第百五十一話 暴発しました──案内しますね
僅かにでも意識を別に向けたのが悪かった。
――ピシッ……。
「やばっ!?」
銀輝翼の一枚に亀裂が生じる。
普段なら絶対に起こらないヘマだ。考え事していたって無意識に制御を続ける訓練はしてきた。だが今は体内に通常の超化状態の倍近い魔力を溜め込み、そちらの制御にも意識を向けていたのが災いした。
圧縮魔力を閉じ込めている防壁の制御が甘くなり、内側からの圧力を抑えきれなくなる。
――バンッ!!
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」
銀輝翼が爆発し、俺の躯が勢いよくその場から弾き飛ばされた。いわば意図せぬ飛天加速の状態だ。
久々ではあるが、銀輝翼の暴発は初めてではない。超化を経て銀輝翼考案する際には試行錯誤の上こうして良く吹き飛んだものだ。
幸いにも、俺が吹き飛ばされた方角は誰もいない。この勢いだとそのまま壁に激突しそうだが、そこはどうにか防壁で受け身を取るしかない。
と、思っていたらなんと、俺が吹き飛ばされていく進路上に、暢気に誰かが歩いてきたではないか。
「ちょっ、マジかよ! どけぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
声を張り上げるが、既に回避不可能な距離まで接近していた。
こうなったら、反射を投影して、躯をぶつけて無理矢理にでも軌道を変えるしかない。そう考えて魔法を投影しようとしたとのだが、
「おっと」
その人物――緑髪の男は僅かに驚いた声を発しながらこちらを振り向くと、軽く手を振るった。
辛うじて目が捉えたのは、風の魔法陣。その投影速度に目を見張るよりも早く、巻き起こった暴風が俺の躯を真上へと押し上げた。
「お? ………………ぉぉぉぉぉおおおおおっっっ!?」
視界が急激に変化し、気が付けば俺は地上から十メートル近くの上空にまで飛ばされていた。
下を見れば、ぶつかりそうになっていた男がこちらを見上げている。状況を全て飲み込むことは出来なかったが、正面衝突を避けられた事だけは理解できた。
「っと、呆けてる場合じゃねぇか」
俺は自身の足下に強度の低い防壁を投影。それらをいくつか踏み抜き、衝撃で落下速度を減らしながら地上へと降りていく。
「おおぉぉぉ……」
無事に地上に降り立ち両足で着地。その様子を近くて見ていた緑髪の男は感心したように拍手をしていた。
「咄嗟に上空に吹き飛ばしてしまったときは焦ったが、怪我はなさそうでなによりだ」
落ち着いた物腰の男。見た限りでは、歳は二十の半ばか後半辺りか。
今の口振りからすると、俺の躯を上空に跳ね上げたのは、男が投影した風の魔法と言うことになる。
気になる点はあるが、とりあえず、体内に残った過剰な魔力を緩やかに解放。それに併せて、超化状態を解除し一息を入れる。
「その……危ないところをどうも」
俺は男に頭を下げるが、彼は首を横に振った。
「いやなに、むしろ邪魔をしてしまったのは俺の方だろう。俺が道に迷って暢気にここを通りかからなければ、そもそも問題は無かっただろうしな」
実際にその通りなのだが、あの一瞬でよくわかったな。
よく見れば、男の姿はジーニアスの生徒が着ている制服でも、ましてや教師の装いでもなかった。
「降りてくるときに防壁を使っていたが、もしかして今の鎧のようなものも防御魔法かい?」
「……ええまぁ、その通りですけど」
「おお、当たっていたか。この学校に入学した者で防御魔法を使う生徒なんて、見たことがなかったからな」
男の言葉には、こちらを馬鹿にしたような空気は含まれていなかった。ただ純粋に、物珍しさ故の興味といった風だ。
入学したての頃に比べれば、俺を見る周囲の目は大分印象が変わった。ラトスやミュルエルたちとの決闘での戦いぶりに、防御魔法が見直され始めている感触はあった。けれどもそれは校内に限った話だ。初対面の人間にこんな反応をされるのは滅多にないので、少し妙な気分である。
「ところで少年、コレも何かの縁だ。少し頼まれてはくれないか?」
「……内容にもよりますけど」
とりあえず、聞くだけは聞いてみることにする。
「実は、俺はこの学校の卒業生なんだが、家族の一人が今年の新入生として入学していてね。様子を見がてら、ついでに学校長に挨拶をと思っていたんだが、何せここに来るのは十年ぶりくらいだ。学校長の部屋までの道が、まったく分からん」
「この学校、滅茶苦茶広いっすからねぇ」
小さな町がすっぽり収まる程の敷地で、ついでに施設の数もかなりある。卒業生らしいが、久々であれば迷うのも仕方が無い。というか、現役生とである俺だって、普段使っている場所から一歩離れると迷いそうになるほどだ。
「だからこうして鍛錬場の敷地内に迷い込んだわけだ。いや、この時間の鍛錬場に近付くのは危険だと分かっていたつもりだったんだがな。っと、それは今は良いか」
頭を掻きながら苦笑する男が改めて口を開く。
「そんなわけで、少し道案内を頼めないか。それとも、これから用事があったりしたら別を当たるが」
「……まぁ、良いっすよ。今日はもう、後は帰るだけなんで」
今から再び鍛錬に戻る気にはなれなかった。根を詰めたところで成果が上がるような気配もないし、集中力も完全に切れてしまった。
この前、婆さんに言われたとおり、万全な精神状態でなければ、鍛錬をしていても意味が無い。だったら、気分を変える意味でもこの男を道案内していた方が健全だ。
それに気になることもあった。
この道に迷っている男が魔法使いなのは間違いない。
それも頭に〝凄腕〟と付くほどのだ。
ほぼ水平に吹き飛ばされていた俺の躯を、咄嗟に投影した風の魔法で瞬時に真上へと吹き飛ばした。俺は殆ど衝撃らしいものを感じておらず、本当に気が付けば空を飛んでいたかのような感覚。
もしかすれば教師陣に匹敵するほどの精密かつ迅速な魔力制御だった。それを有するこの男が何者なのか、少し気になる。
あるいは、手詰まり感が強い現状で突破口を得たいというのもある。とにかく、切っ掛けが欲しいのだ。その為に、この男の頼みを聞くのも悪くないと思ったのだ。
「そうか。恩に着るよ少年」
「リースだ。リース・ローヴィス」
「………………」
少年と呼ばれ続けるのもあれなので、とりあえず俺は名乗った。すると男が僅かにだが目を見開くも、すぐに気さくな笑みを浮かべた。
「ではリース君。よろしく頼むよ」
「とりあえず、学校長室に行きましょうか」
俺は緑髪の男を連れて、学校の中へと歩き始めた。




