第百二十八話 感謝しています──照れくさいようですが
ラトス視点のお話
あれよあれよという間に日数か経過し、ついにウォルアクトとの決闘当日。僕は決闘前の控室にて最後の準備を行っていた。
「……やっぱり、違和感があるよなぁ」
己の姿を姿見で確認し、僕は照れ臭く笑ってしまった。それと同時に、緊張に胸の動悸が激しさを増している。笑みが引きつっていないだけマシだろう。
ウォルアクトに決闘を申し込んでから、今の今まではこの姿で『特訓』に行ってきた。だから多少なりとも慣れたつもりにはなっていたが、いざ大勢の生徒の前に『晒す』となると格別の緊張感がこみ上げてくる。
頭の中に怖気が過るも、それ以上に強い気持ちが僕の中にはあった。
ウォルアクトに、魔法使いとして勝ちたい。
そして、勝って父さんに──そしてローヴィスに伝えたい。
僕の本当の気持ちを。
その時、扉がノックされる。
僕は一瞬だけ警戒心を抱くが、扉越しの声を耳にして肩の力を抜いた。
入室を促し、部屋の中に入ってきたのはウェリアス先生だ。
「──その様子ですと、やはり覚悟は変わらないようですね、ラトスさん」
「ありがとうございますウェリアス先生。僕の我が儘に付き合ってくださって」
「いえいえ。生徒の成長に繋がるのならば、それを手助けするのが教師の務めです」
僕の言葉に、ウェリアス先生は朗らかに笑ってくれた。
とはいえ、僕の気持ちは変わらない。
──ウォルアクトに決闘を申し込んだその日、僕はウェリアス先生に個人的な指導を頼み込んだ。ウォルアクトと闘うまでは、他の誰に『特訓』の状況を知らせたくはなかった。
ウェリアス先生を選んだのは、日々の授業で面識があったことと──彼が水属性の魔法使いだったからだ。
「とはいえ、私みたいな今時の流行りから外れた魔法使いの指導が、どれほど手助けになれたかは不安ですけれど」
「とんでもない。ここしばらくのご指導は、僕にとっては非常に意義のあるものでした」
「そう言ってくれると、私も教師冥利につきるというものです」
本当に、ウェリアス先生には感謝するしかなかった。個人指導のほかにも、こちらの要望を聞き入れてくれた。その上、それらに関しては深く追求せずに僕の特訓に付き合ってくれたのだ。
──あの合同授業の模擬戦で、思い知った。
初級魔法しか使わなかったが、だからこそウォルアクトと僕との明確な技量の差。たとえ中級以上の魔法が解禁されたとしても、あのままでは彼に勝てる見込みはなかった。
その『差』を埋めるために、僕は特訓をしていたわけなのだが。
「でも良かったんですか? 僕の要望を聞いていただいたのは本当に感謝してますけど、これっていわば『贔屓』ですよね?」
ウェリアス先生に申し入れた側ではあったが、ともすれば他の人間から見れば先生側からの『個人への贔屓』とも受け取られかねない。僕の特訓のせいで、ウェリアス先生に迷惑を掛けてしまうかもしれない。
最近は生徒やその親が『贔屓』等の行為に煩いのだ。けれども、僕の懸念をウェリアス先生は笑って否定した。
「いいですかラトスさん。ジーニアス魔法学校は、魔法を学ぼうとする生徒を全面的に応援しています。生徒たちには、己の成長のために学校のあらゆる物を利用する権利があります」
校則や法律を破らない範囲に限りますが、とウェリアス先生は笑って付け足した。
「だから、あなたはジーニアス魔法学校の生徒として正しい権利を行使した。『私』という魔法学校に存在する要素を利用して、己の能力を磨き高めた。もしそれを悪し様に言うものがいるとすれば、それは与えられなかった権利を行使しなかった怠惰者の戯言です。気にする価値もありません」
普段は物腰の柔らかいウェリアス先生だが、単なる優しい先生でないのは、特訓に付き合ってもらっている間に理解できていた。微笑みを浮かべながら、人にできるか否かのギリギリで可能なラインを欲求してくるのだ。そのおかげで、どうにかウォルアクトに挑める程度には仕上がったのだが。
「それで……勝算はいかほどに?」
「……六対四にまでは、引き上げられたと思います」
もちろん、僕が『四』の方だ。七対三から考えればマシにはなったが、まだ五分五分には届いていない。
本来ならばもっと期間を要して特訓をしたかったところだが、僕には潤沢と言えるほど時間がなかった。
一学期が過ぎる頃には、僕はウォルアクトの婚約者となりこの学校を退学させられる。そうなってからでは遅いのだ。僕がまだ自由に動ける今だからこそなのだ。
もっとも、ローヴィスの『お節介』のおかげで、退学までの猶予は伸ばせるかもしれない。彼が父さんと話をつけた事実をもっと早く知れたのなら、決闘を挑むタイミングを考えたが、今更くよくよと言っても仕方がない。本当に退学の時期を伸ばせるかも現時点では不明なのだから。
あとは、決闘の中でどれだけ残りの『差』を縮められるか。実戦に勝る経験はないとはよく聞くが、今はそれを頼りにするしかないか。
「では、そろそろ時間ですね。先ほどはああ言いましたが、教師は一応、誰にでも公平にあるべきなので。表立っての応援はできませんが、心の中ではあなたの健闘を祈っていますよ」
ウェリアス先生は激励の言葉を最後にして部屋を出て行った。
再び部屋で一人のなった僕は、もう一度己の姿を鏡で見据える。
決意に満ちた顔をした、一人の魔法使いがそこにいた。
「──行くぞ、ラトス・ガノアルク」
──最初で、そしてこれが最後になるかもしれない、本当の僕の闘いが始まる。