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大賢者の愛弟子 〜防御魔法のススメ〜  作者: ナカノムラアヤスケ
第五の部 学園生活順風満帆なお話
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第百三十話 神様は不公平でした──ちょっと借りるようです


 あれだけ騒がしかった決闘場アリーナの観客席は、僕が入場した途端に静まり返ってしまった。


『え、えと……あれ? ラトス選手が入場するはずだったのですが……一体、誰でしょうか』


 実況席のサラドナが会場内に響くと、静けさが僅かなどよめきに発展した。


 誰もが、僕を『ラトス』と認識できていなかった。


 なぜなら、僕は今、ジーニアス魔法学校に入学してから、初めて女子制服を身に纏っているからだ。これまで男子として生活していた生徒が、突然女子になって現れたのだから仕方がない。


『──え、嘘でしょ? これって本当に間違いないの? 実況に流しちゃっても大丈夫? …………学校長公認!? マジで!?』


 サラドナの慌てたような声。


『た、ただいま新しい情報がこちらに入りました! 


 な、なななななんと! 突如として現れたあの美少女は、紛れもなくラトス・ガノアルク選手です! ラトス選手は、ラトスくんではなくラトスさんだったのです!!!!!』


 絶叫にも近いサラドナの報告が響き渡った。


「────っ」


 胸の鼓動が一気に激しくなり。羞恥にも近い感情がこみ上げてくる。顔が真っ赤になるのを自覚できた。この場にいるすべての人間の注目が、視線が、僕に集まっていくのを肌で感じる。


『なんということだぁぁぁ!! 中性的な顔立ちで女子達の人気を集めていたラトス選手が、実は本当に女の子だったなんて!

 ……つーか、あんなでっかい・・・・のをどこに隠してたんですか! 反則でしょうが! くそぅ、圧倒的な戦力差に実況を放り投げてしまいたい心境ですよ私!! あ、やっぱり駄目? 畜生! 神様って不公平だ!!』


 本気とも冗談とも取れない実況だった。


 僕は観客席に視線を巡らせた。


 ただそこにいるだけで『彼ら』はすごく目立つから、すぐに見つかった。


 アルファイア、ウッドロウ、ライトハート。


 僕をよく知る彼らは、揃って口をぽかんと開けていた。その様子に思わずクスリと笑いが漏れてしまった。


 そして、ローヴィスも。やはり他の三人と同じで呆然としていた。


 彼は僕の事情をほぼ全て話している。あれだけ『男』であることにこだわっていた僕が、突然『女』であることを大衆の前で晒したのだ。驚きの度合いで言えば、この会場の中では最も大きいかもしれない。


 あと──なぜかローヴィスの隣にはあの謎の少女がいた。本来は部外者は入れない決まりなのだが、不思議とあの少女ならどうとでもしてしまうような気がしていた。


 彼女は周囲とは違い、満足げな笑みを浮かべている。もしかしたら、僕が『こうする』のを分かっていたのかもしれない。


 この距離からではわからないだろうが、僕は彼女に感謝の念を込めて小さく頭を下げた。


 あの少女の言葉に後押しされたからこそ、僕は自分の気持ちを理解することができた。そして、自身では気付かなかった、己の魔法使いとしての可能性にたどり着いた。


 だからこそ、僕はこの場に『女』として、『魔法使い』として立つ決意ができたのだ。


「……いや、本当に驚いたよ。随分と真剣な様子で『決闘』を挑んてきたと思っていたけど、まさかこうくるとはね」


 声を掛けられた僕は、正面に目を向ける。


 ウォルアクトはどこか諦観したような様子だった。


「改めて礼を言っておくよ。僕の申し出を受け入れてくれてありがとう、ウォルアクト」

「君がこんな行動に出ると分かっていれば、もう少し躊躇していたよ。今更どうこう言ったところで後の祭りだが」


 困ったように肩を竦め、ため息を一つ。


「『なんのつもりだ』とは敢えて聞かない」


 それから、表情を引き締めると鋭い視線が僕を射抜いた。


「あの時、僕に決闘を申し込んできた君は真剣そのものだった。今この場に、その姿でいることも含めて、相応の覚悟があってのことだろう」

「もちろんだ。伊達や酔狂でこんな格好はできないさ」


 十年間も頑なに守ってきた秘密を、身を持って暴露したのだ。


 この決闘の趨勢に関わらず、以前のように男として生きていくことはもう叶わない。この場にいる人間の全てが、僕を女だと知ってしまったからだ。


 もはや後戻りはできない。


「あ、ただこれだけは聞かせてくれ」


 思い出したように、ウォルアクトが言った。


「俺に決闘を挑んだのは、自分が『女』であると大勢に知らしめる『場』が欲しかったからなのか?」

「……理由のひとつであるのは否定しない」


 僕の正直な答えに、ウォルアクトは顔をしかめた。


 これだけを聞けば、彼はは僕の事情の『出汁』にされたと受け取るだろう。実際に、そういった側面があるのは事実だった。ウォルアクトだって良い気がしないのは当然だ。


「でも、それ以上に大きな理由が二つある」


 僕はウォルアクトへと指をつきつけた。


「一つ、僕は自分より弱い男の妻になるつもりはない」

「────っ、なかなかに言ってくれるな。けど忘れていないか? 君は一度、俺に負けているんだぜ」


 確かに、合同授業での模擬戦では僕の完敗だ。言い訳のしようがないほどの負けっぷり。腹立たしいが認めるしかない。


 だからこそなのだ。


「そして二つ目。僕が君に──テリア・ウォルアクトに勝つ為には、どうしても『女』になるしかなかった」

「…………? それはどういう──」


 ウォルアクトが問い返してくるが。


「はいはい、おしゃべりはそこまでだ」


 今回の決闘を審判してくれるゼスト先生が、僕たちの会話に割って入ってきた。


「お互いに言いたいことはあるだろうが、そいつはぁ決闘の最中にしてくれや。観客席も温まってきたしな」


 いつの間にか、僕の登場で静かになっていた決闘場アリーナ内が、再び熱狂に包まれていた。誰もが、今か今かと開始の合図を待ち望んでいる。


「ったく、今年の入学生は何かと騒動を引き起こしてくれるな」

「……ご迷惑をおかけします」

「ま、良いさ。どうやら学校長が絡んでるっぽいしな。頂点てっぺんが決めたことに、部下したっぱはただ従うだけさ」


 面倒くさげに頭を掻き、ゼスト先生は僕とウォルアクトに目配せをする。


「お前ら、準備は良いか?」


 僕らが頷くと、『夢幻むげんの結界』が展開される。 


「では、双方ともに、全力を尽くすように」


 ゼスト先生が、ゆっくりと腕を上げた。


 ──それを目にした僕は、ふと思いついた。


「ローヴィス、君の口上を借りるよ」


 これから始まるのは、これまでの十年間じぶんに終わりを告げ、本当の自分に至るための闘い。


 様々な不安が押し寄せる中、僕はそれらを吹き飛ばすように叫んだ。


「さぁ、テリア・ウォルアクト! 尋常に勝負といこう!!」


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