第百二十四話 認められました──物凄くお高いです
「『守備に関しては自信がある』──貴様はそう言ったな」
リベアが手をゆっくりと振り上げる動作に習い、中央の龍を除いた四匹が鎌首を持ち上げた。
僅かばかりに惚けていた俺だったが、リベアの動きを目にし我に帰る。慌てて剛腕手甲の装甲を分離、前面に展開した。
「ならば、その自信とやらで防いでみろ。蒼龍衝破・蹂躙」
四匹の龍が大顎を剥き出しにしながら俺へと殺到する。
「要塞防壁!!」
俺が全力で展開した防御魔法に水龍が激突。その一瞬だけで、要塞防壁に込めていた魔力の三割が一気に消し飛んだ。その後も、加速度的に防壁を更生する魔力が削られていく。
水龍の一つとってもラトスの具現したそれよりも格段の威力を秘めており、それが同時に四つも襲ってくるのだ。
まずい、このままだと要塞防壁が崩壊する!?
「──っ、装填!!」
生半可な立て直しでは焼け石に水。俺は銀輝翼に内包していた圧縮魔力を瞬時に還元し、その全てを要塞防壁に注ぎ込んだ。
「こん……のぉぉぉぉぉぉぉおおおおおっっっ!!」
気迫と魔力のありったけを注ぎ込み、ついに四匹の水龍が崩壊。それらを構成していた水が弾けとび、雨のように辺りに降り注いだ。
「ほぅ、言うだけのことは──」
今度こそ本気で感心したように呟くリベアに、俺は即座に右腕を向けた。
「重魔力砲!!」
銀輝翼と剛腕手甲が融合し、砲身へと変形。砲身をリベアに合わせると躊躇いなく魔力弾頭を発射した。
「水龍咆哮」
俺を攻撃しなかった最後の一匹。リベアが頭上に乗っている龍が大口を開くと、散弾の如き水の弾丸が放たれる。空中で俺の魔力弾頭はその散弾にさらされ、リベアに届く前に炸裂してしまう。
「くっ──」
己の攻撃が一切通っていないことに苛立ちを覚えつつも、俺は銀輝翼を再構築。それからすぐに次の一手を打つために身構えた。
ところが、俺が魔力を操ろうとした矢先、リベアは乗っていた龍の頭から飛び降りる。彼が地面に着地するのと同時に龍は形を崩し、ただの水となって地面に降り注いだ。蠢いていた魔力の気配も消え失せる。
「先に言ったはずだ。『確かめさせてもらう』とな」
怪訝な表情を浮かべる俺に対して、リベアは疲れたようなため息を吐き出す。
「認めよう、どうやら今年度ジーニアスの新入生は粒ぞろいのようだ」
リベアがこれ以上の戦闘続行を望んでいないのが分かり、俺は剛腕手甲と銀輝翼を解除する。体内に残っていた魔力を外へと放出すると、篭っていたような熱が一気に覚めるような感覚になる。
「やっぱり、当主クラスにはまだまだ敵わないか」
肩で息をし、膝に手をついた俺の口から呟きが漏れた。闘っていたのはわずかな時間であったが、消耗が激しい。体力はともかく精神的な疲弊が著しい。
対してリベアは平然としている。この差が現時点での俺とリベアの明確な差だ。覚悟していたとはいえ、まだまだ貴族当主には及ばないか。
「そう気を落すな、小僧」
悔しさをかみしめていると、いつの間にかリベアが俺の付近今で歩み寄っていた。
「私がジーニアスに入学した頃よりも、今の貴様の方が強い。少々腹立たしい話だがな」
相変わらず険しい表情のリベアだが、言葉に含まれる険しさは薄れいているように感じられた。
「随分と意外そうな顔をしているな、小僧」
「いや、まぁ……」
実際にそうだしな。平民を相手に実力を認めるような言葉は、貴族が口にするには違和感が大きい。
「いくらあの学校長殿のお墨付きがあろうとも、今日会ったばかりの小僧の言葉を鵜呑みにできるわけがなかろう。だが、貴様は今しがたその実力を示して見せた」
リベアは間を少し開けてから言った。
「単なる平民の一方的な言い分ならともかく、相応の実力を有した魔法使いであれば私も話を聞く気にもなる。今は未熟であれど、ジーニアス一学年の頂点に立つ者ともなればなおさらだ」
リベアと闘ったことは決して無駄ではなかったと、確信できた。少なくとも、最初の頃よりはマトモに話を聞いてくれる雰囲気になっている──はずだ。
あれだけ深かった眉間の皺が随分と浅くなっている。それでも谷間が見えるのは不機嫌なのではなくあれが通常なのか。
「さて、貴様の実力の程もわかった。貴様の言っていたこともあながち誇張でないと認めよう。なるほど。貴様が認めるラトスの技量。確かに、潰すには惜しい才能なのかもしれん」
あれ? 以外とあっさりに事が進みそうな流れじゃね?
