第百四十九話 怒られました──校内戦があります
ラピスとミュリエルの騒がしさが呼び水となったのか、俺たちに近付く姿があった。
「随分と余裕がおありですね、リース・ローヴィス」
明らかに険を帯びた声。俺たちが揃って声の方向を見れば、腕組みをしたカディナの姿があった。ついでに、腕に持ち上げられるように主張している豊かなお胸。
今日も素晴らしい巨大弩をどうもありがとうございます。
両手を合わせて「ありがたや」と拝んでいると、カディナの顔がヒクつく。
「ねぇラピス。あれはいいの?」
「あれはもはや病気だから仕方が無い」
側でため息やらジト目やら浴びせられているような気もするが、気にしたら負けだ。
「おっほん!」
仕切り直しとばかりに大きめの咳払いをすると、表情を引き締めたカディナが俺を睨み付けた。
「新しい友達がノーブルクラスに入ってきて嬉しいのは分かります」
「お前も女友達が増えて嬉しいんじゃね?」
「まぁ、確かに。ガノアルクさんは元々友人ですし、切磋琢磨できる相手が増えることは私としても願ったり叶ったりです」
「あ、ありがとう」
ラピスは照れくさそうに礼を口にする。それを受けたカディナも少し恥ずかしそうになるが、途中でハッとなる。
「――って、話の腰を折らないでください! 私が言いたいのは、リース・ローヴィスの気が緩みすぎていることです!!」
ビシリッと指と突きつけられて断言されてしまった。
「ここ最近、授業中もぼうっとしていますし」
「間違って質問してきた教師を論破しちまったっけ」
「実技の時間も上の空で」
「勢い余って地面に穴開けちまったかな」
「『決闘』でもいまいち身が入っているようでは――」
「うっかり開幕五秒でケリつけちまった」
……………………………………。
「自分の有能さを自慢してるんですか!? ふざけないでください!!」
「その…………なんか悪い」
叫ぶカディナに申し訳なさが出てきてしまい、謝ってしまった。傍から聞いていれば確かに、自慢話をしているようにも受け取られそうだ。
実際のところ、カディナの指摘は正鵠を得ていた。ここ最近の俺は、いまいち集中力に欠けている自覚は大いにあった。
ラピスとの新たな関係に戸惑っているというのは勿論ある。だがそれ以上に目下の大きな悩みがある。
「そんな調子では、今度の『校内戦』が思いやられると言いたかったんです!」
カディナの口にした『校内戦』。それこそが俺の悩みの種。あるいはこれこそが、俺の成長に関する迷いの切っ掛けでもあった。
――校内戦とは、年に三回。学期末近くに行われる大規模な決闘イベントだ。
学年ごとに数日を掛けてトーナメント戦を行い、その学期での学年トップを決めるのだ。
出場者は一希望制ではあるが、毎回多くの生徒が参加するらしい。ジーニアス魔法学校の学生は、殆どが魔法使いとしての高みを目指す者たち。普段の決闘とは違った大舞台での戦いともなれば、熱の入り用も違う。当然と言えば当然だ。
ただし、ノーブルクラスに在籍する一部学生は、学校側から強制的に参加を命じられる。
一つの例を挙げると、ノーブルクラス内での成績不審者。筆記も実技も低い者は、この校内戦での戦績次第で一般クラスに転落する事となる。また一般クラスの生徒もやはり戦績次第ではノーブルクラスへの昇格が狙えるのだ。
片や降格に片や昇格。その為、ノーブルクラス生徒と一般クラス生徒の決闘はどっちも死に物狂いであり、毎回の見物ともされている。
そしてもう一つ、強制的に参加を命じられる者たちがいる。
ノーブルクラスで上位三名までの成績優秀者だ。
もちろんそれは俺とアルフィ。そしてカディナだ。
「ラピスは出るの?」
「当然だよ。恋愛感情とは別に、リースに勝つことも今の大きな僕の目標だからね。ミュリエルは?」
「パス。だるい。そんなことしてる暇があったら研究してる」
「あ、うん。分かってたよ」
一緒のクラスになってからと言うもの、おまえら本当に仲が良くなったね。双方と一度手合わせし、人となりを知っている身としては嬉しい限りですよ。
それはともかく、今はカディナだ。
「知っての通り、校内戦は四つのブロックに分かれており、それぞれ一つずつにノーブルクラスの上位三名が配置されます。つまり、我々がトーナメントでぶつかり合うのは、準決勝及びに決勝となります」
早々にノーブルクラス上位三名が潰し合うのを防ぐためだ。
過去に、準決勝にまで勝ち残った一般クラスの生徒が、ノーブルクラス上位三名の一人を下し、見事ノーブルクラスの席を勝ち得たという逸話もあったりする。
「ですので、私とぶつかるまで負けて貰っては困るんです。それなのに、あなたと来たらガノアルクさんとウッドロウさんといちゃいちゃいちゃいちゃいちゃと――」
「…………いちゃいちゃに見えてたのか」
改めて、努めて客観的に先ほどまでの己を思い出す。
女性二人と和やか――とは言い難いが楽しい談笑。どちらもすこぶる素晴らしいおっぱいの持ち主であり、美人である。
「そんないちゃいちゃだなんて…………」
頬に手を当てて、やんやんと恥ずかしそうなラピス。ただ、その顔は満更でもなさそうだ。
「いちゃいちゃ……」
ミュリエルも同じく頬に手を当てるのだが、こちらはあいにくと無表情。可愛らしさがまったくない。
「と・も・か・く!」
また混迷しそうな空気をカディナが俺の机を叩いてぶった切る。
その剣幕たるや、拍子で激しく上下に揺れるカディナの巨大弩を脳裏に焼き付ける余裕すらなかった。
「もう少し『学年主席』としての自覚を持ってください! あなたは、ノーブルクラスのみならずジーニアス魔法学校に通う学生達の規範であり目標なんです!」
「お、おぅ。分かりました……」
カディナが身を乗り出し、睨み付けてくる。気圧された俺は思わずコクコクと頷いてしまった。美人の睨み顔ってもの凄く迫力がある。特に至近距離だと。
「……………………」
ふと、カディナから反応が無いことに気が付く。彼女は暫く無言になると、ふと我に返ったような顔になる。
「…………分かって頂ければ結構ですので」
カディナはそう言うと、クルリと俺に背を向けて己の席へと戻っていった。
「…………え、何? 俺が来る前になんかイベント終わった感じ?」
と、ここで。始業ギリギリになってクラスにやってきたアルフィが、とぼけた台詞をぼやいたのであった。