第百四十八話 無自覚のようですが──賑やかになりそうです
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結局、大賢者と一手を交えながらも俺は自身が求めている答えを得ることができなかった。励ましのような言葉をもらいはしたが、だからといって悩みが解決したわけでもなかった。
「いやまぁ、ある程度は覚悟してたんだけどな」
休日が明け、学校の教室で椅子に座りながら俺はぼやいた。
魔法使いとしての必要不可欠な知識や技術は、嫌と言うほど教わった。これは弟子入りしたときからスパルタで叩き込まれた。
けれども、俺個人の魔法に関しては半ば放任主義。より正確に言うならば、方向性を俺自身が定めるまでは殆ど放置といった形だ。そして俺が考えた魔法を、婆さんがより確実にするための方法を伝授してくれるというのが、これまでの教育であった。
その最たるものが超化。己の肉体に反射で圧縮した魔力を取り込む技法を考え出したとき、まず婆さんが行ったのは、食事の栄養管理と理論的に考案されたトレーニング方法。これにより、俺は超化に耐えうる肉体を得ることができたのだ。
ちなみに、その時に出された料理は、黄泉の森にいる魔獣を自身で狩ってきたもの。それを大賢者がお手製で調理してくれたのだが、味はクソ不味かった。
過去の教育はともかく、俺は今まさに大きな壁に激突していた。
――更に言えば、悩みはこれだけではなかった。
「おはよう、リース」
思考に耽っていた俺は、側から掛けられた声に我に返る。そちらを見やれば、青い髪の女子生徒が立っていた。
「…………おう、おはようさん」
目から入ってきた情報を頭の中で理解してから、俺はようやく言葉を発した。
「どうして少し間あったのかな?」
「お前のその格好に、まだちょっと慣れてねぇんだよラピス」
「へへへ……僕もまだちょっと慣れてないんだよね」
そう言って恥ずかしそうに微笑むのは、先日にノーブルクラスへと昇格したラピス・ガノアルクだ。
ラピスはクルリとその場でターンをする。拍子に、後ろで編まれた三つ編みがふわりと舞い、ついでにもはや隠す気の無くなった制服越しの破城槌がふわりと揺れる。
「こうもひらひらした服って、本当に小さな頃以来だったから。どうも落ち着かなくて」
スカートの裾をパタパタするラピス。咄嗟に俺は目を逸らした。それを見たラピスが「あっ」と慌てたような声を発し、スカートから手を離した。
〝女性〟として少しばかりはしたない事をしていたことに気が付いたのか、ラピスは申し訳なさそうに言った。
「……ご、ごめん。まだ男の時だった感覚が抜けきらなくて」
「頼むぞ、本当に……」
俺自身の問題とはまた違った大きな悩みは、他ならぬこのラピスであった。
つい先日まで、ラピスは男として生活してきていた。おかげで、女性の格好をしていながらも男としての立ち振る舞いや仕草が根強く残っているのだ。
長い間男として生活してきており、その習慣がこの短期間で抜けないのは仕方が無いことだ。
けれども、今し方のように女として自覚無しの行動が、俺の思春期な心を責め立てるのだ。今のスカートパタパタだって、ラピスの健康的な太ももの露出が増えて目の毒であった。
己の無自覚さをラピスも頭では分かっているのか、何かの拍子で行ってしまうと、その後に恥ずかしげに俯いてしまう。その様子がまた可愛らしいのだ。
更に加えて言うならば……あの告白。
――リース。僕は君が好きだ。
あれ以降、ラピスは面と向かって俺に好意を伝えては来ない。時折あの告白は俺が真昼間に見た夢だったのではないかと思いそうになる。
だが――。
「…………」
「どうしたよ、急に人の顔をじっと見て」
口も開かずにラピスが俺の顔を見ていた。不思議に思って俺が聞くと、彼女は赤くなった頬を指先で掻きながら。
「今まで別のクラスだったからさ……。君とこうして朝早くから話せて嬉しいなって」
「ぐはっ!」
「ど、どうしたの急に!?」
俺は思わず胸に手を当てて机に伏した。
これである。
明確な好意は向けてこないのだが、時折こうして女の子な部分を俺に見せ付けてくるのだ。たちが悪いのは、そのことを当人はまったく意識せずにやっていることだ。だから不意打ち気味になって俺の青春ハートに突き刺さる。
「くそ、この無自覚さんめ……」
「僕が悪いの!?」
「その大きく実った胸に手を当ててみろ……」
「え、うん……って何をやらせるんだ君は!」
己の胸に手を当てると、ぷにょりと制服を押し上げる盛り上がりが沈む。そこまでやってからラピスは俺に叫んだ。 ようやく落ち着きを取り戻し、俺が顔を上げると不意にミュリエルと目が合う。
いや待て、ここまでの会話でミュリエルが登場したシーンってあったっけ?
「……………………じ~~」
ミュリエルはたた無言で、いつものように眠たげな眼で俺たちを見ていた。
「おい、ミュリエル。お前いつからそこにいたんだよ」
「ガノアルクが自分のスカートを捲ってた辺りから」
「その言い方はどうかと思うよ僕は! いや僕が悪いんだけれども!」
今度は恥ずかしさで顔を赤くするラピス。
「つかなんで黙って見てたんだよ」
「大変興味深い光景だったので観察していた。今後の参考にする」
「参考って……」
「では、私も」
何をどう参考にするんだよ、という疑問を口にする前に、ミュリエルは徐に両手で己のスカートの裾を掴んだ。
「いや待ってよ、ねぇちょっと」
ミュリエルが行動を起こす前に、彼女の手をラピスが掴んだ。するとミュリエルが少しむっとした顔でラピスを見た。
「なにをする」
「それは僕の台詞かな。君は今、何をしようとしたのかな?」
「先ほどの光景を分析するに、リースはスカートを捲ると興奮する。なので、試しに私も実践してみようと――」
「君はもしかして馬鹿なのかな!?」
「失礼な。せめて研究馬鹿と言ってほしい」
「それは自分で認めるのかウッドロウ!?」
俺だけでなくミュリエルとも同じクラスになったので、おそらくラピスのツッコミはこれまで以上に勢いを増すことになるだろう。
「あ、私のことはミュリエルで良いから」
「このタイミングで!? ……ああうん、じゃぁ僕もラピスで良いから。よろしくねミュリエル」
「うん、よろしくラピス。では、改めて――」
「だからスカート捲ろうとするな!」
二人の賑やかなやり取りを見て、俺の悩みはともかくこのクラスもますます賑やかになっていくのだろうと俺は思った。
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