第百二十三話 さすがに強いです──シリアスしかねぇだと(作者の叫び)!?
「広域結界展開!」
自身を囲うように魔法を投影するのとわずかに遅れて、四方八方から水の弾丸が叩きつけられる。一発一発の威力はそれほどではなくとも、圧倒的な物量に広域結界を構成する魔力が一気に削れていく。このままだと十秒もしないうちに崩壊する。
俺は広域結界の維持を放棄。大きく息を吸い込み魔力を充填すると、防壁を投影。迫り来る水弾の雨を強引に突破する。
広域結界が崩壊し、俺が先程まで立っていた場所にかなりの数の水弾が着弾し、水が弾けるにしては激しすぎる炸裂音が響いた。包囲を突破雨する際に多少の被弾はあったが、あの場に留まり続けるよりかは遥かにマシだった。
「随分と変わった魔法を使うな。無属性魔法──それも防御魔法を好んで使う輩と闘うなど初めてだ」
険しい表情は相変わらず。それでいて感心した風に呟くガノアルク家当主──リベアの周囲には、水弾が大量に浮かび上がっていた。
あれだけの数の魔法を同時に、それも難なく投影し制御してのける技量。ジーニアスの教師であるウェリアスと同等か。
──リベアに案内されたのは屋敷の一角。ジーニアスにある『訓練場』に近しい雰囲気の場所だった
貴族とはすなわち魔法使いの血族。そして、魔法使いとしての実力を研鑽するため、貴族の屋敷にはこうした『魔法を扱う為の場』が用意されている。そうノーブルクラスの同級生に話はあらかじめ聞いていた。
道すがらに、この決闘の如何で俺に咎が及ばない保証は、リベア当人からされた。おかげで、貴族の当主相手にも気兼ねなく全力で挑むことができる。
当初の目的とは異なるも、魔法使いの一族──その最強に位置する当主と闘える機会など滅多にないだろう。そして、闘いともなれば、相手が格上であろうとも俺は全力で勝ちに行くタイプ。
ところが、『決闘』を開始するなり押し寄せてきたのが、圧倒的な『物量戦』の洗礼。今のように、大量なまでの水弾が俺に向けて放たれたのだ。これには度肝を抜かれた。
「逃げたり防いだりしているだけでは実力は示せんぞ。遠慮はいらん。存分にかかってこい」
つまらなそうにリベアが呟く中でも、彼から放たれた魔法が俺へと迫り来る。防壁や跳躍を使ってどうにか回避できているが、それに手一杯で反撃の糸口が掴めない。
全ての攻撃がリベアから放たれるのなら、やりようはいくらでもある。しかし、実際には文字通り全方位から魔法が襲いかかってくるのだ。
ラトスが使う遠隔投影。その発展型。
ラトスは己の水属性魔法が弾けて散り、地面にできた水溜りを起点に投影を行っていた。
だがリベアは、散った水が宙に飛んでいる間に収束し、新たな魔法として投影されて俺に襲い掛かってくるのだ。
「その反応を見るに、ラトスの遠隔投影は体感しているか。反応が早い。だが、奴に魔法を仕込んだのはこの私だ。同じレベルで測れると思うなよ?」
「もとより、承知の上、だったんだけど、なぁぁぁあああっっ!?」
弾いても弾いても、弾いたそばから新たな水弾が投影され、襲い掛かってくる。全方位をカバーできる広域結界が一番適している状況だが、こうも弾幕が厚過ぎると広域結界が崩壊した後に大きな隙ができる。そうなると先ほどのように被弾覚悟での脱出が必要となってくる。よって、防壁を用いて局所的に防がなければならないのだ。
(甘く見てたわけじゃねぇけど……やっぱり強ぇえな!)
決闘が始まってから、リベアは一歩も開始地点から動いていない。近づこうにも迎撃が激しすぎてこちらは避けるのに手一杯。
体力の余裕はまだまだあるが、代わりに弾幕を迎え撃つための判断力──精神が削れていく。一発でも食らって隙ができれば、後に待ち受けるのは数の蹂躙だ。
「随分と守りが硬いな。ならばこれでどうだ?」
パチンと、リベアが指を鳴らす。
「嘘っだろぉっ!?」
防壁に掛かる負荷が跳ね上がった。それまで水弾だったものが、全て水榴弾に変化したのだ。
初級魔法の水弾ならともかく、水榴弾は中級魔法。それをこんなに大量に投影してたら魔力など枯渇は必死。けれども、当のリベアは最初と変わらず、呼吸を乱している素振りがない。まだまだ余裕を感じられた。
──何かしらの仕掛けがあるが、それを考察している余裕は皆無。段階を早く上げないと一気に圧殺される。
腹をくくった俺は右手に反射を展開し、魔力を集中。続けて足元に可能な限りの魔力を注ぎ込んだ反射を投影。
防壁に回せる魔力がなくなり、無防備になった俺に水榴弾が殺到する。かまわず俺は反射力場を踏み抜き、一気に空中へと舞い上がる。途中、何発か水榴弾が俺の躰に直撃、激痛を歯を食いしばって耐えた。
一時的に、リベアの形成していた魔法の包囲網から突破する。
「逃げても無駄だ」
リベアは冷静に状況を見据えており、上空へと跳び上がった俺へと魔法の照準を再び向ける。
もとより、逃げるつもりなどない。
ここからが──本当の勝負だ!
「『超化』!!」
リベアの魔法が目前に迫る中、銀の輝きを放つ圧縮魔力を己の体内に叩き込む。
「飛天加速!!」
有り余る魔力を注ぎ込み形成した剛腕手甲の右腕を振るいながら、同じく形成された三枚の銀輝翼の一枚を起爆。圧縮された魔力の衝撃が推進力となり、魔法の弾幕を一気に突破する。
「だらっしゃぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
勢いそのままに、俺は気迫を乗せた拳をリベアへと放つ。
「ちっ……」
リベアは忌々しげに舌打ちをすると、足元から吹き出した水流に乗ってその場から離脱。俺の拳は空振りし訓練場の床を粉砕するにとどまった。
ラトスと同じく水流走を使っての回避技。俺の超化にはさすがに驚いていたようだが、さすがに判断力がラトスに比べて動きが早い。それでも、リベアにほんの僅かでも動揺を刻みつけられたのならば僥倖だ。
このまま一気に畳み掛けて、流れを引き寄せる!
「逃がすかよ!飛天加速・第二──」
俺は二枚目の銀輝翼を砕こうとしたが、その時にはすでにリベアは新たな魔法を投影していた。
水魔法の上級魔法『蒼龍衝破』。
俺との決闘でラトスが見せた、水の龍を具現化する魔法。
あの時にラトスが具現化した水龍は一匹。
だが今、俺の眼の前でリベアが具現化した水龍は五匹。中央に位置する龍の頭上にはリベアが立っており、四匹の龍がその周囲に展開している。
さらに加えるなら、その龍それぞれがラトスの具現化した水龍よりも巨大だ。籠められている魔力も相応に違いない。
──これが、ガノアルク家当主の実力か。
自身の顔が引きつるのを、俺には止めようがなかった。
 





