第百三十七話 リサイクルです──激励しているようです
魔法使いの『特性』とは、他の魔法使いとは隔絶した能力のことだ。
アルフィの生まれ持った能力である『四属性』。俺が長年の鍛錬で獲得した『魔力瞬間回復』もこれに類する。
そして、決闘場で示したラトスの能力。これは魔法使いの血族に脈々と受け継がれてきた遺伝の特性だ。
「そうか……だから当主はあれだけ魔法を使っててもガス欠にならなかったのか」
絶え間無い投影の連続に攻め立てられていたは観察する余裕はなかった。しかし今、ラトスの周囲に浮かぶ魔法の数々を目にすることで、あの時の真実にようやく至ることができた。
「おい、これもあんたの仕込みか?」
「馬鹿言うで無いわ。実際に魔法を見とらんでわかるわけなかろう。まぁ、始まって少しした辺りでおおよその察しはついとったがな」
大賢者は肩を竦める。決闘が開始した早々で察していた時点で、この婆さんの魔法への含蓄には脱帽するしか無い。さすがは『大賢者』だ。
「俺はまだイマイチ理解が追いついてないんだけど」
アルフィが腕を組んで頭の上に疑問符を浮かべている。
「そりゃ、お前は元々の魔力量が馬鹿げた量だから、あのこの手の特性にはピンとこねぇだろうさ」
「さりげなく馬鹿にしてるだろ」
「……つまり、ラトスの魔力は魔法が効果を失った後でもしばらくの間は再利用が可能ってことだよ」
ガノアルク当主リベアが俺と闘った時。最初にある程度の魔法を投影した後は、ほとんど魔力を消費せずに魔法を投影し続けていたのだ。
一度使用した魔法──そこに含まれた魔力は、魔法が効果を失えば魔法使いの制御を離れ空気中に霧散する。
しかし、リベアの投影した魔法に含まれた魔力は、魔法の効果が失われた後もしばらくの間は彼の制御下に置かれる。その魔力を再利用して魔法を投影していたのだ。
「──くくくくく……」
「ん?」
忍び笑いが耳に届き、俺はそちらを見やった。声の元はミュリエル。顔を伏せがちにし、肩を小刻みに震わせていた。
これはもしや──と既視感を覚えた直後だ。
「あははははははははははははっっっっ!!」
ミュリエルの狂笑が爆発した。
「『魔力による侵略』!! これがあなたの本当の特性なのね! 素晴らしい!! 素晴らしいわガノアルク!!」
普段は眠たそうな目を今は見開き、興奮を全身であらわにするミュリエル。どうやら、ラトスの『特性』は彼女の琴線を強く刺激したようだ。
以前にも同じよな『変貌』を目にしたことがある俺たちは『うわぁ……』とドン引きした。
「な、なんじゃなんじゃ!? こやつは一体どうしたんじゃ!?」
唯一、このミュリエルを知らない大賢者だけが目を白黒とさせていた。やる気の欠片も無い第一印象からこの変化を目の当たりにすれば、さしもの大賢者も驚きは隠せなかったようだ。
「……そういえば、以前にお父様から聞いたことがあります」
ミュリエルの狂った笑い声は完全に無視したカディナが、顎に手を当てる。
「ガノアルク家は、確かに武功という点においてはアルファイア家に劣ります」
「さりげなく実家の自慢するのやめれ」
「いえ、そうではなくて……話の腰を折らないでください」
少し咎める視線を一旦こちらに向けてから、カディナは咳払いをして続けた。
「こほん……ですが『迎撃戦』に限れば、ガノアルク家はアルファイア家を超えるほどの、国内最高峰の実力を有していると、お父様がおっしゃっていました」
自ら攻めるのではなく、相手を己の優位な陣地に誘い込んで撃退する。なるほど、ラトスの特性と間違いなく噛み合っている。
「形は違えど、『領域』を形成する類の『特性』は総じて有効範囲が限られとる傾向にある」
カディナの言葉を引き継ぐように、大賢者が言った。
「じゃが、限られた範囲内であれば、その魔法使いは無類の強さを発揮する。自分が最も力を発揮でいる状況を己の手で生み出しとるのじゃから、当然じゃな」
先ほどまではテリアにとって有利に働いていた決闘場は、今やラトスの手によって彼女が最も力を発揮できる領域に変化したのだ。
「『魔力の再利用』という点に限れば、ウォルアクトもガノアルクも似たようなものだわ」
一頻りに高笑いを終えたミュリエルがようやく、ほんのわずかにだが落ち着きを取り戻していた。それでも目は爛々と特異な魔法に輝きを宿している。
