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21話 竜よ、私は人間だ

ヴェイリールもその異変に気づいていたようだが、巨躯を向けることもなく、走り去る少年をただ静かに見送っていた。


「ぶつかるかと思ったぁ……!」


額に浮かんだ冷や汗を拭い、麗華れいかはホッと胸を撫でおろす。


ヴェイリールは陽光に包まれた住宅街へ血赤色の視線を巡らせ、静かに言葉を紡いだ。


『ここにあるもの全ては、貴様の精神が生み出した幻影に過ぎん。あらゆる物体も、行き交う生者も……貴様のイメージが投影された存在だ』


重厚な低音が、綺麗に整えられた塀に柔らかく反響する。


『貴様自身であれば、この空間の人間や物体と触れ合うことも含め、あらゆる現象が可能となる。……だが、それは主である貴様のみに適用されるルールだ。貴様の潜在意識の一部ではない余には、適用されん』


好奇心に駆られ、麗華はすぐそばの民家へと歩み寄った。

外壁にそっと掌を押し当てると、コンクリートのザラザラとした粗い感触が肌に伝わってくる。

あまりにもリアルで確かな手応えに、腕へと痺れるような感覚が走った。


『もっとも』


その様子をじっと見つめながら、古竜が言葉を継ぐ。


『単なる投影に過ぎぬと意識し直せば、その法則すら容易に超えられる。壁をすり抜けることすらな』


深呼吸をひとつ。再び粗い壁面へと手を伸ばす。


(ただのイメージ、ただの投影……)


すると驚いたことに、硬かった壁がまるで空気へと化けたかのように変質した。

何の抵抗もなく、コンクリートの奥へと指先がスッと滑り込んでいく。


「なにこれ、凄っ……!」


新たな力に胸を躍らせ、麗華はパッと駆け出した。

無機物だけに留まらず、歩道を歩く人々にも次々と試していく。


実体があると強く意識すれば、すれ違う人の肩とトンッと軽やかな衝撃がぶつかり合う。

幻影だと意識を切り替えれば、すれ違いざまに女性の袖口を手がスルスルとすり抜けていく。もちろん、相手はまったく気づいた様子もない。


――すべては、麗華自身の認識ひとつで変化するのだ。


一方、ヴェイリールは滑らかなアスファルトの上に長い尾を横たえ、道路の真ん中からその様子をただ眺めていた。


『フン……人間らしい、浅はかな行動だな』


呆れたような低音が、ボソリと漏れ出る。


ひとしきり夢の世界の『おもちゃ』を味わい尽くすと、麗華れいかはようやく足を止め、トコトコと巨大な異形のもとへと駆け戻ってきた。


「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」


角を戴く巨大な鼻先をすっと下ろし、ヴェイリールが応じる。


『申してみよ』


「アンタ、この空間のこと……詳しく知ってたでしょ? だったら、ここからの脱出方法も分かったりする?」


その問いを聞き、ヴェイリールは血赤色の双眸を細めた。


『造作もない。ただ目を覚ませばよいだけだ』


「どうやって?」


ピクッ……と、眉根にあたる黒鱗が呆れ果てたように持ち上がった。

麗華が竜のそんな表情を目にするのは、これが初めてのことだった。


『……貴様、本気でそれを尋ねているのか?』


言われた言葉を頭の中で反芻し、パチパチと瞬きを繰り返す。


「……あ、そっか。現実の肉体……?」


『当たり前だ。他に何の話があるというのだ』


呆れたように鼻先を向けてくるヴェイリールに、麗華れいかは首筋をポリポリと掻いた。


「いや、だって……目の前に立ってる『私』のことかと思ったから。現にこうして意識もあるし、喋れてるし……」


ヴェイリールは巨大な前脚を持ち上げ、困惑したように鼻の横を爪でポリポリと掻いた。


『……好きに言うがよい、人間』


えへへ、と苦笑いを浮かべてから、麗華はそっと目を閉じた。

陽光を含んだあたたかい空気をスーッと胸いっぱいに吸い込み、呼吸を整えていく。

意識を周囲から遮断し、瞼の裏に広がる静かな暗闇だけに集中した。


通行人の話し声、街路樹の揺れる音、そよ風の気配――それらが一つ、また一つと遠のき、やがて完全な静寂へと溶けていく。


(あ……これ、うまくいきそう……!)


