25.辰上一家、家族会議
そのまま家に着いて、漆紀と真紀と宗一は家に入って荷物を部屋に置いてから、リビングにて席についた。
テーブルの片側に漆紀と真紀が付き、向かいは宗一がいる構図だ。
「なにから話そうか……まず、先に結論を言う。漆紀、お前のそれは魔法だ」
「「は?」」
漆紀も真紀も急に出てきたファンタジックな単語に虚を突かれるが、宗一は真面目な様子のままだ。
「だが種類がわからん。漆紀、車に乗ってた時にムラサメって名前の少女の夢を見たって言ってたな」
「夢なのかあれ? でも一応あいつの本体? 本体って言うべきかわからないけど、これが本体だよ」
漆紀は自分の首にかけている鉄塊の首飾りを宗一に見せる。
「やっぱりそれか」
合点がいった様子で一人だけ納得している宗一だったが、漆紀はワケがわからず問いかける。
「やっぱりってなんだよ。父さん知ってるのか?」
「お前には良かれと思ってお守り程度で渡したものだったんだが……本当に強力な代物だったとは」
「お父さんさぁ、勿体ぶってないでとっとと教えてくれない? お兄ちゃんの話、いったい何だったわけ?」
漆紀同様に少し戸惑いがあるが、宗一は落ち着いて話した。
「まず事実を言うと、この世に魔法は存在する。しかし……使える者は世界人口のほんの僅かだ」
魔法とは本当に言葉通りに魔法なのだろう。妖しげな呪文や儀式を用いて、あるいは生まれ付いた才能や、それが使える血筋の者であったり、そんな者達が起こす超常的現象。
「魔法使いは僅かで、そもそも目に見えて気付かない魔法だったり、規模がとても小さかったりして、あるいは本人が隠匿するゆえに、今日まで魔法使いは世に存在を明かされてはいない……まあそんなところだ」
宗一が語る様に、魔法使いと言っても種類は多種多様なのだ。その自覚の有無や魔法の規模すら違う故に、マトモに明かされていない。
「父さん、それって世間で超能力だとか霊能力だとか言われてる人達も……気付いてないだけで、魔法使いだったりするのか?」
「そうだろうな……だが、知らないだけで実は魔法とは別で超能力の類いも存在するのかもしれん。向こうも隠してるのもしれないからな」
しかし宗一はこの場で超能力の存在について有無を議論する気はない。重要なのは、漆紀の持つ鉄塊の首飾りが引き起こした魔法が何かという事である。
「お前のそれは精霊術だよ。物に宿った小さき神、日本じゃ付喪神とか言われてるやつらなんだが、そいつらの力を”引き出す”のが精霊術だよ。お前はその首飾りから”引き出し”た」
「引き出すって言っても、自分の力でやった事じゃないんだ! コイツが、俺を助けてくれたんだ」
漆紀は鉄塊の首飾りを再び見やるが、宗一はふと不穏な表情を浮かべた。
「結果的に言えば助かった。だがここが不自然なんだ」
「不自然ってどういうこと? お兄ちゃんが助かってるのが変なの? 良く分からない力にせよ、とにかく生きてるなら良いじゃん」
得体の知れぬ力であろうと助かったのだから問題ないと甘く見る真紀であるが、宗一は手放しで喜べなかった。
「いや、それがそういうわけにもいかない。父さんはこういった精霊術には長けてるんだ。今までお前たちには教えなかったが……まず、精霊術をいくつか見てきたが、死者を蘇らせるものなんて聞いた事がないぞ」
そう疑問を呈する宗一だが、漆紀はそれに食ってかかった。
「いやいや、俺は一度も死んでないって! 死にかけてただけで、その致命傷をムラサメが」
「その間、お前の意識は夢にいた。違うか? その間に、本当は一度死んでたんじゃないか? 忘れてるだけで、お前はそのムラサメという少女と無茶苦茶な条件で契約でも結んで生き返ったんじゃあるまいな?」
「契約? んなものは一切してな……」
だが漆紀はムラサメが言っていた事をふと思い出した。
「確か……〝あなたが正式に私の主になってくれるなら、あなたの傷を癒し、その体でもう一度立ち上がれるようにする〟って言ってた」
ムラサメが言っていた言葉をそのまま宗一に教えると、宗一は大きくため息を吐いて右手を額に乗せる素振りまでして落ち着こうとする。そうして間を置いてから宗一は言った。
「お前それ絶対に何か裏のある契約だぞ。下手するとロクでもない因縁背負わされたかもしれん」
