第百三十一話 初手で驚きました──互角のようです
ラトスは決闘が始まると同時に大きく息を吸った。相対者がテリアではなくリースであれば、呼吸に合わせて、制服をきつく押し出す胸元に思わず視線が集まってしまいそうな光景だ。
「水弾!!」
鋭い叫びに反して、投影されたのは初級の攻撃魔法。
けれども、一度に投影された数が尋常ではなかった。
十や二十では聞かない。文字通り『無数の水弾』がラトスの周囲に出現したのだ。
後手に回るのをよしとするテリアもこれには驚く。てっきり、初手から威力の高い魔法を打ち込んでくるとばかり予想していた為だ。
だが、驚いたのはほんの刹那。守りに重きをおく闘いを主とする者にとって、この程度は強く同様を引き出すほどでは無い。
「水城塞」
冷静な投影のもと、テリアの得意とする水属性防御魔法が展開。水流を伴う水の防壁が彼の周囲に出現し、殺到する『無数の水弾』を全て受け流し弾き飛ばした。
射線を逸らされた全ての水弾は決闘場のあらぬ方向へと飛び、地面にいくつもの水たまりを作った。
そして、逸らされた中の数発がラトスを狙う。もちろん、テリアが水流の流れを操り、意図的に狙いをラトスへと変換したのだ。
これでは、合同授業の二の舞。あの場に合わせた生徒たちの何人かはそう予感した。
が、ラトスは迫り来る水弾を目に慌てた素振りを見せない。
慌てる猶予さえ無いのかと思いきや、水弾の全てがラトスの躰を僅かに外し、後方の『結界』に衝突して弾けた。
互いにただの初手を行使しただけ。けれども、その短き間に繰り広げられた攻防に、会場の熱気が急上昇した。
『こ、これはぁぁ!! 最初の攻防が終わった時点で、観客席はすでに大きく盛り上がりを見せております! ついでに私もちょっと盛り上がりたい気分です! 具体的には胸あたりがもうちょっと盛ってくれると──誰が貧乳ですか!?』
(誰も言ってねぇよ)と比較的冷静な生徒たちが、心の中で揃ってツッコむ。
『……サラドナさん』
『はい! 真面目に実況しますので笑顔で凄まないでくださいウェリアス先生、本当に怖いので!?』
若干泣きが入った声だ。
『あ、紹介が遅れましたが今回の解説を担当していただくのはウェリアス先生です! 今回の決闘において、これほど的確な解説をしてくれる方はいないと思います! 先生、今日はよろしくお願いします!』
『よろしくお願いします』
解説の紹介がなされる間、初手を放ってからラトスは追撃を行わず。テリアは一旦水城塞を解除し互いに睨み合う。
そんな中で、リースたちは感心したような視線をラトスに向けていた。
「最後に見たときに比べて投影の精度、速度共に格段の向上を見せている」
ミュリエルが考察するように顎に手を当てる。
「……ですが、この短期間であれほどの成長が可能なのですか? ここ最近は何かと遅くまで残って鍛錬をしていたのは知っていますが」
まるで別人──は言い過ぎであるが、『居残り特訓』でどうにかなるような成長の仕方ではなかった。間違いなく、以前までのラトスとは『何か』が違う。
「『男子、三日会わざれば刮目して見よ』ってやつか?」
「何さその言葉」
時折出てくるアルフィの不思議な言葉に、リースは尋ねた。
「男は『切っ掛け』さえあればたった三日でも驚くべき変化を見せるって意味だよ。……ラトスのやつ、女になっちゃったけど」
確かに、以前のラトスとは見た目からして決定的に変化していた。それはこの場にいる全員が同意するところだ。
「その切っ掛けというのはなんなのですか、リース・ローヴィス」
「なぜにそこで俺に聞くよ」
「……悔しいですが、私たちの中で一番魔法への造詣が深いのはあなたに違いありませんので」
「そこのミュリエルも相当なもんだろ」
「私の場合、既存の理論に囚われがち。リースの方が適任」
カディナとミュリエルに答えを求められるも、リースとて誰かに聞きたい位だった。
そうしているうちにも、闘いが再開する。
二手目の先を取ったのはテリア。水城塞を投影すると、水流の一部から水鞭が伸び、ラトスを打ち据えようと振るわれる。
ラトスが水榴弾で迎え撃ち、水の鞭を半ばまで吹き飛ばした。続けて水連射を放つが、連射であっても水城塞を突破するには至らずに、すべて受け流される。
以前であれば、水鞭の時点で攻撃を食らっていても不思議では無い。即座に投影できる水弾では威力が足りず水鞭で弾かれただろうし、かといって水榴弾であれば投影に時間がかかり、迎え撃つ前にやはり攻撃を受けていた。
その後も、魔法の応酬が繰り広げられるが、ラトスは一歩も引かずにテリアと互角の戦いを演じていた。