いざまに俺の肩を叩くと、そのまま去っていった。