「でも、代償とかそんなものは特になにも」
「お前が死にかけてて時間がなかったからだ! 時間が無かったから説明できなかったのだろう」
「えーっと……お兄ちゃんは悪質な訪問業者に契約付けられたって感じ?」
「そういう事だ真紀」
真紀の要約が最も適切だと宗一は言うが、真紀はそもそもの疑問を宗一にぶつける。
「でもお父さんさ。こんな凄いものを知ってたのに、なんであたしらに今まで教えなかったわけ? 魔法が本当にあるならこれ以上ない護身グッズじゃん」
「確かに魔法は護身には最高のものだろう。なにせ、証拠が残らないからな。だが……漆紀、真紀、二人に才能があったとしてもな……我が子にこう言っちゃ悪いが、お前らの歳だと秘密にしろって言っても絶対どこかでひけらかすだろ」
魔法の秘匿性。宗一は自分が魔法の存在を知っておきながら、漆紀と真紀にこれまでそれを教えなかったのは魔法の秘匿性を重視しているからである。
「お父さん、そんなに魔法ってのは隠さなきゃいけないものな」
「当たり前だろう! 世間に噂話や、少しでもそれを匂わせるニュースが出回れば、他の魔法使いどもに狙われる。お前達には一切教えてないが、連中にはそういうルールというか、決まりがある」
父がいつになく険しい表情でそれを言う為、漆紀と真紀は冗談ではなく魔法の秘匿が徹底しなければならない行為だと理解出来た。
「てことはさ、魔法がバレたっていうか、万が一魔法かな? って、世間で話題になったりしたら?」
「魔法使いの集団が身バレを防ぐべく殺しに来る。あるいは警察でもないのにその身柄を勝手に捕えようとして来る」
「えぇ……犯罪集団じゃねえかよ。父さん、そんな連中と昔一緒にいたの?」
「とにかく、だ。契約内容を確認するまでは迂闊にソイツから力は引き出せない。漆紀、そいつには頼らない方が良い。ソイツの正体も分からないのだろう?」
現時点で正体は不明。分かっているのは名前のみ、その上それは仮名である。
「聞きたいけど、こいつ反応しないんだよ。何度も呼んでも反応しなくてさ。寝ちまってるのか?」
「扱いすらわからないのか。仕方ない、その首飾りをよこせ。父さんが触れて会話してみよう」
宗一に鉄塊の首飾りを手渡すと、宗一はふと集中しその鉄塊を見て黙り込む。
しばらくすると、鉄塊が薄く鈍くだが黄色い光を発するものの宗一の表情は険しいままだ。
「父さん、大丈夫?」
「うわ、本当に魔法なのそれ? 種も仕掛けもないし、お父さんに手品とか無理だろうし本当なんだ。へぇ、魔法なんて本当にあるんだ……写真撮っとこ」
真紀はスマホで写真を撮り始める始末だが、普通に考えれば物珍しさと好奇心によって至極当たり前の行動である。
そうして沈黙は続き、真紀のスマホが発するシャッター音のみが淡々と時間を刻むが如くリビングに響き渡る。
体感時間にして五分程であろうか。鉄塊の首飾りから光が消え、あるのは金属光沢のみ。宗一は険しい顔のまま、漆紀に鉄塊の首飾りを手渡した。
「そいつの真名はわからなかった。だが、力の原点だけは語ってくれた。それは南総里見八犬伝で語られる、妖刀村雨丸そのものだ」
「うっわ、お兄ちゃんのその首飾りってそんな厨二アイテムなわけ? すごいけどちょっと恥ずかしくない?」
「茶化すな真紀、この原点は大問題だぞ。なにせ南総里見八犬伝はあくまで物語だ。妖刀村雨丸は実在しない刀なんだ。そんな刀を名乗り、あまつさえ力まで村雨丸の特徴と酷似しているのであれば、絶対に地雷だ。そういうわけのわからない伝説的武器と言うものは、大抵ロクなものじゃない」
不安を煽るつもりはないが、宗一の危惧する問題点の数々を聞いて漆紀は反論した。
「でも物語なら、何かしらモデルだってあるだろ。村雨という名前が架空でも、それに近い力を持ってる刀が実在した可能性はあるって!」
「漆紀、そんな楽観視をするな。ソイツに軽く聞いた限りだが、そいつは名前に関する制限を抱えている。そういった制限を持ってるのも地雷だ。ワケありすぎる」
「そうかよ……もし再びムラサメと話が出来たら、注意して聞くよ」
「そうしろ。あと漆紀、父さんが心配している点はそれだけではない。お前、夜露死苦隊とのいざこざは〝最初〟が悪かったって言っていただろ。あれはどういう意味なんだ?」
