第百三十四話 やはり不利です──でも、諦めていないようです
リース視点
確かに、ラトスは本来の力を取り戻したのかもしれない。劇的な成長にも匹敵する能力を得たのだろう。
それでもなお、ラトスの不利は変わらない。その最大の理由が、今まさに現実となっていた。
もし仮に魔法使いとしての技量を『絶対値』で評価できるなら、ラトスとテリアは互角。二人ともノーブルクラスに所属しても何ら不思議ではない実力を有している。
けれども、戦いというものには『相性』が存在している。状況に対してや相手に対してなど、条件は様々だ。そして、この決闘におけるあらゆる要素がテリアにとっての『好相性』となってしまっているのだ。
「……リース・ローヴィスの戦い方を見慣れて感覚がおかしくなっていたのかもしれません。防御特化の魔法使いとしては、むしろテリア・ウォルアクトの方が正当なのでしょうね」
神妙な様子でテリアに目を向けるカディナ。ラトスを心配する一方で、テリアの戦い方も評価しているのだ。
「リース・ローヴィス。あなたはどうみますか?」
「……このままだと、そう遠くないうちにラトスの方が崩れる」
カディナの問いに俺は冷静に答えた。
『胸元』が解放されたことで呼吸が正常に戻り、阻害されていた体内を流れる魔力の循環も正常に戻った。魔力の制御力も総じて向上し、一度の投影における魔力の消費もかなり改善されたはずだ。以前に比べれば長期戦にも耐えられる。
だが、テリアの『持久力』はその上を行く。
先ほど解説席からウェリアスの説明が放送されたが、彼の言う通りだ。テリアの水城塞は魔力の流れが魔法の中で完結しており、空気中に魔力が霧散する量を減らしている。まさに長期戦を前提とした魔法だ。
加えて、テリアの主な攻撃手段は水城塞の表面から伸びた水鞭。こちらにも手を加えてかなり効果範囲を伸ばしているようだがそれでも限度がある。が、決闘場は限られた空間内で行われる。よって射程の問題も解消されている。
「相手は同じ水属性。ラトスもその程度の事は予想していたんじゃないのか?」
「じゃぁ、あいつは自分が圧倒的不利なのを承知でテリアに決闘を挑んだってのか」
「俺を睨むなよ……」
ついつい厳しい視線をアルフィに向けてしまう。
「……今日のお前、やっぱりちょっとおかしいぞ。ラトスが『女』だってわかった時も、他のやつよりも反応が変だったし」
「のっぴきらなねぇ事情があるんだよ」
苛立ちをアルフィにぶつけそうになるのを堪え、結果的に無愛想な返しになってしまった。
「……あんたはどうなんだよ」
「儂か?」
俺は眉間にシワが寄っているのを自覚しながら、大賢者に目を向けた。
「そうじゃな……」
俺の言葉を受けた大賢者は顎に手を当てて少し考える。
「お主や解説役の見解通りじゃ。現状のままでは青髪の娘っ子が負けるじゃろうな」
「そんな他人事な……焚きつけたのはあんただろうが」
「焚きつけたとは人聞きの悪い。そもそも、儂にだってこの展開になるとは思っとらんかった。いや、可能性の一つとしては頭の中にあったが、いきなりこうなるとは本当に予想外だったんじゃよ」
困ったように肩を竦める大賢者に、俺は妙に納得してしまった。
あの青髪。水属性魔法使いのくせに、激情家な所があるからな。初対面の時に食堂で水魔法をぶちかましたり、その時の事で俺に決闘を挑んできたりと、色々と前例がある。今回のこともそれで納得できてしまった。
「おいリース! ラトスが!」
その声にハッとなり、俺は決闘に意識を戻す。
アルフィの言う通り、ラトスの動きに決闘開始時ほどの『キレ』がなくなり。少しずつではあるがテリアの水鞭がラトスを捉え始めている。
直撃こそないが、このままでは時間の問題だ。
ラトスは水鞭を回避し、その合間にも果敢に攻撃魔法を仕掛けるが、そのどれもが水城塞に弾かれて、決闘場の地面を濡らすに終わる。
じわりじわりと、戦況が傾き始めている。
さしものミュリエルも、ラトスのことを慮り不安げな表情を浮かべる。
「やっぱり色々な意味でガノアルクが不利すぎる」
「同じ属性の魔法がぶつかり合うと、互いの魔力が干渉しあって威力が減衰してしまいますからね」
カディナの言う通り、双方が攻撃魔法の打ち合いならともかくテリアが守りに特化している分、攻め手に回っているラトスが圧倒的に分が悪いのだ。
その辺りに関しても、ラトスは十分に理解しているはずなのだ。
なんでお前はテリアに挑んだんだ。
ラトスの言葉を信じるのなら『勝算』はあるはずなのだ。なのに、今ここに至って俺はそれを導き出せずにいる。そもそも、ラトスの言っていた『勝算』が事実なのかすら疑いそうになってくる。
──ラトス。このままじゃお前、負けちまうぞ。
その予感から逃げるように、俺は『決闘』から目を逸らしていた。
「目を逸らすな馬鹿者」
教師が教え子を叱り飛ばすような、静かでありながらも威厳を含んだ声が俺の耳に飛び込んだ。
「あの娘があそこで闘っている理由を、お主は知っておるはずじゃ」
大賢者はそれまでの柔い雰囲気をなくし、毅然とした態度で俺を見ていた。
「なればこそ、お主は最後まで見届けなければならん。後押しをしたのは儂じゃ。だが、根底にあるのは──言わずとも分かるな?」
──だから君に見ていて欲しい。偽ることをやめた僕の──ラトス・ガノアルクという魔法使いの闘いをね
もう一度、彼女の言葉が頭の中に蘇った。
ラトスが闘っているのは、テリアへの雪辱を果たす為だけではない。
正真正銘の、本当の『ラトス・ガノアルク』を俺に──リース・ローヴィスに見せる為。
大賢者の言う通りだ。
再びラトスに目を向ければ、彼女は水鞭を肩に受けた瞬間だった。
この決闘において、初めてまともな一撃が入った。観客席のいたるところから悲鳴に近い声が上がる。
衝撃で弾き飛ばされるラトス。またも彼女から目を背けそうになり──怖気付きそうになる気持ちを、拳を強く固めて文字通り握りつぶした。
迫り来る追撃を我武者羅回避し、ラトスは立ち上がる。
遠目から分かるほど強い意志を込めてテリアを見据えていた。
ラトスはまだ微塵も諦めていない。
だったら、それを見守っている俺が諦めるわけにはいかない。
次話からまたラトス視点です。
 