あとはただ、待つだけ。

穏やかで重力のない静寂の中で、時間の感覚すらも緩やかに溶けて消えていった――。


。。。。。。


「く、首が……っ! ぐはっ……!」


すぐ脇の暗い地面から、苦しげに押し殺した呻き声が聞こえてきた。

重く閉じた瞼の裏では、声の主がどこにいるのか皆目見当もつかない。


「ん……っ」


泥のように重い瞼を力任せにこじ開け、右へと首を向けた。

その瞬間、静寂を破って再び掠れた声が響く。


「に、人間……助けろ……ここだ……!」


数歩先の地べたに倒れ伏す小さな存在を目にし、麗華れいかは絶句した。


(……えっ!?)


深い赤に木々の焦げ茶が混ざり合った皮膚を持つ小獣。

半透明ではないものの、その小さな身体からは柔らかな光がにじみ出ており、周囲の暗い地面を仄かに照らし出していた。


「アンタ……まさか『業火竜』ヴェイリール……?」


「余だ……! 早くこの……忌々しいものを退けてくれ……っ!」


パニックに陥り、慌てて起き上がろうと身体に力を込める。

――だが、どれほど命じても足腰はピクリとも反応しない。

ズシリと重い四肢は、まるで冷たい石塊に変わってしまったかのようだった。


「う、動かない……!? なにこれ、どうなってんの!?」


地べたに突っ伏したまま、顔をヒクつかせ、指先をピクピクと動かすのが限界の麗華を、ヴェイリールが見つめる。


「くそっ……! 貴様……ぐっ! 激しい精神の消耗で……肉体が痺れ切っているのだ……!」


潜在意識の領域で繰り広げられた死闘の代償は、あまりにも過酷だった。

魂の深手が現実の肉体へとそのまま伝波し、全身の力を根こそぎ奪い去っていたのだ。


「し、死ぬ……! 誰か助けてぇ……!」


地べたでもがき苦しみ、ヴェイリールは首元に嵌まった帯の隙間へと鋭い小爪をなりふり構わずねじ込んだ。

必死にこじ開けようとあがく姿に、麗華れいかは目を丸くする。


その首元から、バチバチッと低く微かな紫電の駆動音が漏れ聞こえていた。

虚空から現れた紫光の首枷が、幼い竜の鱗をぎゅっと強く締め上げている。


(またあの首枷が……っ! あれのせいで苦しんでるの!?)


「も、もう……不服従の真似は……せん……っ! ぐぬぬぬっ……!」


ヴェイリールが痛切な声を絞り出した瞬間――カチリ、と軽やかな音とともに首枷が緩んだ。

息の詰まる圧迫感が消え去り、小さな竜はハァハァと荒い息を吐きながら、泥の上にぐったりと崩れ落ちる。


「……」


「ねえ……私が気絶してる間、何かした……?」


力が入らない首を必死に曲げ、カサカサに乾いたガラガラ声で尋ねる。

突かれた小獣はゴクリと生唾を飲み込み、小さな肩をギュッと強張らせた。


「き、気絶している貴様に……攻撃を試みようとした」


「なんでそんなことしたの!?」


「だから……興味があったのだ!」


開き直ったように叫んだ声は、小さな体躯のせいか妙に甲高かった。


「貴様に対して不服従の行動をとった際、この首枷がどれほどの効力を発揮するのか……その限界を知りたかったのだ!」


開いた口が塞がらない様子で、小さくなった異形を見つめる。


「……で、私を襲うのが真っ先に思いついた選択肢なわけ!?」


ヴェイリールは答えなかった。

フンッ、と鼻を鳴らし、ぷいっと顔を背けて草むらをじっと見つめるだけだ。


(まったく……つくづく信用も油断もできない奴……!)


