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01話 異世界へ……行ってきます?!

「目が、眩しっ……!」

まぶた越しに突くような白光が刺さり、麗華はぎゅっと目を閉じる。

ポロリと目頭から熱い涙がこぼれ落ちた。

(ん……? なんか、やけに空が眩しくない……?)


校庭の固く平らなアスファルトを探すように、手を伸ばす。

だが、指先が沈んだのはヒヤッとした湿った土だった。

さわさわと指をかすめる草の感触。

ハッと息をのむと、潰れた松葉と湿った土の青くさい匂いが、一気に鼻腔へとなだれ込んできた。


「……ん?」


パチパチと幾度も瞬きを繰り返し、眩しさを払う。

強烈な閃光が和らぐと、視界に広がったのは、高い木々の隙間から降り注ぐ温かな木漏れ日だった。


そこは、校庭などではない。


(え、えぇぇぇっ!?)

「な、なんで……空……!?」


ぐにゃりと視界が揺れ、猛烈な眩暈が襲いかかる。

夕焼けに染まる屋上からまっさかさまに落ちていった、あの気味の悪い浮遊感。

記憶ははっきりと残っている。

それなのに、目覚めれば青空の下、見知らぬ森の中。

ゾクゾクと胃の奥が絞られるような不快感に襲われた。


――ッ!


パニックが一気に弾けた。

麗華は弾かれたように後ずさりし、ガタガタと震える手で、必死に自分の身体を叩いて確かめる。

腕、脚、胸、それから顔。


骨は折れていない。

ねっとりとした赤い血もついていない。

それどころか、痛む場所すらどこにもなかった。

(あの高さから落ちて……生きてるの……!? なんで……そんなことが……!?)


頭上の茂みがザワザワと冷たい風に揺れ、すぐ隣の草むらに長々と黒い影が伸びた。

ピクッと麗華の身体が強張り、息が喉の奥で止まる。

ゆっくりと右を向けば、そこにいたのは見覚えのあるシルエットだ。

「……シン君?」


隣に立っていたのは、クラスメイトのシン・ソルだった。

麗華が絞り出すような声で名を呼んでも、シンの蒼白な顔は無表情のまま、ただ棒立ちで佇んでいる。


「……」


一見すると、どこにでもいる影の薄い少年。

まっすぐ前を見つめる、灰色の濁った瞳以外には何の印象も残らない。

麗華の脳裏に、学校での彼の噂がよぎる。

ソル君はまるで幽霊のような奴だった。

当てられない限り口を開かず、成績も運動神経も可もなく不可もない真ん中。休み時間の教室がどれほど賑やかでも、自分の席にじっと留まり、気配を消していた。


あまりに静かで単独行動ばかりだったから、周りからは変人扱いされていたのだ。


(そうだった……落ちるとき、咄嗟に――)

胃の奥が冷たく重くなるような罪悪感が、麗華の内にじわじわと込み上げてくる。

他人を道連れにしてしまった申し訳なさで喉がカラカラに渇き、謝罪の言葉すら出てこない。

代わりに、新たなパニックが胸を強く締め付ける。


一体全体、どうしてこんなことに……?


「し、シン君……あたしたち、さっきまで屋上の手すりから落ちてたよね……?」

地面に手をつき、麗華はプルプルと震える足でなんとか立ち上がる。声まで情けなく震えていた。

「なんで……ここにいるの……?」


「僕にもわからない」

シンは淡々とした、抑揚のない声で答えた。

白く細い指をすっと持ち上げ、頭上の茂みの切れ間――抜けるような青空を指さす。

「一つ言えるのは、僕たちが『あそこ』から落ちてきたってことだけだ」


「あそこ……?」

ドクンと麗華の心臓が跳ね上がる。

言われるがまま勢いよく顔を上げ、どこまでも広がる蒼天を見上げた。


(え、それって……自分たちが空から落ちてきたって言いたいの……?)

「あはは……冗談、だよね……?」


引きつった苦笑いが完全に途切れるより早く、ぬるい風が吹き抜けた。

ウッ、と生臭い鉄の匂いが鼻腔を直撃する。

「うぐっ……何、この匂い……!?」


あまりの異臭に吐き気を催し、麗華は咄嗟に顔を背けた。

ぐちゃぐちゃに荒れ果てた土の上を見渡すと、シンのすぐ先にある『それ』が目に入る。

背筋をゾクッと冷たい悪寒が駆け抜けた。

「な、何なの……アイツら……!?」


転がっていたのは、巨大なトカゲのような異形の獣。分厚い鱗はグシャリと押し潰され、あり得ない方向に折れ曲がっている。

その隣には、まるで巨大な槌で叩き潰されたかのように、巨大な狼たちが血の海に沈んでいた。

(動物の死体……? ううん、モンスター……!? あんな大きな生き物、見たこともない……!)


