第百五十七話 高い壁です──もっと高い壁を知ってるので
──闘いが始まって暫くが経過するが、俺とカイルス共に有効打が無かった。
が、字面は同じであれど内容には大きな差があった。
俺は近距離遠距離を含めて手段を問わずに攻め立てるが、どれもが一向に届かない。カイルスが驚きの表情を浮かべることはあっても、こちらの攻撃がたどり着くことは無かった。
一方でカイルスの攻撃はいくつか俺に命中しているが、無理なく我慢ができる程度だ。大半は手甲の防壁で防ぐか回避することができている。しかしながら、俺が全力で攻めているのに対し、カイルスは常に余裕を保ち続けている。しかも、俺の実力を図ることを念頭にしており攻めてが緩い。決闘の開始から今の今まで、中級魔法は幾度も放っていながらも、上級魔法は一度たりとも使ってこないのが証拠だ。
もっとも、並の中級魔法がすでに学生が使う上級魔法に匹敵しているのだから恐ろしい。威力が劣るはずの風魔法でだ。
「ちょっと、騎士団の団長ってのを舐めてた。ここまで何もできねぇとわ思ってなかったわ」
「まさしくこちらの台詞だ。首席であったとしても、学生を相手にここまで手こずるとはね。いや、これは私の未熟か。相手の若さに力量を見る目を曇らせていた」
肩を大きく上下させ、どうにか強がりの笑みを浮かべる俺に、カイルスは自身を恥じるような嘆息をする。これまでの経過と今の互いの様子が、状況の優位を強く示していた。
「装填──ッ」
都合、四度目の魔力回復を行う。
こちらは全身が汗だくになってるというのに、あちらは少しばかり温まってきているといった具合だろう。一方的にこちらが体力を消費しているだけだ。
何をどう打ったところで十全に対処されてしまう。俺の扱う魔法がほとんど全てが初見であるにも関わらずだ。
──この感覚、先日にガノアルク家当主とやり合った時と似ている。高く分厚い壁を殴り続けている様だ。普通であれば弱腰になるところだが、この感覚には多少なりとも慣れがある。これよりも遥かに高くそびえ立ち、気の遠くなるほどに分厚い壁というもの嫌というほど味わっているからだ。
もっとも、気勢は衰えずとも、どうにかしなくてはという焦りは抱く。
「そんなに睨んでばかりいても、私を倒すことはできないぞ?」
「──ッ」
思考に意識を傾け過ぎて目の前への集中力が途切れた。目敏く見計らったカイルスが手を翳せば、やはり風属性魔法の大連射が襲いかかってくる。
どれだけ意識が乱れたとしても日々の訓練の賜物。防御動作には一切の澱みはない。即座に要塞防壁を展開して降り注ぐ魔法を防いでいく。
しかしながら、中級魔法までとはいえこれだけの量を浴びせられると、下手に動こうものなら体勢が乱れて一気に突き崩される。こうなると飛天加速で射線から強引に逃れる以外の手段がないのだが、そんなことをすでに幾度も繰り返している。無策に逃げ回るだけでは魔力と──何より『体力』をいたずらに消費するだけだ。
(……いや、消費が激しいのはカイルスだって同じはずだ)
カイルスの扱う風属性は、既にある空気を操作する特性上、投影速度の他に魔力の消費が少ないことが他属性よりも優れている。ただ、それを加味したとしても、どうしてこうも魔法を連射していながら魔力が尽きないのか。
これだけの威力でこれほどの量の風属性魔法を発動するには、相応の『空気』が必要になってくる。カイルスの周囲にある既存の量だけでは賄いきれない。他にも魔力を使って『空気』を精製する必要があるはず。初級魔法であるならともかく、中級以上でそんなことをすればいくら何でも魔力が枯渇するはずだ。
(──? なんだ?)
不意に違和感を覚えたのは、風の流れだ。カイルスから放たれる暴風とは別に、こちらからあちらへと向かう気流が仄かに肌に触れた。
「って、やばいっ!?」
そうこうしているうちに、いよいよ危なくなってきた。これ以上、カイルスの攻撃を受け続けていると要塞防壁を構成している防壁が突破される。
幾つかの手を考えはしたが、どれも小細工止まり。そこまで考えて俺はそれら全てを切り捨てた。この場で思いつく簡単な策で対抗できるほど、カイルスは甘い相手ではない。
唯一の勝機は、一度だけ通用しそうだった至近距離からの重魔力拡散砲。あれだけは、もう少しでカイルスへと届きそうだった。
なら──。
「飛天加速!!」
銀輝翼の一枚目を砕き、上空へと退避。一時的に攻撃から逃れるも、すぐさまカイルスが後を追って狙いを定める。
「飛天加速・第二撃」
すぐさまに二つ目の銀輝翼を起爆し、カイルスに向けて突撃を仕掛ける。
「同じ手が二度も通用するとでもっ!」
俺が空中から急降下を確認し、風を纏いながら飛び退いた。
やはり飛天加速の欠点はすでに露見してる。 けれども、そいつは想定内。
そもそも第二撃は囮だ。
寸前までカイルスがいた地点を剛腕手甲が粉砕する。命中すれば一発で勝負が決まる威力に違いないが、当たらなければ意味がない。案の定、カイルスは既に重魔力拡散砲を有効射程外に逃れている。
だから使う手札はそちらじゃない。
「装填ッッ!」
銀輝翼三枚のうち、最後に残った一枚を剛腕手甲ではなく自身の胸部に打ち込む。枯渇していた魔力が体内で爆発的に広がる。
「なんとっ!?」
「────ッッッ!!」
カイルスの声には焦りが混ざるのをどうにか繋ぎ止めた意識の中で耳し、血を砕かんほどに強く一歩を踏み出す。同時に、生成した銀輝翼の全てを即座に剛腕手甲に叩き込み、形態を変化させた。
魔力の手甲が巨大化し、全噴射口から爆発的な魔力を放つ。
──遠距離からの突進では見切られる。
──近距離からの砲撃では風で散らされる。
だったら、至近距離から散らし用のない最大火力を、超速で叩き込めば良い。
重魔力拡散砲を使うと見せかけてからの装填。全快した魔力で発動するのは、俺が持ちうる最強の手札。
極一点突破だ。
「ぶち抜けぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ありったけの魔力と気迫を拳に乗せて、俺はカイルスへと拳を叩き込んだ。