第十三話 割り込みは厳禁です──『ぺいっ』としました。
学食の列に並んでいる時間は、拷問の時間であると同時に至福の時間でもある。
食堂の中では注文を終えて学生たちが各々で昼食を楽しんでいる。出来上がってテーブルの上に置かれた料理から食欲をそそる香しい匂いが俺の鼻と胃を直撃する。育ち盛りの若者には正しく拷問を強いるような匂いだ。
その一方で、食欲が倍増し空腹が促進されることによって、一流シェフが作る料理を更に美味しく頂くことができる。空腹とは何よりも勝る究極のスパイスだ。
まさに、この瞬間は地獄であり、先に待つのは天国。
──故に。
「ラトス様! ここが空いて──」
「──るわきゃねぇだろこのすっとこどっこいが」
さも当然のように俺の目の間に割り込んできた男子生徒の顔を鷲掴み『ぺいっ』としてやった。もちろん、他の生徒の邪魔にならないよう、空いているスペースに倒れるように加減した。
食堂が昼食時の喧噪に包まれていたとしても、人間が床に倒れる鈍い音は面白いほどに響いた。俺の前に並んでいた者やその周囲の生徒たちは音に反応して振り返り、床に倒れた男子生徒を目にぎょっとなった。
「おい、後ろがつっかえてる進んでくれ」
「え? あ? お、おう……分かった」
順序よく並んでいるところに強引に割り込もうとした馬鹿は当然無視し、俺は一つ前に並ぶ生徒に先を促した。彼は俺を見て床に倒れた馬鹿を見ておろおろとしたが、己の後ろに並ぶ列を確認すると進みを再開した。床に倒れた馬鹿は痛みに悶えて立ち上がれず、側を通り過ぎる者は皆ぎょっとするが、関わり合いになるのを嫌いスルーしていく。
「ッ、おい! 俺たちを──」
「──誰でも良いから一番後ろに並べや」
強引に肩を掴んできた阿呆の手を掴み返し、半回転して脇の下に入り込む。そのまま勢いを付けて、列の一番後ろにまで『ぺいやっ』と阿呆を投げ飛ばした。もちろん、絶妙な力加減で誰にもぶつからないスペースに落とした。
俺の真後ろに並んでいた奴がぽかんと口を開けていたが。
「ほれ、後ろがつっかえるから進もうぜ」
「え? あ? う、うん……分かった」
前にいた奴と同じような反応を見せ、素直に進むのを再開した。
後ろの方から悲鳴が聞こえたような気もするが、我関せず列に並び続ける。それにしても今日は時間がかかるな。妙に割り込みが多いし、空腹はスパイスだがさすがに限度ってもんが──。
「貴様! さっきから」
──ブチンッ。
「さっきからやかましいわ、このボケがぁぁぁぁぁぁっっ!」
苛立ちを混ぜて投げられた声に対して、俺はそれを上回る大きな怒声を叩き返してやった。
「どこの誰かは知らんが、俺ぁ今非常に腹が減ってイライラしてんだ! 成長期の空腹を舐めんなよ! これ以上しつこいようならてめぇの頭丸かじりにすんぞ!!」
「ひぃぃぃっっ!?」
情けない悲鳴を上げたのは、青髪の男子生徒。彼は俺の剣幕に押され、その場に尻餅をついてしまった。よく見るとアルフィと同程度のイケメンだが、恐怖に顔をひきつらせている様が何とも情けない。ふん、人が空腹の時にちょっかい掛けるからだ。
「ほれ、ぼさっとしてないで進む進む」
俺の前と後ろにいた生徒が驚きで硬直していたのを、俺が促して先に進ませる。ただでさえ混んでいるのに、これ以上列の流れが滞っては堪らない。俺は腹が減っているのだ。
「──という一幕が並んでる最中にあったわけよ。全く、迷惑な話だ」
「確かに非はあちらにあるが、むしろ可哀想に思えてきた」
「そうか? 怪我させないように細心の注意を払ったんだがな」
俺と交代する形で料理を取りに行ったアルフィの到着を待ち、俺たちは無事に昼食にありつくことができた。俺とアルフィは談笑しつつ料理を口に運んでいく。
「それで、その生徒ってのは結局誰だったんだ?」
「知らん」
「……非は確かにあちら側だろうが、その生徒が本当に悲惨に思えてきて仕方がないぞ、俺は」
「やべ、今日の料理も大当たりだ。ちょっと肉汁がヤバい。野菜もしゃきしゃきして超美味いわ。…………うん? 何か言ったかアルフィ」
「……本当に悲惨だな、その生徒が」
アルフィは深いため息を吐いた後、何も答えずに料理を口にした。俺は首を傾げたが、引き続き料理を堪能する事にした。
「それで、さっきは聞きそびれたが、お前が学費を支払うために仕留めた『大物』ってのは何だ?」
アルフィは言ってから、スープを一口含んだ。
「とりあえず『ワイルドベア』と──」
「ぶはっ!?」
俺が名を口にしながら指折りで数えようとしたが、一本目の指を折り曲げたところでアルフィが口の中のスープを吐き出した。俺は咄嗟に防壁を展開して飛沫を防ぐ。
「おい、汚いぞアルフィ」
「げほっ、げほっ……。ワイルドベアって確か、超危険指定にされている魔獣じゃなかったか?」
咽せて涙目になりながらも、アルフィは言葉を絞り出した。
──ガンッ!
ワイルドベアは世間では『大物』とされているが、大賢者の婆さんが住んでいる場所──通称『黄泉の森』──では、中堅クラスであろう。巨大な体躯に見合う膂力と生命力は確かに驚異的だが、あの森にはもっと凶悪な魔獣がうじゃうじゃと生息している。
「『ちょっと一狩りに』──みたいな軽い気持ちで仕留められる大物じゃないだろ……」
「『もうちょっと一狩りに』ぐらいか?」
「やかましい!」
怒られた。解せぬ。
ちなみに、ワイルドベアの肉や内臓は滋養強壮に富んでいる。特に薬草と一緒に煮込んだ熊鍋は、食せばたとえ風邪を引いていても一晩でたちどころに快復するほど。家族が病気になったときはよくワイルドベアを狩ったりしていた。
もちろん、家族には『普通』の熊鍋ということにしておいた。何せ、ワイルドベア一頭を狩人組合に引き取ってもらうと、相当な金額になる。そんなのを食べていたと知れば、家族全員が卒倒しかねないしな。
──ガガンッ!
ナカノムラは、ちょっと女性っぽい男性の名前とか好きです。この作品の主人公もそんな気持ちで命名しました。
明日も更新します。




