第九十八話 逆にキツいです──育っているようです
自分で宣言したとおり、二十分が経過した頃に俺は部屋に戻った。
念のために扉をノックしておく。これで『お着替え中』とかだったら目も当てられない。
「リースだ。もう入って大丈夫か?」
『………………どうぞ』
了解を得てから、俺は部屋に入る。
「おぉぅっ」
足を踏み入れた瞬間、俺はたじろいだ。
室内にはベッドに腰を掛けたラトスがいたのだが、その格好が問題だった。
シャワー室の前に置いてあったシャツを素肌の上に着てその上からやはり男物の学生服を羽織っている。
ただし、制服の前側のボタンは全開であり、その内側にあるシャツも胸元のボタンが辛うじて留まっている様な状態。何かの拍子で今にもはじけ飛びそうなほどに内側から押し上げられている。
服の裾は上着もシャツもぶかぶかなのに、極一部だけぱっつんぱっつんになっている。目の毒どころか劇薬だ。刺激的すぎて、俺は眩しげに目を細めてしまう。
さらに言えば、普段はまとめてある髪も今は解いており、女性的な要素が強調されている。
こう……真っ裸よりも扇情的で蠱惑的な格好じゃ無いかねこれ。いえ、家族以外で女性の裸なんて見たことありませんけど。
「……服を貸してくれてありがと」
「お、おう。後でお前の部屋を教えてくれ。適当に服を見繕って持ってくるから」
「分かった……」
ただ会話をしているだけなのに、心臓の動悸が激しい。声が裏返らないようにするのに気を向けるだけで精一杯だ。
「……あまりじろじろは見ないでほしいかな」
自身が思っていた以上にじろじろと見ていたらしく、ラトスは顔を恥ずかしげに真っ赤にして俯いてしまった。豊かすぎる胸を腕で覆い隠そうとするが細い腕二本で隠れるはずもなく、むしろ抑えた腕から柔らかい胸が潰れて溢れ出している。
「──はっ!? わ、悪りぃ!」
固定されそうな視線を〝べりべりっ〟と音がしそうになるほど惜しくも引き剥がし、俺は部屋の椅子に腰を下ろした。
──って、何を話したらいいんだよこれ!?
椅子に座った俺の内心は混乱絶頂であった。
いや、話さなくちゃいけないことはもちろんある。それを分かっちゃいるがこうも改まった状況になると困る。二の足どころか三の足、四の足を踏む。
「あの……ローヴィス」
「なにさ」
「えっと………………もしかしてだけど……知ってたの?」
何に対する問いかけなのかはもはや聞くまでも無い。
そして、もはや隠す意味もまたなかった。
加熱していた頭が若干冷えると、俺は答えた。
「…………ああ。お前が女だってのは前から知ってたよ」
「いつから?」
俺は入学して日の浅い頃に行った『決闘』で、たまたまラトスの性別を知ってしまったことを正直に明かした。
……ただし『生乳』をバッチリ目撃してしまったことは伏せ、胸当てが外れてサラシが見えてしまった風に話をぼかした。これまでの反応を見るに、男装をしてはいたが女性的な羞恥心も普通に持ち合わせている。その辺りを考慮してのことだ。
決して、疚しい気持ちがあったわけではない。
「そっか……思い出してみると、ローヴィスがあの時に慌てたのってそれが原因だったんだね」
「……さすがアレは驚くわ」
ガチの決闘中に、男性だとばかり思っていた相手の胸元からたゆんたゆんに揺れるおっぱいがまろびでたら誰だって動揺する。思春期真っ只中の男子ならなおさらだ。口が裂けても言えないけど。
「それで、どこまで知ってるのかな?」
「学校長に話は聞いたが、ガノアルクの『家庭内事情』って事以外は知らねぇよ」
「そっか」
頷いたラトスはまたも俯いて黙り込んでしまった。
そして少しの間を要してから、ラトスがおずおずと訊ねる。
「どうして……黙っててくれたの?」
「ラトスが本当は女の子だってことか?」
「……まぁ、そうだよ」
「だって、俺に何の得があるんだよ」
「得って……仮にも貴族の弱みを握っているんだし、いくらでも使いようはあると思うんだけど」
「生憎と、権力とかにはてんで興味ねぇよ」
「お金とか……」
「欲しけりゃ自分で稼ぐっての」
黄泉の森で採れる素材を売ればそれだけで一攫千金になる。誰かを脅すような危険は橋を渡る必要は無い。強いて言えば、黄泉の森が最大級の危険だが、長年大賢者の元で修行した俺にとっては勝手知ったる庭。余程に無謀な事をしなければジーニアスに通う為に必要な学費程度は一週間もあれば稼ぎ出せる。
「それともアレか? 俺は人様を脅すような下種に見えるってのか。ちょっとショック」
「ご、ごめん」
俺の咎めるような視線を受けて、ラトスは〝しゅん〟としてしまった。いつもならここで皮肉の効いた台詞が勝ってくるところだが、調子が狂うな。今の彼女にそれを求めるのも酷ではあったが。
「お前が女だってのは、テリアの奴も」
「うん、知ってるよ」
その肯定に俺は納得する。
ラトスが己の同じ水属性であるのが災いした。水弾が命中すれば先程までのラトスのようにずぶ濡れになり、女性であることがバレてしまう。
だからテリアは最後の最後まで相手の攻撃を受け流す水流走を使わなかったのだ。
おそらくは、受け流す方向に関してはまだ細かい制御が利いていない。受け流した一発がラトスの方へと跳んでいってしまったのも偶然。だがその偶然をテリアは恐れていたのだ。
と、ここで俺はふと思い出す。
「あ、そういえばお前、俺と決闘してたときはちゃんと胸当てしてただろ。なんで今日に限ってしてねぇんだよ」
せめて胸当てがあれば、あれほど慌てることも無かっただろうに。
俺が指摘すると、ラトスは気まずげに視線を外した。
「──つくて」
「あん? 聞こえねぇぞ」
「だから、その……最近になって胸当てしてると……胸がキツすぎて息が詰まっちゃうんだよ」
………………………………。
驚愕の事実に俺はしばし言葉を失ってしまう。
「え、まだ育つのか、それ」
「いちいち指を差さいでくれるかな!?」
ラトスが手で隠しながら吠えた。いつも通りの反応に俺は安心したのである。




