第百三十三話 不利なようです──実は来ていました
戦況は膠着状態。観客席の大半はそう感じられていた。
だが、そうで無いことを見定めていた者もいた。
『おそらく、魔力の制御力という点においては、ラトスさんとテリアくんは互角でしょう。ですが、そうであるなら尚更にラトスさんが不利ですね』
『え? どういうことでしょうか。制御力が互角なら戦況も互角なのでは?』
ウェリアスの解説を受け、サラドナが率直な意見を述べた。彼女の言い分はもっともであり、一方的にラトスが不利に聞こえるのはおかしかった。
『残念ながら、膠着状態であるのならばテリアくんの方に分があるのですよ』
『……申し訳ありませんが、ちょっと意味がわかりません』
『でしょうね。でもよく考えてみてください。両者のそもそもの戦い方をね』
ラトスは遠隔投影を駆使し、相手の死角から魔法を狙い撃つ魔法使い。
テリアは向けられる攻撃を受け流し、相手の消耗を待って勝利を得るタイプの魔法使い。
『どうです。テリアくんの得意とする戦い方と今の状況。完全に合致していると思いませんか?』
『あっ!?』
そうなのだ。両者ともに決め手に欠けているが、テリアにとってはさほど苦となる状況ではなかった。むしろ、ラトスにとって相手の防御を突破できない状態こそが苦であった。
『あの水城塞は、水流牢を改良した魔法と聞いていますが、おそらく中身はほとんど別物になっているでしょう』
本来、水流牢は相手を内側に閉じ込める魔法。それをテリアは改良に改良を重ね、全く別物の魔法へと昇華させていた。
『特に素晴らしいのが、極力省かれた魔力の『無駄』です』
『なんだか実況というよりも質問キャラになり始めるのが気になるところなのですが、詳しい説明をお願いできますでしょうか?』
『もちろん。あなたは実況役である前に生徒。生徒の疑問に答えるのは教師の務めですから』
そうして、快くウェリアスは解説を始めた。
──通常の決闘ではあまり使用されない貴賓室。
その一室で二つの姿がウェリアスとサラドナのやり取りを耳に捉えながら、決闘の様子を眺めていた。
「ラトスさんがここしばらくでウェリアス先生に個人的な指導を受けているのは知っていましたが、ここまで伸びしろがあったとは驚きです。元々、筋が良いと睨んではいましたが」
片方は当学校の長である学校長。
「おっしゃる通り、最後に見たときに比べれば多少は腕は上がったでしょうが……いや、まだまだ未熟」
冷たく言い放ったのは、ガノアルク家当主にしてラトスの父親である、リベア・ガノアルクだった。
学校長が密かにリベアへと手紙を送っていたのだ。ご丁寧に、魔法使いを利用した超特急便でだ。ラトスがテリアへと決闘を申し込んだことを受け、これを観戦しないかというお誘いだ。
その返事は、ここにリベアがいる時点で明白だった。
リベアがこの場にいることをラトスは知らない。もちろんリースもだ。彼がジーニアスに来ているの知っているのは学校長だけ。
「おや、随分と手厳しいですね」
「事実を言ったまでです。わざわざ来てみたものの、期待はずれです」
『期待はずれ』と口にしたものの、彼の己の娘が戦う様を見据える瞳には真剣そのもの。『期待はずれ』とは口にしつつも、その目に逆の感情が宿っているのを学校長は余さず見抜いていた。
(こういうところは学生の頃から変わっていませんね)
自他に対して厳しい性根が相変わらずで、学校長は懐かしさを感じてクスリと笑った。
それを目にしたリベアが怪訝な表情になり、学校長は誤魔化すようにこほんと咳払いをした。
「優秀と言えば、テリアくんですね。あの水城塞は見事です。魔力の流れを魔法の中で完結させ、極力消費を抑える。なるほど、持久戦においてはまさに最適解です」
