第百三十六話 勘違いしていました──本質は別にありました
テリアは場の雰囲気が激変したのを肌で感じた。水城塞の水流を隔ててもなお、その変化は顕著だった。
ラトスは先ほどまで何かを躊躇していたような様子だった。だが、深呼吸をすると決意に満ちた表情を浮かべている。
(様子見に徹したのは判断ミスだったかもしれない)
心の中に己への叱責を抱きながら、テリアは水鞭をラトスへと放つ。
それを迎え撃ったのは、ラトスの足元から生えた水鞭。投影したのは間違いなくラトスだ。
これまでラトスは手元に魔法を投影するか、自分から離れた地点から遠隔投影を行ってきていた。今のは遠隔投影であろうが、わざわざ自分の近くで遠隔投影を行う意図が読めない。
魔法使いとしての技量はほぼ互角。単純に考えれば水鞭の威力も同等。しかし、テリアの水鞭は独自に改良が加えられ、通常のそれに比べれば強度も持続力も増している。ただ単にラトスが水鞭を投影しただけなら一方的に打ち勝てるはずだった。
「うぉっ!?」
二本の水鞭がぶつかり合った瞬間に、テリアに襲いかかったのは強烈な違和感。
テリアの扱う水鞭は水城塞と繋がっている。広義的に捉えれば水城塞の一部とも言える。
その一部がラトスの水鞭と絡まりあうと、互いの水鞭がぶつかり合って消失。
見た目の上では相殺。だがテリアにとっては水城塞から『何か』が剥ぎ取られるような感覚が生じた。
(いま、俺は何をされたんだ?)
見た限り、ラトスの体力は限界。決闘が開始したときに比べれば明らかに動きが鈍っている。魔力も相応に少ないはずだ。自分ほどは残っていない。
今の一手が破れかぶれの可能性は否定できないが、この『決闘』が始まってから初めての感覚。ラトスが今の水鞭に何かしらの仕込みがあったと考えるのが妥当だ。
詳細は不明だが、後手に回るのはよろしくない。そう判断したテリアは、強い警戒とともに新たに水鞭を投影し、合計五本の水の鞭を一斉にラトスへ向けて振るった。
「────ッ!」
ラトスが手を振るうと、彼女の足元から五本の水鞭が一斉に投影された。
互いの水鞭がぶつかり合い、相殺される。そして、テリアはまたも『剥ぎ取られる』ような感覚に襲われた。
これまでもラトスも何度か水鞭を使用しているが、その時は全てテリアの水鞭が一方的に打ち勝っている。今のような『相殺』が起きたことはなかった。
ラトスが何をしたのか。自分の身に何が起こったのか。テリアは未だに理解が追いつかない。それでも、確実に『何か』が変化しているのだけは理解できた。
強い違和感と警戒心が沸き起こる中、不意にラトスが口を開いた。
「……ずっと勘違いしていたんだ。己の『特性』を」
「何?」
「女に戻ってようやく気がつくことができた。僕がこれまで使っていた『遠隔投影』は、僕の血に宿った『特性』を少しだけ利用したものに過ぎなかったんだ」
次の一手はラトスから。水榴弾をやはり己の足元から投影する。水鞭は消滅している。だが、これまでは水流牢の表面水流によって問題なく受け流してきた。
だが──。
「まずいっ」
テリアは無意識レベルで行っていた水流の操作を意識的に操った。そうしなければならないという確信めいた予感があった。
これまではすべからくラトスの放った魔法を受け流してきたテリアの水城塞。
しかし、水榴弾は受け流されることなく水城塞に着弾した途端に爆裂。その威力の大半は消失したものの、余波は水流を突破し水飛沫がテリアの制服を濡らした。
テリアはこの時、ラトスの水榴弾が水城塞をわずかでも突破したことよりも、水城塞そのものに生じている違和感に戦慄していた。
この水城塞はテリアが独自に改良した特別なもの。細部にまで手を加えており、自身の手足のように誰よりも深く理解している。
だからこそ、分かった。
水城塞の中を循環している魔力に、己以外の魔力が存在している。その魔力が、水城塞の制御に大きな負荷を与えていることを。
「まさか……この魔力はっ」
「そう、僕の魔力だ。水鞭を相殺した時に仕込ませてもらった」
ラトスは新たに魔法を投影する。足元だけにとどまらず、彼女の周囲を濡らす地面から次々と。
「体内の魔力循環が正確になってから、己の魔力を深く感じ取れるよになったんだ。だから気がついた。僕が放った水魔法の残滓には、しばらくの間僕の魔力が色濃く残っていることを」
魔法は効果を失えば、それを構成していた魔力は外素へと転じ、やがては空気中へと霧散してしまう。
しかしラトスの場合は違う。
「遠隔投影なんて、できて当然だったんだ。なにせ、僕の魔力はまだそこにありありと残っているんだから」
テリアはようやく、ラトスの意図に気がついた。
彼女がこれまで無駄だと承知していながらもしつこく攻撃魔法を繰り出してきたのは、テリアの水城塞を突破するためではない。
突破の布石を打つため。
決闘場の地面にラトスの水魔法の残滓をばらまくため。
決闘というシステム。決闘場という立地は全てテリアにとって有利に働いていた。この決闘はテリアという支配者によって制されていた。
それを、ラトスが人知れず侵略していたのだ。
ラトスの本当の特性は、魔法の残滓を利用した『侵略』。
己にとって有意な領域を自らの手で作り出すことにこそあったのだ。
テリアの領域はもはや彼の水城塞の内側にしか残されていない。そこから先は全てラトスによって侵略されていた。
「この場はもう君の独壇場じゃない」
そしてラトスは、宣言した。
「僕の『支配領域』だ」
note始めました。
アドレス↓
https://note.mu/kikoubi3703




