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大賢者の愛弟子 〜防御魔法のススメ〜  作者: ナカノムラアヤスケ
第五の部 学園生活順風満帆なお話
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第百三十二話 正常になったようです──楽になりました



「おいおい、マジで何がどうなってんだよ」


 模擬戦の時点では、ラトスはテリアに魔力制御の点で劣っていた。だが今はその差が劇的に縮まっている。


 リースの目から見て、魔力制御に限れば一学年ノーブルクラスの中でトップクラスだ。そして今のラトスはそれに匹敵するほどの能力を発揮している。


『急成長』と一言で片付けるには変化の度合いが異常すぎる。


「まだまだ未熟じゃのぅ」


 混乱に近い心境に至っている所に、横合いから声をかけられる。はっとなりリースが横を見れば、大賢者がしたり顔になっていた。


「あんた、いよいよあいつに何を吹き込みやがったんだ」


 今にも胸ぐらを掴みかからんとする勢いに、リースは大賢者に詰め寄った。


「吹き込んだとは人聞きの悪い。言うたろう、ちょいとした助言あどばいすじゃ」


「その助言あどばいすってのが何なんだよ!」


 この大賢者は事が魔法に限ればひどく理論整然とした考え方をする。曖昧な根性論や理想論は唾棄すべきものだと切り捨てている。


 だが逆に、理に適っていればどんな無茶でもやらかすしやらせようとする。いや、理に適っているので厳密には『無茶』ではないが、正気を疑うような事を平気で言うのだ。


 身をもってそれを体験しているリースは、果たしてどれほど恐ろしい事をラトスが吹き込まれたのか、気が気でなかった。


 大声を出すリースに、アルフィたちがビクリと肩を震わせる。まさかこんな少女相手に彼が声を張り上げるとは思っていなかったからだ。


 もっとも、怒声紛いの圧を掛けられた大賢者は涼しい顔だった。それどころか「やれやれ」と肩をすくめ首を左右に振る始末だ。


「てめ──」

「儂はただ、あやつを正常な状態に戻してやっただけじゃ」


 いきり立ちそうになるリースだったが、大賢者の言葉とともに突き出された指にぐっと押し止まった。

「正常な……状態?」

「そうじゃよ。その上で『深呼吸』をしてみろと言っただけじゃよ」

「は? ……それだけ?」

「魔法使いとしてはな」


 含みをもたせた大賢者の言葉が気になるも、それを追求する前に側で聞いていたミュリエルが手を挙げた。


「質問、よろしいでしょうか」

「ええよ、黒髪の」

「つまり、ガノアルクのこれまでは『異常な状態』であり、今のこの状況こそが『正常な状態』になっているという事ですか?」

「うむ。ディアスの弟子は素直でよろしい」

「ありがとうございます」


 恭しく頭をさげるミュリエル。アルフィとカディナは、なぜ彼女が少女相手に畏まった態度になっているのか今ひとつ分からない。普段はリースに似て相手が誰であろうとも己のペースを崩さないのに。二人は揃って疑問符を頭に浮かべていた。そのせいか、学校長の名前が出た事は聞き逃していた。


 リースは大賢者の言葉を頭の中に反芻していた。


(呼吸って事は……魔力循環の問題か?)


 魔法使いは、魔素を呼吸によって体内に取り込んでいる。そして、取り込まれた魔素は常に一定にとどまっているわけではなく、血液と同じく体内を循環している。魔法使いはこれを必要に応じて取り出し、魔力として使用する。


 つまり、魔法使いにとっての呼吸とは、魔力を取り込むだけではなく体内に巡る魔力の循環も行っているのだ。


 正常な時は問題無いが、呼吸が大きく乱れると魔力の循環にも乱れが生じる。魔力の循環が乱れれば魔力の制御に大きな支障をきたす。


 魔力を急激に失った場合、肉体が急激に疲弊する現象があるが、まさにそれの逆が起こっているのだ。


(婆さんの言う通りなら、ラトスのやつは今まで正常な呼吸ができていなかったって事になる。あれだけの変化を引き起こすんだ。よほど普段から息の詰まった生活をしてないと────ん?)


 はて、そういえばそんな話を聞いたような。


 頭の片隅に引っかかりを覚えたリースは、決闘場アリーナで立ち回っているラトスに目を向けた。


 ──たゆんと揺れる豊かな胸に思わず視線がいった。


 ……。

 

 …………。


 ………………。


「ぁぁぁぁああああああああああっっっっっ!?」


 ガチリと、これまで抱いていた全ての疑問が解き放たれた。


 ラトスの胸が解き放たれているように!


