第百八話 珍しくもの凄く厳しそうな人が出てきました──早速会えました
ガノアルク家屋敷の中にはすんなりと入ることができた。俺がジーニアスの制服を着ていたことと、学校長の紹介状を持参していたことが良かったのか。
俺が門番に話をすると、少しして使用人らしき男が屋敷の中から出てきた。俺は彼に案内されて、屋敷の奥へと通される。
そこで待っていたのは──。
「……貴様か。ディアス殿の紹介状を持ってきたという小僧は」
己の目の前にいるのは、執務机に座った一人の男性。俺が会いに来た張本人だ。
てっきり、客間か何かで少し待たされるかと思っていたが、まっすぐに当主の部屋に連れてこられてしまった。ちょっと、心の準備とかできてねぇんですけど。
「私は──察しは付いているだろうが、礼儀として名乗っておく。『リベア・ガノアルク』だ」
ガノアルク家の当主は、見た目も雰囲気も厳格な印象だ。体格的には重厚でもかといって薄すぎる風でもない。いたって年齢相応の中肉中背。だというのに、鋭い視線には単なる権力を持っただけの者では発せないような重みを秘めている。
権力を持ち、その権力を自覚している者だけが持ちうる気迫のようなものを感じられた。
故郷の町でも貴族とは幾度か顔を合わせたこともあったが、俺は生まれてはじめて正真正銘の『貴族』というものと会ったのかもしれない。
ぶっちゃけ、顔貌はラトスと全く似ていない。逆に似てたら怖い。
ただ唯一、血の繋がりを感じさせるのは髪の色。ラトスと同じく青色の髪。いや、この場合はラトスの髪の色がご当主に似ていると表現したほうが正しいのだろうか。
「私は名乗った。で、貴様は?」
「あー、リース・ローヴィスです」
「ローヴィス……聞かない名前だな」
「そりゃそうでしょうよ」
水属性名門一族のトップが、片田舎の酒屋を営んでいる一家の名前を知ってたら逆に驚くわ。
「ディアス殿からの紹介状を持ってくるから、てっきりどこぞの名のある一族のものかと思えば……まさか平民だったとはな」
「……あはははは」
いつもならここで冗句の一つでも挟んでいるところだが、当主の視線が怖すぎて思いとどまってしまう。もうね、明らかに冗談が通じないタイプだ。
どうでも良い相手ならそれで構わずに話を続けるところだが、今回ばかりはそうもいかない。今日の俺はいつになく真面目モードなのだ。
「……それで、平民がこの私に何の用だ。もし貴様が我がガノアルク領の領民であるならば、直接の陳情ということもありえるだろうが」
「俺がジーニアスの生徒って時点で、想像できません?」
「……私は無駄話は嫌いだ。言葉遊びもな」
この人、マジで『遊び』が少ない。普段通りのノリで話を進めると、機嫌を損ねるばかりだろう。
ガシガシと頭を掻いてから、俺は早速本題を切り出した。
「あんたの娘──ラトス・ガノアルクについてですよ──ッ」
俺が口にした途端、背筋がブルリと震えた。
ガノアルク当主の見た目にさほど変化はなく。しかし、その視線の鋭さが一層に険しさを増した。一気に切り込みすぎたかもしれないな。
「貴様……それをどこで?」
「ま、不慮の事故ってところです」
「……あの未熟者が」
目を伏せると、当主は落胆気味に息を吐いた。
「それでは貴様は、この件をネタに我がガノアルク家を脅すつもりか?」
「先に断っておきますけど、この件でガノアルク家に何かしらを欲求するつもりは無いので」
「ほぅ……」
意外そうな目を向けてくる当主。ラトスと似たような反応だな。この辺りはさすがに親子なのかもしれない。とりあえず、誤解を与えないためにさらに付け足した。
「俺は友人を脅して何かしらを得ようとするクソ野郎では無いつもりです」
「友人だと……貴様がか?」
あっれぇ!? なんかまた視線が険しくなっちゃったぞ!
だがそれも一瞬のこと。自分の様子に気がついたご当主は更に深く刻まれた皺を小さくし、やがて俺に言った。
「すまんな。性別を偽っているアレにまさか友人ができるとは考えにくかったのでな。少々驚いていた」
「偽らせたの、アンタじゃね?」と口に出そうになったが、気合いで飲み込んだ。言葉にしてたら当主の機嫌が急転直下するのは火を見るより明らかだ。
つか、今の視線には俺に対する殺気がビンビンに含まれてましたけど。黄泉の森で凶悪な魔獣と遭遇した時と全く同じ感覚だったもん。
もちろんそれも口にしない。
俺の目的は当主の機嫌を損ねることではなく、当主の考えを確かめることにある。
当主にバレないように深く呼吸をしてから、改めて問いただす。
「単刀直入に聞きます。どうして今頃になってラトスを『女』に戻そうだなんて思ったんですか?」
「その言い方、すでにアレの事情を──」
「ラトス本人から聞いてます」
俺は同時に、ラトスとテリアの『婚約』についても知り得ていると当主に伝えた。
「なるほどな。……だが、我がガノアルク家は代々の当主は男が継ぐ仕来り。ラトスが女である以上、他家から婿を迎えるのは当然だろう」
「だったら尚更に、あいつを男に仕立て上げる必要なんかなかった」
この部屋に来てから、何度目かになる鋭い視線を浴びせられる。黄泉の森での地獄のような鍛錬がなければ、一睨みで怯み、萎縮してしまいそうだ。
だが、俺も何の気構えもなくここにきたわけでは無い。
腹に力を込めて、その視線を真っ向から受け止める。
「最初から入り婿を迎えるつもりだったんなら、別に性別を偽ることなくずっと女ってことで通せばよかったんじゃねぇんですか?」
もちろん、俺はラトスが男として振る舞うようになった大元の理由を知っている。
十年前に兄を失い、それを機にバラバラになりそうだった家族を、必死の思いで繫ぎ止めた苦肉の策。自分が兄の代わりを果たせば良いと、短絡ながらも純粋な思いでたどり着いたラトスの決意。
そして、この十年間で必死に男を演じてきた覚悟を。
「……貴様の狙いは何だ。よもや、ラトスの婚約を破棄させることか?」
「俺はただ単に、友人としてラトスの力になってやりたいだけですよ。あいつは、俺がジーニアスに入学してから初めてできた友人ですから」
だからこそ知りたいのだ。
彼女の──実の娘の十年間を間近で見ていながら、その努力をあえて無為にしようとする男の本意を。




