第百五十五話 胸を借ります──それはそうとしてちょっと腹立つ
決闘場に赴けば、ひと足先にカイルスが待機していた。傍には学校長の姿だ。
普段は生徒や教師やらで観客席が埋まるところだが、今日はその姿もほとんどない。
いつもの決闘であればあらためて日取りを決めて学校内に宣伝するが、今回は突発的。学生でないカイルスも多忙であり、日を改めるわけにもいかない。ただそんな中でも、耳聡い者がいたりするわけで人がいないわけでもなかった。
俺が戦っている様を見せるのは通常であれば大歓迎ではあるが、今回ばかりは少しばかり事情が違う。いずれは露見するにしても、観客が少ないことは今の俺にとっては行幸だった。
「人が少ないとはいえ……ここの空気も久々だな」
俺を待っていたカイルスは落ち着いた雰囲気だ。事更にそう感じてしまうのはきっと、俺自身がこの戦いに入れ込んでいるからだろう。
「まずは礼を言っておきます。俺のわがままに付き合ってくれてありがとうございます」
「カディナの手紙には、礼儀知らずの非常識人と書いてあったが……」
「あいつ、人のことを何て書いてやがるんだ」
手紙の内容がとても気になるところである。
くっくっく、と顎に手を当てて忍び笑いをするカイルス。
「あの子の照れ隠しだ。君のことを認めている証拠さ。本心からじゃないと言うのは君もわかっているんじゃないかい?」
「……半分くらいは本気だと思いますがね」
「だとしても、カディナと仲良くしてくれているようで、礼を言いたいのはこちらの方だ。あの子は才能がある上に努力家だ。しかも、誰に言われるでもなく貴族の在り方というものを大事にしている。それだけに、どうしても周囲に己と同じレベルを求めてしまう。おかげで昔から何かと孤立しがちだった」
「なんとなくですが……お察しします。あっちがどう思ってるかは分からないけど、俺はあいつのことを友達だと思ってますよ」
カディナがただの嫌味な奴でないことは俺だって理解している。人に苦言を口にしつつも、あれで根は面倒見が良い。ミュリエルにはよくお節介を焼いているし、ノーブルクラスに編入したばかりのラトスもフォローしている。俺やアルフィにライバル心を剝き出しにしているのはむしろ、俺としては張り合いが出てやる気に直結するくらいだ。
「君の申し出を受けたこと、礼には及ばない」
気の良い雰囲気がカチリと切り替わる音が聞こえた気がした。浮かべた笑みの形は変わらずとも、含まれる気配がガラリと変わる。
「俺としても、優秀な俺の妹を差し置いて学年首席を務める君の実力には興味がある」
「こっちとしても、カディナの兄でアルファイア家当主の実力ってのには興味津々だ。胸をお借りしますよ」
もう前置きは十分だろう。
俺とカイルスは立会人としてこの場にいる学校長に揃って目配せをする。両者の意思を受けた学校長は笑みを浮かべたままサッと手を翻す。夢幻の結界が決闘場を覆ったことを確認すると、真っ直ぐに手をかかげる。
俺は構えを取り、カイルスはどこまでも自然体。
「はじめっ」
格上を相手にこの際出し惜しみは無しだ。
「超化!!」
反射の力場で圧縮した魔力を自身の胸に叩き込む。全身から魔光が溢れ出し、即座に戦闘形態に移行する。
俺の変化を目の当たりにしたカイルスは興味深そうに眼を細めた。
「先ほどに見させてもらったのは一瞬だったが……改めて見ると驚嘆させられる。内素魔力を爆発的に増大させる魔法など前代未聞だ。それに右腕の防壁や背中の翼──どれもが高密度の魔力を有しているということか」
驚きをあらわにしつつも、カイルスはやはりどこか余裕を保っていた。
ミュリエルとの一戦を経てから、俺は幾度か決闘で超化を使っている。一般クラスの上位成績者やノーブルクラスの人間を相手にする時が主だが、観客席から一度は目にしていても目の当たりにすると大体のものは焦燥感を抱いていた。なのに、今目の前にいるカイルスからはその気配は全くない。逆にこちらが焦りを抱くほどだ。
だからといって、尻込みしていてはお膳立てしてもらった意味がない。
胸中の焦りを自覚しながらも一旦は蓋をし、自らに喝を入れる。
ここは防御魔法をアピールする場ではない。
己の丈を図る場なのだ。
「飛天加速!!」
圧縮魔力の翼を砕き、解放された爆発で加速。カイルスへと一気に間合いを詰めて剛腕手甲を叩き込もうと腕を振り上げる。
「風障壁」
ゴウっと、前触れなく襲ってきた風圧。あと僅かで剛腕手甲がカイルスに届くというところで、横から吹き荒れる強烈な風で拳の軌道がズレる。
「第二撃!」
靴底で地面を削りながら方向転換をし、銀輝翼の二枚目を起爆。再び加速しカイルスを狙うが、やはり風に煽られて狙いが逸れる。
原理としてはテリアが使っている水城塞と同じだ。自らの周りに風の流れを発生させ、侵入してきた攻撃を気流で受け流すというもの。だが普通の風障壁が無効化できるのは初級の魔法がせいぜい。実際に、学生が使ってきた風障壁をこれまで幾度もぶち抜いてきたのだ。
だが、カイルスのそれはどこまでも柔らかく正確無比だ。必要最低限の力だけを使い俺の突進の威力をほとんど殺すことなく狙いだけをずらしている。この二回の攻撃だけで、いよいよカイルスの技量を思い知らされる。
それそうとしてすれ違いざまに刹那ほどにカイルスと目が合ったが、どことなく楽しげなのが腹がたつ。
「野郎!」
口から荒っぽい声が出てしまうのも仕方がないというものだ。三度目の飛天加速を使おうと右腕を振りかぶるが、それを許さなかった。
カイルスがふわりと手で空を撫でる。
──ギィィンッ!!
攻撃を中断し、咄嗟に構えた要塞防壁の表面が鋭い風の刃が削り取られる。あのまま銀輝翼を砕こうとしていたら、その前に体をバッサリと両断されていた。それだけの威力が今の刃には含まれていた。
「──ッ!? 重魔力砲!」
右腕を正面に構えたまま俺は剛腕手甲を変形させ魔力の翼を撃ち出した。攻撃のためではない、既にカイルスが撃ち出していた風の槍──風槍を迎撃するためだ。
俺とカイルスの中間地点で風の槍と魔力弾頭が衝突。内包されていた圧力が解放されて大きな爆発が生じた。