「己の優位な状況を作り出すという点に限ってもそれは同じ。でも、圧倒的にガノアルクの『特性』の方が凶悪よ。なにせ、一つの魔法を持続させる必要はない上、新たに魔法を投影すればするほど己の領域が広がっていくのだもの」
物凄く失礼で気の毒な言い方になってしまうが、ラトスの特性はテリアが使っている魔法の『上位互換』だ。ミュリエルが言った通り、テリアの水城塞の有する持ち味を、様々な点で上回ってしまっている。
「……けど、どうしてラトスは最初からその『侵略』ってのを使わなかったんだ? 最初から使えばよかったんじゃないのか?」
アルフィが口にした疑問はもっともだ。あれほど疲弊するまで手札を伏せていたのはなぜか。ここまで引っ張ってきた以上、相応の理由があるのは間違いない。
「さすがにここまでくれば、お主にも理解ができたようじゃな」
大賢者の言葉に俺は頷いた。
「……おそらくは──」
「──今のラトスでは『残滓』の魔力を完全には還元できん」
リベア・ガノアルクは険しい視線で決闘場で闘う娘を見据えていた。
彼は最初からこの展開になることを予想していた。多少なりとも能力の底上げが成ったとしても、その上でテリアに勝つならラトスが打てる手札は『コレ』しかないとわかっていたのだ。
そして、どうしてラトスがこの局面で最後の札を切ったのかも、理解していた。
ガノアルク家の魔力は、魔法が効果を失ってもしばらく空気中に霧散せず残滓の中に留まりつづける特性を有している。
「その残滓の魔力を余さずに使いこなすには長い鍛錬が必要になる。それを、昨日今日に使い始めたアレが十全に発揮できるはずがない」
リベアは残滓に含まれた魔力をほぼ百パーセントを還元し、再利用することができる。それ故、継戦能力や拠点防衛戦においては国内で最高峰の実力を秘めている。
だがラトスはまだその領域には到達していない。ガノアルク家の魔法使いとしては、当主リベアには遠く及ばない。
それ故に、魔力の還元を完璧には行えず、魔法を再度投影する際に何割かは魔力が損失し空気中へ霧散してしまう。
ラトスが己の特性を『遠隔投影』と勘違いしていたのはこれに起因している。魔力の制御が不完全である状態では、一度の再使用で残滓の魔力をほぼ全て失っていたのだ。
魔力の制御力が格段に向上した今の実力であれば、一度の再利用なら問題はない。だが、それでも二度目、三度目以降ともなれば繰り返した回数分だけ無駄が生じ、残滓に含まれた魔力が減少してしまう。
加えて、魔法の残滓に魔力が留まっている時間もやはり、リベアに比べれば圧倒的に短い。この辺りもやはり、年季の違いである。
「魔力還元の損失を考えれば、そう多用できる手段ではない。そこに、残滓に魔力が留まり続ける時間の制限。それらを考えて、限界ギリギリまで粘れるタイミングが今だったというわけですが」
「間違いないでしょう」
学校長の見解をリベアは素直に認めた。
リベアの学生時代を知る学校長にとって、ガノアルク家の『特性』も覚えがあるものだ。考察も既に幾重にも重ねており、理解は深い。
決闘場を覆い尽くすほどに魔法を投影するリベアの姿は、まさに『戦場の支配者』とも呼べるものであった。
そして、その弱みも知り得ていた。
「ですが、いくらガノアルクの『特性』を発揮したとはいえ、魔法の威力そのものには直結しない。あれは己の優位な状況を作り出すものであって、魔法を直接強化するものではありませんから」
乱暴な例え方をしてしまうと、領域内に己と同じ魔法を使う分身を複数生み出すような特性なのだ。
多方向から絶え間なく投影を繰り出す圧倒的な手数で敵を殲滅するのが、ガノアルクの『侵略』を使った最も得意な戦法だ。
しかしそれは、それらの『分身』は魔法使い当人を超えるものではないのだ。
「依然として、ラトスさんに水城塞を突破する手立てはありません。それをどうやって──」
「……アレが」
言葉を続けようとする学校長を、リベアが遮った。
「ラトスが、真に魔法使いとしての己と向き合っているのならば──」
その眼差しは一心に、決闘場で闘う己の娘へと向けられている。ふと学校長が見れば、リベアの拳に力が込められているのが見えた。
「お前の覚悟とやらをこの私に示して見せろ、ラトス──!」
思わず微笑みを浮かべてしまう学校長をよそに、リベアは言った。それは、娘に対する激励の言葉にも聞こえたのであった。
突然ですが。
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