第百五十三話 兄妹でした──微笑ましく見られました
「学校長。相も変わらずお変わりないようで。ご健勝でなによりです」
「そう言う君は随分と活躍しているようだね。かのアルファイア家当主の話は私の耳にも良く届いているよ」
「はっはっは。いや、平和なご時世です。俺が活躍するような事がない方が良いんですけどねぇ」
「その辺りは、卒業する前と変わらないな君は。いや、有事がないことほど尊いのは間違いないがね」
俺が案内してきた男と学校長が朗らかに会話をしている。男はジーニアスに来るのは久方ぶりと口にしていたが、まるで先日にあったばかりの友人のようなやり取りだ。
それを傍から見ている俺に、カディナが小声で囁きかけてきた。
「そもそもどうしてアナタがお兄様と一緒に来たんですか。私はお兄様が来るという知らせを、あなたたちがくる直前に学校長から知らされたのですよ」
「何だかそういった流れになってたんだよ。で、具体的にあのあんちゃんどこのどちらさん? いや、お前の兄ちゃんってのは理解できたけど」
カディナとあの男――カディナ兄の髪の色はやはり、血縁を強く感じさせる同じ緑色だ。ただ、カディナの兄というわりには気さくというか適当というか、どことなく緩い。
「――カイルス・アルファイア。我が兄にして、アルファイア家の現当主。そして魔法騎士団の団長でもあるわ」
「そういやぁ軍人って言ってたなあのあんちゃん。……え、魔法騎士団の団長?」
「さすがに魔法騎士団の事は知っているようですね」
「田舎出身だが、優秀な師匠がいたんでね。この国の常識は一通り叩き込まれてんの」
大賢者には魔法だけではなく、あらゆる分野に関しての知識を学んだ。その中には当然、この国の生い立ちや政治的構造、軍事体系も含まれている。
この国が保有する国防の要――軍隊の性質は大まかに分かれて二つある。
魔法使いとそうでない人間との混成である通常部隊。そして魔法使いだけで構成された先鋭部隊。この後者が魔法騎士団だ。読んで字の如くとはこの事だ。
単に魔法が扱える部隊というわけではない。
国軍の保有する人員の八割近くは混成部隊に所属している。数では通常部隊の方が圧倒的に上だが、これが戦力ともなれば魔法騎士団の方に軍配が上がる。
魔法騎士団一つで、大隊一個相当と互角以上の戦力を有しているというのだからとんでもない。
また、魔法騎士団に所属できる者は魔法使いの中でもほんの一握りであり、まさにエリート部隊。軍人を志す魔法使いにとっては憧れの存在だ。
「それにしても魔法騎士団の団長か……。そこそこの地位って、謙遜が過ぎるだろうあのあんちゃん」
魔法使いのエリートだけが属する魔法騎士団。その団長とも言えばまさにエリート中のエリートだ。
「ちなみに、ああ見えて既婚で三十歳を過ぎていらっしゃるので、あまり失礼の無いように」
「へ?」
俺はもう一度、カディナ兄――カイルスの顔を観察する。年上なのは分かりきっていたが、それにしても若く見える。いや、適当に聞き流していたが、改めて思い出すと確か当人も「ここに来るのは十年ぶりくらいだ」と言っていた。
「二十代の半ばって言われても信じられるぞ俺は。若作りにも程があるだろ」
「それは……私もちょっと思ってます」
カディナに兄がいるという話は、どこかの会話でちらっとでてきたことがあるので知っていたが、随分と年の離れた兄妹だ。
……カディナの親父さんは歳が経っても随分とお盛んだったのかもしれない。
「いま、かなり失礼なことをお考えで?」
「したかもしれないけど、なんで分かったのさ」
「邪な気配を感じたもので」
どんな気配だよ。
だが、これで納得した部分もある。鍛錬場から吹き飛ばされた俺を、ほとんど衝撃を感じることなく上空へ吹き飛ばしたあの魔法。魔法騎士団の団長ともなれば難もない程度でしかなかったのだろう。
上には上がいる――というのは俺が誰よりもよく知っているつもりだった。学生の中では俺は確かに最強格であるかもしれない。だが、一歩その枠組みから外に出れば、まだまだ井の中の蛙。
ジーニアスの教師たち。名門とされる貴族の当主。そして、魔法騎士団の団長。
――胸中がジクリと疼く。
分かっているのだ。結局の所は手にある札を上手く使って勝負するしかない。その札を高め、あるいは増やすために俺たちは今、このジーニアス魔法学校で研鑽しているのだ。
ただどうしても、現状を打開できない事に苛立ちを覚える。目の前には超えるべき存在がいるが、今のままでは太刀打ちできない己の弱さ。一歩先に進むための切っ掛けが未だに掴めない不安。
「……リース・ローヴィス?」
「んあ? いや悪い、何も聞いてなかった」
「いえ、まだなにも言っていませんが、どうしました? 随分と思い詰めたような顔をしていましたが……」
「ああ、そっちか。ま、俺にもいろいろと悩み事があるわけよこれで」
「あなたが……悩み!?」
「そこで驚天動地に直面したような顔になるのはやめてくんない?」
「リース・ローヴィスが人並みに悩む事態が想像できなくて」
「そこそこ失礼だなおい!」
「常に失礼を振りまいているアナタにだけは言われたくありません!」
「酷くね!? ――ハッ」
いつの間にか会話がヒートアップしていた。
「いやぁ、若いって良いですねぇ学校長」
「若い者のああした場面を見られるのは、教師の特権だろうね」
我に返り学校長たちに目を向ければ、彼らは穏やかな眼差しを俺たちに向けていた。
「君に名乗らせておいてこちらはまだだったね。カイルス・アルファイア。妹が世話になっているようだ。以後お見知りおきを」
「お、おっす。どうも」
妹さんと言い争いになりかけていたというのに、随分と丁寧な挨拶だった。
「君の噂は聞いているよリース君。なんでも、うちの妹を差し置いて首席合格を果たしたようだね」
事実ではあるのだが、それを妹さんの目の前で言うことか。最近は落ち着き始めていたのに、カディナの視線がいつかのようにキツくなる。
「その……」
「ああ、別に畏まる必要もましてや謙遜もいらないさ」
どう返したものかと迷っていると、カイルスは気さくに俺の方を叩いた。
「この学校に在籍している生徒は、出自がどうあろうとも対等な関係だ。でなければ遠慮無く研鑽し合うこともできないからね。そうでしょう学校長」
カイルスの言葉に、学校長は微笑みながら頷いた。
「カディナは真面目で努力家で、しかも才能があるからね。今まで競い合える同世代の魔法使いがいなかったんだ。だから君のような友人ができたことは兄として非常に喜ばしいのさ」
「お、お兄様! リース・ローヴィスは同級生と言うだけで別に友人というわけでは――」
「そのわりには随分と親しげだったじゃないか。あんなお前は、家族の俺だってほとんど見たことないぞ」
「そ、それは……」
カッと頬を赤らめるカディナ。そんな彼女の頭を撫でるカイルス。普段は真面目な彼女も、兄の前では妹でしかないようだ。




