第百三話 それは決して軽くはなく──
ぼちぼちこっちの連載も再開していく所存でございます
脚が逸るのを自覚していた。それでも駆け足にならない程度には自制をし、僕は自分の部屋に戻った。
幸いにもここに来るまでの間に誰かしらに擦れ違ったりはしなかった。なにせ、僕の顔は『彼』の部屋を出てからずっと赤くなっていたに違いなかった。
部屋に入るなり鍵を掛ける。
「うぅ……」
──もう、我慢の限界だった。
辛うじて僕はベッドの突っ込み、毛布で上半身を覆った。
「────────っっっっ!!」
僕は絶叫した。
布団に包まっているからか、己の絶叫で自身の鼓膜が破れるかと思うほど。布団を被っていなかったら、おそらく男子寮の全域に響き渡っていたかも知れない。今の状態でも隣の部屋にはかすかに届いているかも知れない。
けれども、それを気に掛けている余裕は無かった。
何故こうして僕が叫んでいるかと言えば、羞恥心が爆発したからに他ならない。
ローヴィスは普段はおちゃらけていて言動も残念でスケベなところはあるが、根は善人──なのだと思う。
僕を女だと知っても今日までずっと秘密にしてくれた。その上で親身に成って僕の悩みを聞いてくれた。
──だからといって、サラシを巻くのを手伝ってもらうのは明らかにやり過ぎだろ!!
背中越しとはいえ、上半身を殆ど晒していた。しかも自分から進んでだ。男として生きると決めてからコレまで、例え家族であってもそこまで肌を見せたことは無いのに。
もしかしたら、こちらが気が付いていなかっただけで、何かの拍子で『前』も──。
「ふぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
思い出したらまたも恥ずかしさが爆発した。布団に包まったまま、僕はベッドの上で悶えながら転がった。
──ドスン!
「あうぁっ!?」
勢い余ってベッドから転げ落ちる。毛布がクッション代わりになったが、それでも多少は痛かった。
痛みと恥ずかしさにしばらく震えていた僕だったが、落下の衝撃で多少は正気に戻れたようだ。
毛布を解いてから、僕は上着を着たままシャツのボタンを外し、そのままローヴィスが巻いてくれたサラシを解く。平坦だった胸元が再び勢いよく解放され、開放感を味わった。
一息をついてから、僕は顔を手で覆った。
「うぅぅ……僕はなんてはしたない真似を」
やってしまった感は否めない。その一方で、僕はどうして己があんな暴挙に出たのか、本当のところは分かっていた。
僕を女だと知りながら、そうとは悟らせないように接してきたローヴィス。不本意ながらに大きくなってしまった胸のことを何かと揶揄してきたが、それ以外は僕の話を聞いてもまるで態度を変えてこなかった。
それが、どうしても悔しかった。
ローヴィスに『女』として見てもらえないように思えて、僕は堪らなく悔しくて切なくて、そしてあんな行動に出た。
──いや、もっと前からだ。
いつの頃からか、ローヴィスが僕以外の女性と楽しげに話しているときにも〝これ〟は僕の胸の奥に燻っていた。自分を制御できなくて、ローヴィスに辛く当たってしまった事もある。
最初に出会ったときに抱いたのは強い敵愾心。
それが一度戦って、魔法使いとしての憧れと競争心になり。
日々の交流でそれが友情に。
そして──気が付けば抱いていた『恋慕』。
どれほど性別を偽って生きてきても、己が紛れもない『女』なのだと自覚した。
僕はローヴィスが好きなのだ。
今この瞬間に、ローヴィスの顔を思い浮かべればまたも顔が赤くなってくる……ごめん嘘。まだちょっと先程の恥ずかしさが残っている。
でも、恥ずかしかったのはローヴィスも同じだったのだ。彼は僕のサラシを巻いている間にずっと緊張していた。勢いで振り向きそうになった僕を必死になって制止した。
おかげで、ローヴィスが僕のことをちゃんと『女』として見ているのだと分かった。だから強い恥ずかしさの中に嬉しさもあった。
「でも……」
自身の気持ちは理解できても、それを素直に喜ぶことはできなかった。
これまで僕は、家族を繋ぎ止めるために、必死になって次期当主としての振る舞いをしてきた。いついかなる時でも、女を捨てて男として生きてきた。
それが今、その十年を他ならぬ父に否定されようとしている。コレまでの苦難を無為にし女として生きるようにと。あまつさえ、次期当主の座を他人に譲り自分はその嫁になれと宣告された。
父の一方的な言い分に我慢ならず、テリアに挑んだ。
結果は惨敗。
切り札であった『遠隔投影』は通用せず、自分の性別が教師や他の生徒たちに露見しそうになった。
まるで、次期当主としてだけでは無く、魔法使いとしても否定されたようだ。
それだけではない。
ローヴィスへの恋慕を抱くということは、僕自らが自身の十年間を否定することに他ならない。
女としてローヴィスに想いを伝えるということは、男としての自分を捨て去り、次期当主の座を自ら降りることを意味する。
──ギシリと、胸の奥が軋みを上げた。
彼への気持ちは決して軽くないもの。むしろ生まれて初めて抱いた真剣な気持ちだ。
けれども、この十年は……簡単には捨てられない。
捨てられるほど軽いものではない。
なのに……胸の奥の軋みはいつまでたっても止まらなかった。
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