そう聞かれ漆紀はいっそすべて話そうと思い、簡潔に答えた。疲れた少年の壁などあっさり壊れたのだ。
「配達の依頼で夜露死苦隊の奴に荷物を渡したら、後から荷物が爆弾だったってわかったんだ。俺の運んだ爆弾のせいで、夜露死苦隊の奴が3人死んだんだよ。こんな事、普通話せるわけないだろ! こんなの知らなかったって言っても共犯扱いで俺まで豚箱行きだろ! いや、3人も死んでるし下手すりゃ死刑……」
「漆紀、考え込みすぎだ。お前の隠してる事はこれで全部か?」
「いや……この前友達と夜通し遊んだって、言ったろ……アレ、夜回りしたってのは本当だけど、夜露死苦隊に仕返ししてた」
「どういう事だ」
漆紀は七海と共に夜露死苦隊に夜襲をしかけた時の写真をいくつか宗一に見せる。
「俺達は、夜露死苦隊にうんざりしてたしムカついてた。だから、二度と関わって来ないよう徹底的に叩いた。でも、こんだけボロボロにしてもあいつらは馬鹿なのか襲って来るんだな」
漆紀と七海の奇襲を受けて悶絶して路上でのた打ちまわる夜露死苦隊の男達の写真や、漆紀がゲロを吹きかけてから奇襲しボコボコに殴って倒した夜露死苦隊の写真、暴走出来ぬように細工を施して走れなくしたバイクの写真などを見せた。
「お前……警察に何も言ってないだろうな? これ見る限り、夜露死苦隊の戦力を半分以下にまでするような損害に見えるが」
「全部わからないって答えたし、夜襲の時の件とか一切聞かれなかったし、多分警察は把握してない。だって、暴走族連中がボコボコにされてバイク壊されて警察に泣きつくか?」
「……それもそうだな。他に隠してる事はもうないな?」
「ぁあ……だがよ、さすがに死人が出てるんだぞ。もう笑えねぇし、死人出てるから夜露死苦隊は俺に目を付けた。今回だってあの警官の話を聞くに、結果的に夜露死苦隊の総長と舎弟含めて7人全員射殺されてんだ。もう夜露死苦隊は退くに退けないだろ! 全員で俺を狙ってくるはずだ!」
「お兄ちゃん……」
普段見ないであろう兄の動揺と不安の表情に真紀は行き場のない、やり場のない、家族特有の同情と共感が募る。
「ぁあー、そうだ。真紀、いっそカチコミしに行くって冗談で言ったけど、もうこれしかないよな? なあ?」
それは、言うべき事を言い切った虚から出た台詞で、特に漆紀としては意味など持たせていない言葉だった。
「え、いや、それこそ死にに行くようなも」
「そうだな、よし。漆紀、明日準備して、夜露死苦隊と戦いに行くぞ」
「「えッ!?」」
父の意外且つ、およそあり得ない賛成に漆紀と真紀はワケの分からない表情を浮かべつつ声を上げた。
「いやな、さすがに父さんとしてもここまでされちゃもうやるしかないと思ってな。警察に咎められそうだが、真っ向から夜露死苦隊に喧嘩ふっかけて圧倒すれば流石にもう仕掛けてこないだろ」
「意外だー。お父さんがやる気だなんて。もうちょっと慎重派で冷静にいくかと思った」
「それに、事務所を滅茶苦茶にされて黙っている程、父さんも人間出来てないんでな。使えるもの全部使って今回の件を終わらせよう。だが漆紀、終わらせる為にやるのはお前自身だ。父さんも手伝うが、お前の方がやる気なんだろ?」
「やる気って言っても……俺もう疲れてんだけど……それに、さっき魔法は見せちゃダメだって言ったばっか」
「魔法使うとか誰が言った? 使わずにやるんだ」
宗一の言葉に漆紀はどうにも腑に落ちず首を傾げる。
「そりゃ心身ともに疲れているだろうが、お前が一番の被害者だろう。爆弾に関しては抗争に巻き込まれただけだし、そのあと理不尽に夜露死苦隊に狙われて……いい加減にしろとキレてるのはお前のはずだ」
宗一がそう諭すと、漆紀の中で爆発的に怒りが沸き上がり、これまでの理不尽な思いが一気に焚き付けられて漆紀に強い意志を持たせた。
「ああ、俺が一番怒ってる。一度真っ向から奴らを潰して〝二度〟と関わるなと何度も奴らの耳元で甲高い声で言ってやる。トラウマを作ってやるんだッ!」
理不尽な状況にキレて漆紀の夜露死苦隊への感情は一気に傾き、戦う意思が固まった。
「やるからには俺達だけじゃ足りない。俺のどうしようもない"馬鹿"で"やべー"友達も誘ってみる。あいつも多少なりとも思うところがあるだろうし」
そうして家族会議改め、作戦会議は一応の幕を閉じた。