第百四十七話 悩んでます──楽しそうでした
地面に何度もバウンドし、俺の躯がようやく止まる。
「まだ……まだっ」
腹部に伝わる激痛と、胃の中身がこみ上げる感覚。そのどちらもどうにか耐えると、俺は立ち上がった。
しかし、今度こそ装填を使って魔力を回復しようとしたところで、大賢者が徐に構えを解いたのだ。
「今日はここまでじゃ」
「おいっ、俺はまだまだやれるぞ!」
この程度のダメージ、過去の大賢者との修行で幾度となく味わってきている。むしろ、即座に体勢を立て直さなければ追撃を食らうところだ。
なのにどうして今日に限って。
俺の鋭い視線を受けながら、大賢者はヤレヤレと肩を竦めた。
「悩みを抱えている状態のおぬしと、これ以上やり合っても意味が無かろうて」
「――――ッ」
完全に見透かされていた。
俺はギリッと歯を噛みしめるが、大賢者は完全に闘う姿勢を解いている。苛立ちで舌打ちをしそうになるのを堪え、俺は胸中の熱を大きく呼吸で吐き出してから超化を解除した。
「――ッ、がはっ!?」
緊張が解けた途端に、躯全体に強烈な疲労感が押し寄せる。今度ばかりは我慢しきれず、俺は思わず地面に膝をついた。
――それからしばらくの時間を要し、なんとか立ち上がれる程度の体力を取り戻してから、大賢者は俺に問いかけてきた。
「で、一応は弟子の希望に添ったわけじゃが、どうして急に手合わせなんぞ言い出したんじゃ?」
「それは――」
僅かにだが躊躇ってしまう。これから口にすることで大賢者がどう反応するか、俺は半ば予想していた。ただそれでも、聞かざるを得ない。その為にこうして手合わせを申し出たのだ。
「質問を質問で返すのは悪いってのは承知してるが、その上で聞かせてくれ」
胸中に不安を抱きながらも、俺は師に聞いた。
「――俺は少しは強くなったのか?」
大賢者は最初は無言。俺の声はしっかり聞こえたのは間違いない。
「ふむ――」
大賢者は顎に手を当てて、考えてから答えた。
「以前よりも動きのキレは増しとった。咄嗟の判断力も悪くない。儂以外の魔法使いと闘って、場数を増やした証拠じゃな。間違いなく強くなっとるよ」
きっと大賢者は、依怙贔屓無しの純粋な評価を口にしているのだろう。上っ面を述べるような薄い関係で無いからそれは俺も分かっている。
そしてだからこそ、大賢者も俺が本当に求めている答えがなんなのかを知っているはずだ。
俺が険しい表情を浮かべていると、大賢者は一度目を瞑り、意を決したように告げた。
「じゃが、純粋な魔法使いとしては、残念ながらあまり向上しとらん。まったく零というわけでは無いが、先に言った技量云々の伸び幅に比べれば、微々たるもんじゃ」
いよいよ突きつけられた現実に、俺は拳を握りしめた。込められた感情はまさに悔しさだ。
大賢者から直々に現実を教えられ、覚悟していたとはいえなかなかに来るものがあった。
「その様子じゃと自分でもわかっとったようじゃのう」
手合わせの最中で見た大賢者の様子で察しはしていた。否、手合わせを申し出る前から自分で感じていたのだ。
それを改めて確認するために、俺は大賢者に手合わせを願った。俺という魔法使いをここまで導いてくれた師の見解を直に聞きたかったのだ。
今の俺は、魔法を扱う技量は向上している。けれども、魔法そのものの性能は殆ど変化が無い。魔法を一つの『武器』と捉えれば、それはもしかしたら成長とも呼べるかもしれない。
だが、俺は魔法使いであり、魔法とは単なる無機質な武器では無い。魔法使いの成長に伴い、魔法も日々変化し成長する――いや、しなければならないのだ。
だが、今の俺の魔法はジーニアス魔法学校に入学する以前と比べて、殆ど成長していない。
ジーニアスに入学したのは、俺の培ってきた防御魔法を世に知らしめ、無属性魔法を馬鹿にしてきた奴らを見返すためだ。