ハァ……と、力なく息を吐き出す。

首を横に振ることすら叶わないほど、全身の体力が底をついていた。


(でもまあ……あの首枷、ちゃんと機能してくれてよかったぁ……マジで助かった……)


冷たい地面にこめかみを押し当てたまま、麗華れいかは掠れた声で尋ねる。


「……それで? なんでアンタのほうが私より先に目を覚ましてたのよ?」


「貴様が目を閉じて間もなく、余はあの潜在意識空間から弾き出されたのだ」


ヴェイリールは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「目が覚めた時には……この体躯でここに転がっていた」


「なるほどね……」


重い瞼を細め、幼い竜の小さく光る赤黒い体躯をまじまじと見つめた。


「その身体、一体どうなっちゃったわけ?」


「確かなことは分からん」


湿った草の上に小さな身体をぐったりと横たえ、ヴェイリールが応じる。


「だが……弱体化した魂の影響である可能性が高い」


言葉を切り、フッと息を吐くと、小さな鼻先から黒煙の小輪がぽつんと空中に浮かんだ。


「……本来の姿を維持できぬほど魂が衰弱した結果、こうして縮小してしまったのだろう」


その説明を聞きながら、麗華は重い視線を夜空へと向けた。

暗い森の樹冠の隙間から見上げる高天には、紫、青、淡い金色の星々がパチパチと瞬いている。


(要するに……『省エネモード』ってことね)


「でもさ……その姿、案外可愛くていいんじゃない?」


掠れた声に悪戯っぽいニュアンスを混ぜ、ニヤリと笑みを浮かべた。


「ぐっ……人間め、そう言うと思ったぞ……!」


苛立ちに小さな角をピクピクと揺らし、ヴェイリールが声を荒らげる。


華奢な四肢で身体を起こそうと試みるものの、小さな爪が泥の上でむなしく滑った。

不満げな呻き声を漏らし、そのままバタリと草むらへ倒れ込む。

広大な星空の下、指一本動かせない無力な二人が、ただ並んで横たわっていた。


「……麗華って呼んでいいよ。三葉麗華みつは・れいか


静かな暗闇に向かって、ぽつりと語りかける。


ヴェイリールが小さな鼻先をすっと向けた。


「……『人間』と呼ばれるのが嫌になったのか?」


「なんだか遠回しで距離を感じるし……」


樹冠の合間に青く輝く星々を見つめながら、麗華れいかは囁く。


「ちょっと見下されてる感じもするでしょ?」


「フン、好きにするがよい」


ヴェイリールはそう鼻を鳴らすと、光る双眸を再び夜空へと戻した。黒い尾が草の上でパタパタと揺れる。


「……貴様も、余のことはヴェイリールと呼ぶがよい」


再び開けた空間に静寂が落ちる。

麗華は何も言わず、ただぼんやりと空を見つめていた。


沈黙が長く続くにつれ、ヴェイリールは居心地悪そうに身体をモゾモゾと動かし始めた。

返事がないことに不安を覚えたのか、小さな足がソワソワと蠢く。


「な、長々と肩書を並べるのは面倒だからな!」


弁解するように、甲高い声で慌てて言葉を付け足した。


「べ、別に照れているわけではないぞ……っ!」


「ふふ……プッ……」


漏れ出る笑いを堪えきれず、掠れた息混じりの声がこぼれる。


「はいはい……そういうことにしてあげるよ、竜〜♪」






ステータス

 名前:真 ソル

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『???』




ステータス

 名前:三葉 麗華

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『契約』

     さぶあびりて『拘束の鎖』

     さぶあびりて『主観的支配』

     さぶあびりて『主観的接続』

みなさんこんにちは、作者のバウンドレスです!

まずは本作をフォロー(どころか、ちょっと覗いてくれただけでも!)していただき、本当にありがとうございます!

これが僕にとって、初めての日本語Web小説になります。


正直に白状すると、自分はまだまだ日本語を勉強中の身です。

それでも不自然な表現をできるだけ減らし、Web小説の執筆作法に沿って精一杯書き上げました。

そして……じゃじゃーん!その結果がこちらの作品です!


数ある作品の中のほんのひとつですし、ランキング上位の神作品たちに隠れてしまっているのも分かっています。

ですが、この作品は自分の努力と情熱、そして溢れる愛を全て詰め込んだ集大成です。

「これから先、評価してもらえるのかな……」なんて考えることもありますが、まあそんなの気にしてもしょうがないですよね!

自分はこの物語が大好きですし、みなさんにも同じように楽しんでいただけたら最高です!


そして、物語はいよいよ第2章へ突入します!

新しい出会い、立ちはだかる敵、そして新たな波乱が待っています!

ぜひこれからも楽しみにしていてくださいね。改めまして、本当にありがとうございました!

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