第九十七話 滴るようです──寒いようです
ラトスは仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。
「勝者、テリア」
ゼストは抑揚の無い声で勝敗を決した。
けれども、テリアは勝ち誇った様子もなく、むしろ大きな焦りを見せていた。それは俺も同じだった。
見れば、ゼストは救護係の教師を手招きしている。おそらく意識を失っているラトスを手当てするためであり、その判断は至極まっとうだがこの時ばかりは非常によろしくない。
おそらくだが、俺とテリアの焦りの理由は全く同じもの。
深く考え込んでいる余裕は無かった。
──今のラトスを他の誰かに見せるのはマズい!
「超化!」
俺は上着を脱ぎ、左手に摑むと右手で圧縮魔力を作り体内に取り込む。
背中に生じた銀翼の一枚を剛腕手甲に取り込み、砲塔を生成。同じグループになった生徒たちが俺の行動にぎょっとなっているが、構っている暇はない。
「重魔力砲!!」
俺は人気の無い離れた場所に向けて魔力弾頭を打ち込んだ。地面に着弾すると、激しい爆音が辺りの空気を轟かせた。
付近にいた大多数が音のした地点へと目を向ける。教師陣も何事かとラトスから目を逸らして音の発生源を見た。
「跳躍!!」
その隙に俺は魔力の砲塔を解除し、一跳びでラトスの元に向かう。
案の定、ラトスは目を瞑って気絶していた。おそらく水弾の衝撃が原因だろう。苦しげな表情だが顔色は悪くなく呼吸も安定している。外見上では目立った怪我も無い。
ただ、身に纏っている制服は水弾のせいで水浸しになっており、肌にぴったりと張り付いていた。
そう──サラシで抑え込まれながらもなおも自己主張している豊かな破城槌おっぱいが、張り付いた制服に浮き上がっていた。良くこんなにご立派な代物が隠せてたな。
「おおぉう、こいつは魅惑的すぎる」
俺は思わずまぶしげに手で目を押さえてしまう。というか、俺との決闘の時にはサラシだけでは無くて胸当ても付けてなかっただろうか。なんでサラシだけなんだよ。
水も滴るいい女とはこのことだろう。
どうしてくれんだ眼福過ぎるだろありがとうございます。
「──って、破城槌に見取れてる場合じゃねぇっての」
コレを教師が見れば、ラトスの性別など一発でバレる。俺が危惧していたことそのものだ。
正気に戻った俺は、あらかじめ脱いでいた己の制服の上着をラトスに被せる。これでぱっと見でもラトスの浮き上がった破城槌は隠せる。
それから俺はラトスと肩と膝の裏に手を差し込むと一息で持ち上げた。
常日頃から鍛えているというのもあるだろうが、ラトスの躯は驚くほどに軽かった。
「ゼスト先生! 俺とガノアルク君は一身上の都合で早退しまぁぁす!」
「は? おいちょっとまっ──」
ゼストの方を向かず、一方的に宣言してから跳躍を使いラトスを抱えたまま空へと跳ぶ。
「飛天加速!!」
銀翼を起爆させ、推進力を得た俺は俺はその場から一気に離脱した。
勢い任せにあの場を飛び出しはしたものの、その後のことはまるで考えていなかった。
保健室に連れて行こうにも救護の教師に水濡れ状態のラトスを見せるわけにも行かないし、かといってラトスの部屋は俺が知らない。
考え抜いた末、俺はラトスを抱えたまま寮の自室に戻った。 生徒のほとんどは授業中であり寮からは出払っている。管理人の目を忍び、大急ぎで部屋に駆け込んだ。
「なんだかすっげぇ背徳感」
男子制服を着ているとはいえ、女の子を己の部屋に連れ込むというのは胸がドキドキしてしまう。
さて、無事に部屋に到着したとはいえ、具体的に何が出来るかといえばほとんどない。
強いていえば気絶したままのラトスをベッドに寝かせるだけだ。あと、俺の理性がガリガリ削れるので、制服の上からだが毛布を掛けてやる。
制服の水分がベッドのシーツや布団にも移ってしまうが、この際諦める。収納箱の中に入っている野宿セットの中から寝袋を使えばいいだろう。
濡れて張り付いた制服が気持ち悪そうだが、さすがに脱がせるわけにもいかない。
結局、ラトスが自然に目を覚ますのを待つしか無い。
とりあえず、準備だけはしておこう。
幸いにも、ラトスが目を覚ましたのは部屋に運び込んでから程なくしてからだ。
「ん……んん……」
少し身動ぎをしてからラトスはゆっくりと目を開いた。
「……ここ……は?」
「よぅ、おはようさん」
起き抜けの目のまま、ラトスはこちらに目を向ける。俺は勉強机の椅子に腰を下ろしたまま、軽い調子で手を挙げた。
「……? どうしてここにローヴィスが?」
「残念ながらここはお前の部屋じゃ無くて俺の部屋だ」
「…………?」
まだ意識が定まっていないのか、頭に疑問符を浮かべるラトス。だが、時間が経つにつれて思考の回転が正常化していったのか徐々に目が開かれていく。
「そうだ……僕はウォルアクトにっ!?」
色々と思い出したのか、ラトスは慌てたように布団を跳ね上げながら勢いよく上半身を起こす。
「──っくし」
と、そこでラトスは可愛らしいクシャミをしてからブルリと身を震わせた。
「ううぅ……寒い……」
「そりゃ水濡れのままだからな。躯も冷えるだろうさ」
「はぁ? 何を言って──」
ラトスは無造作に己の胸元に手を置く。すると己の服の状態にようやく気が付いたのか、ピシリと硬直して動かなくなる。混乱が一気に最高潮に達し、頭の中が真っ白になってしまったのか。
俺はラトスが再び動き出す前に椅子から立ち上がると、部屋の出口に向かう。
「二十分くらいしたら戻ってくる。その間にずぶ濡れの服は脱いでシャワーでも浴びな。着替えは男物で悪いけどシャワー室の前に置いてあるから」
言葉を残してから俺は部屋の外に出て、閉めた扉に背中を預ける。
──キャァァァァァァァァ!?
背中の扉越しに、かすかにだが甲高い悲鳴が伝わってきた。
さすがはお金持ち学校の寮だ。防音措置もしっかり施されているようでなによりだ。