第百五十二話 デカイようです──偶然でした
コミカライズ第一巻発売しましたよ!
魔法使いの能力の高さは基本的には遺伝だ。そして魔法使いの質と人数は国力に大きく影響する。だからこそ、国は優秀な魔法使いの血筋である貴族を優遇しているのだ。
そしてこの学校はそれら優秀な血筋である貴族の中でも選りすぐりの子息令嬢を集めた超エリート学校だ。
ここに通う生徒達は、国の次代を背負うことになる。歴史に名を残すほどの偉人の多くがこの学校から卒業しているとも言われていた。
それだけに、この学校は国にとっても重要な位置にいる。ジーニアスの運営費用には生徒達の親が支払う入学金や学費のみならず、国からの多額の寄付も含まれていた。
「だからって、ここまでデカい学校を作る必要も無かったんじゃないかと俺は思うんだよ。在校生であった頃からそうだったけど、卒業してしばらく経ったら本当に道が分からなくなる」
「はぁ……さようで」
緑髪の男が蕩々と語る話に、俺は曖昧な相槌を打つ。
鍛錬場から学校長の執務室まで歩くとそれなりの時間が掛かる。その間にも男の会話に付き合っているわけなのだが。
「こうした大きな敷地というのは『力』を示すに有効ではあるから、一概に否定するのも良くはないが」
「デカいとそれだけ迫力がありますもんね」
「ただ、デカければいいというものでもまたない。大きさの中にしっかりと機能性を有していなければそれは単なる張りぼてだ。大きく見せるのならばそれ相応の実利を含まなければな」
おっぱいもデカいければそれだけで魅力的だが、重要なのはサイズだけではない。形や柔らかさも非常に重要だ。
残念ながら柔らかさを経験できるほど堪能したことないし、生で拝んだことも皆無。これは書物から得た知識であり詳しく精査したことがなかった。
女性の裸を見たことは幾度もあるが、脳裏に浮かぶのは大賢者の体型。起伏がほぼゼロの壁な胸元。一部界隈にとっては垂涎の光景だろうが、残念ながら俺はそっちの方向にはまったく興味が無い。
とはいえ、長年婆さんと接しているし、裸も何度も見ている。気持ち的には、身内が無防備な姿を晒しているような感覚だ。見たところで慌てはするが興奮はまったくない。
そこをいくと、最近の俺は恵まれてると思う。
周囲に破城槌や大鉄球。そして巨大弩。もしかして人生で最も幸福な日々を送っているのではと思う。
と、おっぱい思考に浸るのはここまでにしておこう。
「興味本位で聞くけど、おたくは何してる人なんだ?」
「俺かい? 俺は軍人さ。こう見えても、ちょっとした腕はあってね、そこそこの地位には就かせてもらってる」
「ちょっとした腕――と呼ぶには、片手間でかなり凄ぇことやってましたけどね」
「はっはっは。これでも有事に備えて日々の訓練は欠かさないからな。とはいえ、その有事が来ないことが一番なんだが」
男は軽やかに笑っていた。
風の魔法は火属性の威力や地属性や水属性のような質量は持たない。一見すればひ弱に見えるが、それを補う速度がある。
風――つまり空気は人間にとって一番身近なものであり、形も変幻自在だ。他の属性のように魔力を事象に変換したり、固体を分解して変形する必要も無い。既にあるものをそのまま扱えるのだ。
「それを言うなら、君の腕もかなりのものじゃないか。ちょっとしか分からなかったが、あの鎧のような魔法も、落下の速度を抑えるために使用していた防壁も、かなり繊細な魔力の制御を行ってる」
「……分かるんですか?」
「具体的に何をしていたかまでは分からんが、投影の細部にまで意識が込められているのだけは、風の流れで感じ取れた」
表面には出さなかったが、俺は内心でかなり驚いていた。一度見ただけでそこまで分かるものなのかと。
男の言葉は、以前に婆さんが話していた内容に通じるものがあった。
『よいかリースよ。熟練した風属性の使い手は、とにかく己を取り巻く環境に非常に敏感じゃ。まさに、姿無きを見て音無きを聞くという奴じゃ。超一流の使い手ともなれば、初見の魔法であっても魔力の動きだけで完璧に対応する猛者もいるから覚えておけよ』
空気中から魔力を常時取り込んでいる俺も、魔力の動きはそれなりに鋭いつもりだ。けれども、極めた風属性の魔法使いはその次元ではないという。
話だけには聞いていたが、男の言葉にその深淵の一端を垣間見たような気がした。
ふと気になったのが、ジーニアスに在籍中というこの男の家族のことだ。
「在籍中の家族って、どんな奴なんですか?」
「とても優秀な子だよ。昔から魔法使いとしての才能を発揮していて、けれどもそれに驕らない勤勉さを有していた。真面目すぎるところが困ったところだが、そこも含めて自慢の妹だ」
端的ではあったが、それを語る男の顔は誇らしげであった。妹――というのだから女子であることが分かる。
………………ん?
緑髪で腕の立つ風属性の使い手。在籍中の妹は非常に優秀ですこぶる真面目。
――なんだか凄く覚えのある要素ばかりだ。
そうこうしているうちに、学校長室の前まで到着した。
扉をノックすると「どうぞ」という声が返ってくる。
「失礼しまぁす」
もう何度も邪魔してるので気負いもまったくない。最低限の礼を含んで扉を開いた。
「学校長、お客さん案内して――」
扉を完全に開けきると、部屋の中には学校長だけでなく別の人間もいたことにようやく気が付いた。
「お、カディナじゃねぇか」
「……リース・ローヴィス」
それまで学校長と話をしていたのか、カディナがこちらを振り向き俺を見据える。視線が険しいのはいつものことだが――俺の後ろから入ってきた人物を見て驚愕した。
「お、お兄様っ!?」
「やぁカディナ。愛しのお兄様が会いに来たぞ」
どうやら予想に違わず、俺が案内してきた男の言っていた家族というのは、カディナのことだったようだ。
凄い偶然もあったもんだ。




