第百二話 巻き巻きします──たまにじっと見ていました
「……………………………」
俺は解かれたサラシの束を手に黙り込んでしまった。
ベッドに腰を下ろした俺の目の前には……背を向けてはいるが上半身の全てを露わにした少女が座っている。人生で希に見るほどの緊張感が俺の全身にのし掛かっていた。
つか、俺は何でこうも素直にラトスの願いを聞いてやってるんだろうか。『サラシを巻くのを手伝って欲しい』とか、正気の沙汰とは思えない。
いや、分かっている。ラトスのあの縋るような目つきをどうしても拒絶できなかったのだ。本人は無自覚だろうが、年頃の男子にあの上目遣いは破壊力が強すぎる。
……シャツの隙間から覗く、深い深い谷間に吸い寄せられたのも、否定しようが無い事実であった。
女性らしい細い体付きに、脇の隙間から僅かにだが覗く事が出来る胸の膨らみ。そして、時折向けられるラトスの所在なさげな視線。どれもが俺の理性をハンマーで殴りつけるような衝撃を与えてくる。
「……早くしてくれないかな」
「う、うす」
体育会系の舎弟みたいな返事が口から出てきてしまった。それだけ俺の精神が一杯であるのだとご理解頂きたい。
「じゃ、じゃあいくぞ」
俺は唾を大きく飲み込んでから、意を決する。
ラトスは耳を真っ赤にしながらこくりと頷くと、サラシを巻くために肘を挙げた。胴と肘の間が大きく開かれ、胸の膨らみがより一層強く目に届くようになった。
脇の下から両手を突っ込んで、破城槌を全力で握りしめたくなる衝動に駆られた。
──保ってくれよ、俺の正気!
寸前のところで堪えた俺は、ゆっくりと左脇の下から解いたサラシを差し出した。ラトスはそれを受け取ると己の胸元に沿わせ、右脇の下から背後の俺に束を差し出す。
それを何度か繰り返したら。
「少し強く引っ張って。このままだと緩すぎるから」
「了解」
サラシの両端を摑むと、グッとラトスの胸元を締め付ける。
「ん……ふぅぅっ」
ラトスが息苦しげに声を漏らす。自然と出てきてしまっているのだろうが……そこはかとなく悩ましい。
ぶっちゃけエロい。
ただ──ゴリゴリと理性が削れていく思考の片隅で、極めて冷静な疑問が浮かんできた。
黙ったままが辛いというのもあり、俺は率直に口に出した。
「こんだけ胸元を締め付けてたら、相当に息が詰まるだろ。普段の生活じゃろくに息も吸えないんじゃ無いのか?」
「サラシを巻き始めたのは中等学校に通っていた頃からだからね。もう慣れたよ。……苦しいのは否定できないけど」
「そりゃ、そこまで見事に育てばなぁ」
「好きでこんな無駄に大きくなったわけじゃ無いやいっ」
急に躯ごとこちらに振り返ろうとしていた。
「こっちに躯を向けんな! その格好は刺激が強すぎんだよ!!」
「あぁっ! ご、ごめん!」
まだ大事な部分は隠せてきたが、上半身は下着の代わりにサラシを巻いているだけの格好。そんな状態で振り向かれたら本格的に俺の理性が崩壊する。
普段は男として振る舞っているためか、あるいはサラシを巻く場面に己以外が滅多に居合わせないからか。今のラトスは隙が多い。指摘すれば気が付いてくれるが、その度に俺の心臓が激しく脈打つ。
互いに落ち着くための間を取ってから、ラトスが顔だけを僅かにこちらに向けた。
「その……男の人はやっぱり、胸の大きな女性が好きなの?」
「他の男性はどうだか知らねぇけど、俺は大好きだ」
「その女性を前にして、臆面も無く言い切るね」
「話を振ったのはお前だろ。今更隠し立てするような性癖じゃねぇからな」
「……確かに、アルファイアやウッドロウの胸元に、目が釘付けになってた」
あいつらの胸はもはや人体兵器の領域だからな。何かの拍子に揺れる度に、俺の魂も揺さぶられる。
「あっ、もしかして僕の方をたまにじっと見てきてたのは」
ちっ、気づかれてたのか。
今更隠し立てするのもどうかとおもい、俺は正直に吐露した。
「…………そりゃお前、男子制服の奥に破城槌が隠れてるって分かってたら、凝視するだろ」
「破城槌ってなにさ!?」
ちょっとした拍子で頑なに閉ざされた門を破壊して出てくる様は、まさに破城槌だと思うわけですよ、俺は。
「破城槌はともかくとして、お前はカディナやミュリエルと同じくらいに顔立ちが整ってんだ。ついつい見惚れるのは仕方が無いだろ」
「見惚れるって……」
この手の褒め言葉になれてないのか、ラトスの耳がまたも羞恥で真っ赤になるが、これまでずっと、言いたくても言えなかったのだ。良い機会だし俺はそのまま続けた。
「これでも大変だったんだぜ? 可愛い女の子が男のフリしてるのを黙ってるのも。しかも、当の本人は俺が気が付いてるのは知らないと来る。下手すりゃ俺は同性愛者の容疑を掛けられてたところだ」
「それはその……ご迷惑をお掛けしました」
先程までの重苦しかった空気も若干は緩和されたようだ。どんどんサラシを巻く作業を続けていく。
その最中に、俺は先程は聞けなかった事を遂に口にした。
「実際問題、どうすんだよこの先。親父さんの指示に従ってジーニアスを辞めるのか」
ラトスの躯が強ばったが、やがてすぐに肩を落とした。
「正直なところ、よく分からない」
「いや、お前自身のことだろう」
「考えられない──っていうのが正しいかな。婚約のこととか、退学のこととか。もう色々なことが頭の中でぐっちゃぐちゃなんだ」
多少は落ち着いたようだが、目の前にある問題が多すぎて、どこから手を付けて良いのか分からない状態か。
それから少しすれば作業も終わり、男子制服をしっかり着直したラトスの胸元は見事に平坦となっていた。
「……いや、マジでどうやって隠してんだ? ちょっと触ってみても──」
「いいわけないだろ」
ラトスは軽くこちらを睨んでからベッドから立ち上がり、扉に向かった。
「今日はありがとう。解決には繋がらなかったけど、話を聞いてくれたおかげで随分と気持ちが楽になったよ」
「相談ならいくらでものってやるよ。それより、部屋まで送ってかなくても大丈夫か?」
「そこまでの世話にはならないよ」
「そっか。じゃ、またな」
「うん、じゃぁね」
ラトスは部屋を出ていった。それまで比べれば随分とあっさりとした別れ方であった。
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では以上、ナカノムラでした。