第百四十三話 病室にいるようですが──痛たたたたです
意識を取り戻した時には猛烈な気怠さが全身を覆い尽くしていた。他にも身体の節々が猛烈に悲鳴をあげている。
救護担当教師の話によると、気怠さは極度の魔力消費で精神が限界まで疲弊したことが原因。痛みに関しては、肉体的な疲労や損傷は『夢幻の結界』のおかげで皆無であり、頭の中に『戦っている最中に負った傷』の記憶が強く残っているから。いわゆる幻痛というやつだ。
なんにせよ、どちらも今日一日は安静にしていれば回復するとのこと。
教師が部屋から出て行った後、運び込まれたベッドの上で僕はぼんやりと天井を眺める。
この場所に来るのは二度目だ。一度目は、リース・ローヴィスとの決闘だ。あの時と違うのは、闘った相手がテリア・ウォルアクトであり、僕が勝利を得たという点だろうか。
──好きだよ、ローヴィス。
「あ」
ローヴィスの事を思い出した途端、己がつい先ほどに仕出かした記憶が蘇った。
「僕は衆人環視の前でなんということ痛たたたたっっ!?」
頭を抱えてようとして、躰を動かした際に関節に痛みが走り、悲鳴をあげる。傍目からみるとなんとも滑稽すぎる光景だろう。
結局、僕は身悶えることすら許されず、天井を眺めたまま羞恥に耐えなければならなかった。
僕はいつもそうだ。
感情が高ぶってしまうと、とんでもないことをやらかしてしまう。
怒りに任せてローヴィスに決闘を挑んだり、
苛立ちが募ってウォルアクトに突っかかってしまったり。
そして、決闘場での──接吻。
いや、キスをしたことに後悔はない。彼に告げた想いだって嘘偽らざる本心だ。あの口付けの感触を思い出すと、恥かしいと思う一方で口元が緩まってしまう。胸の奥に切なくも甘酸っぱい感情が広がっていく。以前の僕なら否定していただろうが、もうそれを偽る必要なんてない。
だって、僕はローヴィスのことを好きなのだから。
……けど、もうちょっと時と場合を選ぶべきだったんじゃないかと思うわけで。
いや、しょうがないじゃないか。彼の声に後押しされたおかげで勝てたようなものだ。そんな想い人が駆け寄ってきて肩を抱かれたら、そりゃぁ乙女心が振り切れる。……自分で乙女心とか言っててものすごく恥ずかしいけど、事実だから仕方がない。
いささかの問題はあったけれど、僕の当初の目的は無事に遂げることができた。
ローヴィスに僕の本当の姿を見てもらい、その上でテリア・ウォルアクトに勝利し、ローヴィスに想いを告げる。想いを告げるのは後日にする予定だったが、それはいいだろう。
「後は……父さんとのことかな」
あの父親と今更何を話せばいいのか、実のところはまだよくわかっていない。自分から話そうと思ったわけでもなく、切っ掛けはローヴィスから言われたからだ。
でも、一度は面と向かって話すべきなのは僕もわかっていた。相手の言葉にただ反発するのではなく、自分の気持ちを伝えなければ何も始まらない。
たとえその先が望んだ結末にならなかったとしても、だ。
「そう考えると、アレも悪くはなかったかな」
ロマンチックさの欠片もなかったけれども、それでもファーストキスを初めて好きになった人に捧げられたのだ。青春の一幕としては決して悪くない思い出だろう。
そんな『納得』という名の諦めを考えていた時だ。
部屋の扉がノックされた。来客だろうか。
「──? どうぞ」
躰が痛いので実際には無理だが、内心で首を傾げつつ、僕は扉の外にいる誰かしらに声をかけた。
少しの間をおき、扉を開けて入ってきた人物を目にし僕は今日一番の驚きを抱いた。
「久しぶりだな」
「……父さん?」
僕の父親──リベア・ガノアルクその人だった。相変わらず眉間に皺がよりっぱなしで不機嫌そうな顔をしている。もっとも彼にとってはその表情が普通であり、特別に不機嫌なわけではないのだが。
「な、なんで父さんがジーニアスに。っていうか、いつきたのさ?」
「お前の決闘を観戦しないかと、学校長殿から誘いの手紙を貰ってな。お前がテリア・ウォルアクトと闘う一部始終はすべて見させてもらった」
「そうなん……だ」
ということはつまり、僕が決闘場で『女の格好』をして登場したところからすべて目撃されているわけだ。まったく、学校長は一体何を考えて父さんを呼んだんだろうか。いや、どうせ遠くないうちに父さんにも伝わっていただろうし、早いか遅いかの問題で──ちょっと待って。
そうなると、もしかしなくても僕がローヴィスにキスした場面もバッチリ見られたわけで。
親にキスシーンを目撃されるとかどんな罰ゲームだよ!
というか、昔気質の父さんにそんなところを見られた日には……そこから先を想像するのが恐ろしい。
冷や汗をダラダラと流しながら、父さんの言葉を待つ。けれども、彼の口から次に出てきたのは怒声ではなかった。
「躰の方は大丈夫か?」
「あ……うん。幻痛が酷いだけで、一晩寝ればそれも抜けるって先生が言っていたよ」
「そうか」
予想に反して父さんが口にしたのは僕への気遣いだった。端的ではあったが、父さんがホッと肩の力を抜いたのがわかった。喧嘩別れ同然であったけども、それでも生まれた時から一緒にいるのだ。そのぐらいは読み取れる。
「テリア・ウォルアクトとの闘い、未熟ではあったが学生の身であることを考えれば上出来すぎるだろう。ガノアルク家の名に恥じぬ戦いぶりであった。よくやった」
今度は褒め言葉だ。『頑固親父』という称号が相応しいような人間であり、人を褒めることなど滅多にない。そんな彼から出てくる称賛に、僕はどう返せばいいのか分からなかった。
「……ありがと」
こんな短いセリフを返すだけで精一杯だった。
なるべく早めに次を更新できるように頑張ります。
 