魔法は一度発動すると込められていた魔力は外素へと変じ、空気中に予め存在している様々な属性の外素と溶け込み霧散してしまう。一度魔法に込めた魔力を間をおかずに再使用は実質的に不可能なのだ。
──そんな通説を真っ向からぶち壊した無属性魔法使いがいるが、現時点では例外中の例外なので割愛。
だが、テリアの水城塞は違う。
一度発動し維持を続けている限り、魔力は空気中に霧散することなく魔法の内部で循環を行う。つまり、魔法を消費することなく魔法を使い続けられるのだ。
魔法の制御にも多少なりとも魔力を消費するであろうし、慣れない者が行えば制御にも『無駄』が生じその消費量もバカにならなくなってくる。
だが、逆を言えば慣れたものにとっては魔法の維持はさほど難易度が高い技術ではないのだ。
その点で言えば、テリアは問題がなかった。なにせ、魔法の『維持』に関しては、ノーブルクラスで文字通り『トップ』に位置するリースが褒めるほどだからだ。
「とはいえ、遠目から見てもまだまだ無駄が見受けられる。あれでは一時間と保たないだろう」
「相手は年若い学生ですよ?」
「あの規模、私なら同じ魔力の消費で確実に丸一日は保たせられる」
リベアの指摘通り、『完全無欠の魔力循環』を行うのは至難の技。十代も半ばにさしかかった程度の学生が到達できる領域ではない。彼の言う通り、一時間もすればいずれは魔力が枯渇するであろう。
「それに、あの魔法にも欠点は多くある」
同じ水魔法の使い手でありその道の玄人であるリベアには、テリアの魔法が保有する欠点もすぐに理解できていた。
「水城塞の維持に意識の大半を割かれている。あの場から動きがない上に、水鞭以外の魔法がほとんど投影されないのがその証拠だろう」
昨今の魔法使いを臆面もなく率直に表現するなら『移動砲台』と呼べばいいのだろうか。一箇所に留まらず、移動を続けながら魔法を投影し遠距離から攻撃するという戦い方だ。
実際に、今戦っているラトスも水流走を駆使し決闘場を駆け巡りながら魔法を放ち続けている。
これに対して、一箇所に留まり続けてテリアはまさに『固定砲台』。水城塞の特性上、一度魔法を発動したら解除するまでその場から満足に移動することができないのだ。しかも、同時に投影できる魔法はおそらく水鞭に限られている。
もし仮に戦場でテリアと遭遇したら、その対処法は簡単だ。
相手にしなければいいのだ。
一箇所に留まらなければ満足な防御陣も張れず、しかも使える攻撃魔法は射程が短いものばかり。ついでに、連続使用は一時間ほど。
使える場面といえば、限られた空間内で、短時間の拠点防衛戦ぐらいだ。
「上手いものですね。ある意味、状況をうまく利用した結果でしょうか」
リベアの水城塞を使用した戦い方の欠点。
最長でも一時間が限度の連続使用。
移動力皆無な防御陣と限られた射程。
一見すれば弱点だらけのこの魔法。
だが、テリアが今戦っている場は、限られた空間しか使用できず、一時間も掛からずに終了する『決闘』というシステムの中。
テリアが最も力を発揮できる状況なのだ。
「効果を発揮できる場面が局所的。言い換えれば状況にさえはまり込んでしまえばこれほど恐ろしい相手はいないでしょうね」
ラトスの内包魔力は、優秀な部類に入るが桁外れとは言い難い。持久戦に持ち込まれれば不利なのは明らか。頼みの綱である遠隔投影も、全方位に展開する水城塞の水流を前にしては意味をなさず、そもそも持ちうる火力では突破するには至らない。
持久戦に流れ込んだ時点で、ラトスの不利は明白となったのだ。
「さて、ラトスさんはどうするつもりなのでしょうか」
「…………………………」
学校長からチラリと視線を向けられても、リベアは無言。ただじっと、ラトスを見ていた。
 