ただ、折角学び舎に入ったのだから、その場を生かしたいとも考えていた。おかげで俺は同世代の魔法使いと闘う機会を得ることができた。その点は確かに大賢者の言うとおりだ。おそらく同世代における最高峰の才能を持った生徒たちと研鑽を重ねているのだろう。
しかし、このままでは――。
「己の問題点はちゃんと認識しておるのじゃろ?」
「そりゃぁ、な」
彼女からの教えの一つに『利点と欠点の把握』というものがある。どれほどに強力で便利な魔法を会得しようとも、その魔法の最大の強みと最大の弱みを把握しなければならないのだ。
例えばハニカム構造の防壁。
特殊な構造を用いた事により通常の防壁と同等の強度を得ながらも魔力の効率化に成功。ただし、特殊な構造故に貫通効果の高い魔法には弱いという欠点がある。
例えば加速。
強力な加速を得ることができるが、反射を二つ使うことから魔力の消耗が激しく、かつ使用から効果の発動まで僅かにだが時間差が生じる。
そして――超化。
反射で圧縮した高密度圧縮魔力を体内に取り込み、一時的にだが内素魔力を増大させるというもの。
魔力を増大させたことによって、消耗の激しい防御魔法を十全に扱うことができる、俺の持ちうる最大の切り札だ。
その効果は極めて有用であるが、残念ながら弱点も存在する。
いくら魔力が増大したからといっても防御魔法の燃費はやはり最悪の部類にはいる。乱用すれば直ぐに魔力が枯渇してしまう。先ほどの手合わせで大賢者の魔法を食らったのもこれが原因だ。それに、魔力が増大しただけあり、回復するためにも同等の魔力が必要になってくる。俺は呼吸するだけですぐさま魔力を回復できるが、超化での増大分をフォローするにはさすがに少なすぎる。
その問題点を解消するために装填という、魔法を開発。超化中に常時展開している銀輝翼――圧縮された魔力の塊を体内に取り込み超化の持続時間を延長すると言うものだ。
しかし――超化と装填には開発し会得してから今に至るまでずっと解決に至っていない致命的な問題点があった。
「おい婆さん、あんたなら解決策の一つや二つぐらい、もう把握してんじゃないのかよ」
「おうさ。これでも大賢者じゃからな」
ふふん、とふんぞり返る大賢者。
「じゃが、教えるつもりはないぞ」
「ちっ……」
そう答えるもの予想通りだったが、反射的に舌打ちをしてしまう。
「こりゃ、舌打ちするでないわ」
ゴッ。
大賢者が杖を俺の頭に振り下ろす。一見すると軽そうな見た目からは想像できない、まるで鈍器で殴られたような襲撃が俺の脳天を直撃した。
「頭が割れるように痛い!?」
「魔法使いとは『魔の探求者』じゃ。誰かに安易に答えを教われば、それは堕落に繋がる。己が作り上げた魔法ならばなおさらじゃて」
頭を抱えて蹲る俺に、大賢者は説教を垂れる。いや、言っている事は分かるんだけど、それよりも頭の痛みに一杯一杯だ。
「それに、儂の導き出した答えが、お主にとっての最適解とも限らないしのう」
「え? どういうことだよ?」
目尻に涙を浮かべつつ、俺は聞き返した。
「言葉通りじゃよ。お主には一つの考えに囚われず、自由な気持ちで魔法を探求して欲しいのじゃ」
大賢者は俺の頭をそっと撫でた。
「お主の師であるこの大賢者様が断言してやろう。必ずやお主は次の答えを見つけられる」
「次の……答え?」
「そうじゃ。一つの答えの先にはまた、別の問いと答えが待ち受けておる。それを探求し続けていくのが『魔法使い』であり、その道に果てはない」
そう言って大賢者はにやりと笑った。
「だから、この歳になってもまだまだ辞められんのじゃがな!」
いや、そもそもアンタ何歳だよ、というツッコミを挟み込むのすら野暮に思えるほどに大賢者は本当に楽しそうに笑っていた。
超化と装填の弱点のヒントはすでに本文に鏤められていたりします。
現在ニコニコ漫画でコミカライズ第一話が掲載中です。
https://seiga.nicovideo.jp/comic/46807