心臓がドクドクと警鐘を鳴らし、麗華は思わず後ずさる。

血臭から逃れるように距離を取ると、荒い息を吐き出した。

(ふぅ、少しマシ……)


チラリと視線を向けると、シンはまるで石像のように微動だにせず、潰れた獣たちを見つめていた。

濁った灰色の瞳には一切の動揺がなく、惨劇をただ淡々と見つめている。

麗華が声をかけようとした――その瞬間。

空気を引き裂くような恐ろしい咆哮が、森の奥深くから響き渡った。


「きゃ……!?」

ズズズ……とブーツの底を通して、足元の地面が震える。

遠くで太い幹がバキバキッと音を立てて折れ、怯えた鳥たちがギャーギャーと悲鳴を上げながら空へと飛び立っていった。

咆哮が途絶えると、嘘のように森が静まり返った。


「……?」

しんと深い静寂が樹々を包み込む。

生臭い臭いすら頭から吹き飛ぶほどの圧迫感が、広場全体に押し寄せていた。

静まり返った森に、麗華の荒い吐息だけが空しく響く。

(はぁ……はぁ……)


次の瞬間、巨大な影が草むらを覆い尽くした。

日光が急激に遮られ、一瞬にして冷たい暗闇へと叩き落とされる。

「んっ……!」


ギギギと首を強張らせながら、麗華は恐る恐る頭上を見上げる。

そこに浮かぶ影を目にした瞬間、スーッと顔から血の気が引いていった。

(嘘……でしょ……何なの、アレ……!?)


梢を覆い尽くすほどの規格外な巨躯。

陽の光を完全に遮られ、さっきまでの明るい森が不気味な薄暗闇へと変貌していた。


ゴォオオオッ!


猛烈な暴風が枝葉を薙ぎ払い、上空から叩きつけてくる。

麗華は吹き飛ばされまいと足を深く土に沈め、震える腕で咄嗟に顔を覆った。

「ゲホッ、ゴホッ……!」

舞い上がった乾いた土ぼこりが喉に張り付き、袖口に顔を埋めて強く咳き込む。


涙目になりながら砂塵の隙間からチラリと視線を向けると、そこに立つシンの姿が目に入った。

肌を刺す砂嵐と頭上の絶望的な脅威を前にしても、彼は微動だにしていない。

顔をかばう素振りすら見せず、濁った灰色の瞳でまっすぐ上空を見つめている。


一度も瞬きすらすることなく。


(なんで……シン君、平気でいられるの……?)

風が収まり、舞い散る砂塵が引きはじめると、息が詰まるような重苦しい静寂が再び戻ってきた。

麗華はゴクリと乾いた唾を呑み込み、強ばる視線を無理やり空へと戻す。


そこに浮かんでいたのは、現実の……自分たちの世界に存在していいはずのない悪夢そのものだった。

「――っ!?」


空を覆い尽くすほど巨大な皮膜の翼。

バサッ、バサッ、と重たく空気を叩く羽音が、肋骨の奥まで不気味な振動を響かせる。

翼の関節から生えた鉄灰色の鋭い爪が、薄暗い光を反射してギラリと鈍く光っていた。


頭から尻尾の先までを覆うのは、ヒビ割れた岩石のような荒々しい鱗。

地面に転がっていた惨殺体よりも遥かに巨大で、恐ろしい姿。

ただそこに存在しているだけで、周囲の空気が重く押し潰されるような圧迫感に満ちていた。


太い首の先を辿っていくと、爛々と怪しく輝く真っ赤な双眸と視線がぶつかった。

ギラリと燃えるような瞳に見下ろされた瞬間、ガクリと膝の力が抜ける。

全身に氷水を浴びせられたような戦慄が走り、麗華の脚は土の上でガタガタと情けなく震えた。

(無理無理無理無理……っ!)


ワイバーン――ファンタジー小説の中でしか見たことがない、伝説の怪物。

巨獣は首を少し傾げ、草むらを赤く染める同族の無残な死体へと視線を落とした。

そして、細められた瞳孔が、凶暴な殺意を孕んでゆっくりと二人へ向けられる。


「な、なんで……あたしたちを見てるの……?」

手のひらにじっとりと冷や汗が滲む。

(まさか……自分たちがアイツらを殺したって思われてる……!?)






ステータス

 名前:真 ソル

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『???』



ステータス

 名前:三葉 麗華

 種族:人間

 称号:なし

 能力:なし

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