第百九話 仰天しました──血筋ってすごい
結果だけ言えば──何も聞けなかった。
「うーん、やっぱり行き当たりばったりすぎたか」
俺は頭を掻きながら背後の扉を振り返る。
ガノアルク当主から『貴様に話す必要性も道理も感じられん』との言葉を頂戴し、部屋を追い出されてしまった。
学校長の紹介状もあるし、無碍には扱われないと思っていたが……無碍に扱われなかっただけでそれ以上を引き出すには至らなかった。学校長からの忠告はあったものの、想像をはるかに超えた強敵だった。
「さて、どうしたもんか」
このまま当主の部屋の前で立ち往生しているわけにもいかない。今はいいが、これ以上居座り続けると、今度こそ当主の機嫌を損ねる。
仕方がなしに、俺はここまで来た道を戻り帰路につこうと歩き始める。
「お待ち下さい、リース様」
その足を呼び止めたのは、俺を当主の部屋まで案内した使用人だった。
「奥様が、リース様と話がしたいとおっしゃっております。お時間をいただけないでしょうか」
「奥様って──ガノアルク夫人?」
つまり、ラトスの実の母親だ。
「はい。ラトス様のご学友であるリース様から、是非学校での生活を聞いてみたいと」
これは降って湧いた好機だ。
ガノアルク当主からは無理でも、ラトスの母親からなら何か聞き出せるかもしれない。少なくとも、取っ掛かりを得られる可能性は十分にある。
「分かりました。お呼ばれしましょう」
「ありがとうございます。ではこちらに」
俺は使用人に再度連れられて、客間の一つに案内された。促されて備え付けのソファーに腰を下ろす。
「では、少々お待ち下さい。奥様を呼んで参りますので」
使用人は恭しく一礼をすると部屋を出て行った。
一人残された俺は、黙ってガノアルク夫人が来るのを待つ。
──程なくして、部屋の扉が開かれた。
いよいよラトスの母親とご対面か──と思いきや、少しだけ開かれた扉の隙間から顔を出したのは、ご夫人と思うには明らかに小柄な少女だった。肩のあたりで切り揃えられた青い髪に、質の良さそうな服を着ている。
端的に表現すると、ラトスに女の子の格好をさせて、そのまま縮めてしまったようなイメージだ。
青髪の少女は室内をキョロキョロと見渡し、俺の姿を確認するとソロソロと忍び込むように部屋の中へと入り込んだ。そして、トコトコとソファー座る俺に近づいてくる。
こう……動作の一々が可愛らしいな。
「あなたが、ラトスお姉……じゃなかった。お兄様のお友達?」
今、普通に言い間違えそうになったけど。
とりあえず少女の失言はスルーして、俺はソファーから一旦立ち上がり、少女の前で膝を折って目線を同じ高さにしてから頷いた。
「君の言う通り、俺はラトスの友達だ。名前はリース。君の名前は?」
「初めまして。ラトス・ガノアルクの妹で、ラズリ・ガノアルクと申します。以後お見知り置きを」
ラズリはぺこりと頭を下げた。ラトスの母親の前に、妹が登場したようだ。
「ラトスの妹だよな。今年で何歳だ?」
「十歳になります」
十歳にしてはラズリは行儀が良過ぎる気がする。あるいは俺の中にある十歳像がやんちゃすぎるのだろうか。というか、平民の子供と貴族のそれとでは比べること自体が間違いか。
「それで、俺に何の用だ?」
「えっと……リース様はジーニアス魔法学校に通っているのですよね」
「つか、通ってなかったらラトスと知り合う以前の問題だけどな」
「でしたら……お聞きしたいことがあるのです」
「お、なんだい。やっぱりラトスのことか?」
そういえば、ラトスのやつ。父親とのことが原因で学校の寮に入ってから家族とほとんど連絡を取っていないって言ってたな。母親と同じで、妹としては兄(あるいは姉)の様子は気になっているのだろう。
ところが、だ。ラズリの口から出たのは俺の予想の斜め上を言っていた。
「あの──テリア様のことを教えてくださりませんか!」
「……テリア? ラトスじゃなくて」
「はい!」
目をキラッキラにさせてますけど、この妹ちゃん。
「あ、いえ。ラトスお……兄様のことも確かに気になってはいるのですけれど、それはどうせお母様とお話するでしょうし」
慌てて取り繕うようなラズリだったが、俺は目を瞬かせる。ここでまさかの名前が出てきて驚いていた。
俺の反応が悪かったから、ラズリが不安げな顔になる。
「もしかして……テリア・ウォルアクト様とはお知り合いでは」
「あー、一応はクラスメイト。それなりに交流もある」
「そうですか! よかったぁ!」
ラズリはパシリと手を合わせて喜びを表現した。
最初こそ行儀が良過ぎるかとも思ったが、こうして見ると年相応なところもあるようだ。ただ、どうしてテリアのことを聞きたがるのか分からん。
それをこれから教えてくれるんだろうが。
「ラズリ。廊下まであなたの声が響いていますよ」
今度は大人びいた女性の声が扉の方から聞こえてきた。それを耳にしたラズリが『やっべ』と言わんばかりに肩をびくつかせた。この辺りの反応は悪戯っ子と全く変わりがない。
新たに部屋に入ってきたのは深い茶色の髪をした女性だ。
「初めまして、リースさん。ラトスの母親であるマリン・ガノアルクです。あの子のお友達に会えて嬉しいわ」
「あ、ども。お邪魔してま……す!?」
やんわりと微笑んだラトスの母親に、俺は会釈を返し──仰天した。
友人の母親は、髪の色こそ違うもののその顔立ちはまさに血の繋がりを感じさせるもの。ラトスが順当に年齢を重ねていけばまさに目の前の女性になると確信できるような姿だ。
だが、俺を仰天させたのは──胸だ。
──あれはちょっと凄すぎね?
派手すぎず貧相でもなく、上品な仕立ての服を身にまとっているラトスの母親なのだが──胸部の盛り上がりが凄まじいことになっている。
ラトスの隠れ巨乳もあれはあれで凄かったが、その母親は完全に一枚上手。まさに進化系である。いや、友人の母に劣情を抱くほどに性壁を突き抜けてはいないが──ただただ圧倒された。
──ちょっと待てよ。
ハッとなり、俺は改めてラズリの方を見る。母親の登場にそわそわして落ち着きがなかったが、俺は彼女の胸部に注目した。
心なしか、服の上から分かる程度に盛り上がっているように見えた。
ちょっと待て、まだ十歳だろ。成長早すぎだろ。
俺はガノアルク家の血筋に戦慄したのであった。
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