「……いいだろう。貴様の誘いに乗ってやる」
「と、言いますと?」
「貴様の望みは私とラトスが〝話をする事〟だったはずだ。実力を示した貴様への報酬だ。ラトスとは一度、機会を設ける。あれが望めば、ジーニアスの退学も取りやめにする。それでいいのだろう?」
「よっしゃぁぁっ!!」
俺は思わず両手でガッツポーズを取っていた。これで、わざわざガノアルク家の屋敷に来た目的が果たせたわけだ。
「だが良いのか? 貴様の本当の目的は、ラトスとウォルアクトの次男との婚約解消だったのではないのか?」
リベアの言葉に、喜んでいた俺はピタリと動きを止めてしまう。
「……いや、俺としちゃぁ話し合いの場さえ設けてくれればとりあえずは」
最終的な目的は確かに婚約解消になるかもしれないが、現時点では曖昧に濁す。もし本当にラトスが婚約を全力で拒否するならそれはそれで手をかす所存だが。
「先に言っておくが、一度取り決めた貴族の縁談を破棄するとなれば、そう簡単にはいかんぞ」
「え、マジで?」
思わず素で返してしまう。
「付け加えるならば、こちらから申し出た縁談だ。それをまたこちらから一方的に破棄するともなれば、先方を侮辱しているようにしか映らんだろう。下手をすれば両家の間で戦争が起こる」
「────え、マジで?」
「私が冗談を言っているような顔に見えるか?」
恐る恐る、俺はリベアに問いかける。
「ど、どうにか挽回する方法ってありませんかね?」
「やはりそのあたりは考えていなかったか。そうだな……俗な手法だが、金で解決するという方法もある。相手に失礼を働いたという面目で、賠償金のようなものだな」
「具体的に……どの程度必要なんで?」
「そうだな──平民の貴様にわかりやすく説明するとなれば、『都の一等地に建つ豪邸を、土地ごと買収するくらい』にはかかるかもしれんな」
「物凄くお高いっすねぇ!?」
「当然だ。貴族間の婚姻とはそれほどに重大な要素なのだからな」
そう言って、リベアは屋敷の方へと歩き出した。
「約束は守る。ラトスとは腹を割って話す。だが、婚約破棄に関しては諦めるのだな。そこまでしてやる道理は私には──ガノアルク家にはないからな」
そう言って立ち去るリベアの背中を見ながら俺は呆然としていた。
ヤバい。婚約破棄に至る道を模索するだけで、婚約を破棄してからの事とか一切考えてなかった。
どうやら、貴族間の婚約というのは俺が想像していたよりも遥かに重大な話だったようだ。この辺りは、平民と貴族の認識の差か。
ラトスの意思次第だが、『ジーニアスの退学阻止』という一定の目的は果たせた。それには違いない。けれども、どうあってもラトスとテリアの婚約は覆らない。
くそっ、どうすりゃぁ──ん?
俺は立ち去るリベアの背中をもう一度見る。そして、彼の口にした言葉を振り返った。
──都の一等地に建つ豪邸を、土地ごと買収するくらい。
………………………。
………………………。
………………………。
………………………あ。
俺はつい最近、似たような台詞を耳にしたのを、思い出したのであった。