「こいつ、今バカな事考えとるの」

「「「(うんうん)」」」


 席を立ち上がりながら叫ぶリースに対して大賢者が一言。他の面々もそれに首肯した。


 が、そんな反応に構わず、リースは食い入るようにラトスの『胸元』を見る。


 十年もの間、秘匿され続けてきたその破城槌が、今は誰の目にも明らかなほどに鳴動している。


 あまりにも大きな変化であり、すぐに思い至らなかった。というか、思いつくはずがなかった。


「まさか──今までサラシを巻いてたから、魔力の循環が制限されてたのかよ!? んなアホな!?」

「が、残念な事にそれが正解じゃ」



 **ラトス視点**  


 ──躰が軽かった。


 すでにウォルアクトの水城塞アクアフォートから伸びる水鞭アクア・ウィップの数は五つに到達していた。水鞭アクア・ウィップそのものの難易度は低いだろうが、あれほどの数を──しかも水城塞アクアフォートと同時に投影し続ける技量には感服する。


 でも、僕だって負けていない。


水流走アクアドライブ──からの水連射アクアガトリング砲台フロト!!」


 迫り来る水の鞭を、水流操作による高速移動で回避。一歩遅れる形で、僕が一瞬前まで立っていた場所から時間差で水連射アクアガトリングを発射する。


 以前までの僕なら、こんな短時間で遠隔というができるのは、水弾アクアバレットだけだっただろう。


 水鞭アクア・ウィップの隙間をかいくぐり、僕の魔法がウォルアクトにまで届くが、やはり水城塞アクアフォートに阻まれてしまう。


 未だ僕の魔法はウォルアクトの水城塞アクアフォートを突破できていない。けれども、ウォルアクトも未だ僕を捉えてはいなかった。


「驚いたな。合同授業の時に比べてまるで別人じゃ無いか! もしかして手加減してたのか!」

「違うよっ、あの時はあの時で全力だったさ!」


 答えながら、僕は心の中でウォルアクトに謝った。


 今の言葉は嘘では無いが、かといって真実でもなかった。


 模擬戦の時の僕は『制限』を負った上での全力だった。


 ──僕はこの十年間、ずっと己に制限を課し続けていた。


 それは『性別を偽る』という精神的な負荷ストレスという意味もあったが、実は肉体的な面でも大きな制限を受けていたのだ。


 やった事は単純。


 文字通り、僕をこれまでずっと戒めてきた『サラシ』を解いただけ。


 つまり、大きく育ちすぎた胸を隠すのをやめたのだ。


 ……言葉にすると物凄く恥ずかしいのだが、本当なのだから仕方が無い。


 今まで僕は魔法を使う時は常に男装をしていた。特に、胸が育ち始めた頃からはサラシをきつく巻き、息苦しいほどに締め付けながらだ。満足に呼吸は出来ず、すぐに息切れを起こしていた。それが当然だと受け入れていた。


 だから、十年ぶりに胸元が楽な状態で魔法を使った時は愕然とした。


 ──自分は、性別だけではなく、魔法使いとしての己さえも偽り続けていたのだ。


 今までどれだけ『枷』を背負っていたのかをようやく知った。息を吸うたびに、躰の隅々にまで酸素が行き渡る感覚。細部にまで浸透する己の意識。自分の躰がこれまで以上に自由に動く。


 魔法に関わるありとあらゆる行為が格段に『楽』になった。


 制御力から始まり、投影速度や魔力の消費量にすら影響を及ぼしていた。あまりに『楽』になりすぎて勢いが余り、持て余すほど。


 ウェリアス先生との特訓はこの感覚に慣れるため。今の己の能力を推し量り使いこなすためだった。


 結果は上々だ。その証拠に──。


水槍アクア・ランス!」


 一本の水流が槍の形へと変じ、ウォルアクトに向けて解き放たれる。


「──っ」


 ウォルアクトは水城塞アクアフォートの表面を操作し、受け止めた水槍アクア・ランスを僕に向けて放とうとするが、それは叶わず水の槍はあらぬ方向へと弾けて地面に突き刺さった。


「やはり、前とは段違いだ。魔法の細部にまで制御が行き渡っているのを感じる」

「お褒めに預かり光栄だね」


 僕が放った魔法は最後まで僕の制御下に置くことができている。たとえウォルアクトの水城塞アクアフォートの生み出す水流に引き込まれたとしても、僕に届くことはもう無いのだ。


 少なくとも、魔力の制御という点においてはウォルアクトに負けない程度には仕上がった。


 けれども──まだ届かない。


 口では強気ではあったものの、僕の内心は焦り近い心境に陥っていた。


 どれほどの魔法を放とうとも、その全てが水城塞アクアフォートの水流に受け流されてしまう。制御こそ奪われなくなったものの、貫くことができないのだ。


 今の水槍アクア・ランスは威力で言えば僕の魔法の中で高い方だが、貫通力に特化した魔法だ。この魔法でもウォルアクトの守備を突破できないとなると、いよいよ手段がなくなってくる。


 ──魔法使いとしてようやく己を取り戻してなお、僕の劣勢に変わりはなかった。

何がヤバいかは次回を待て。

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