24.辰上一家のやりとり
漆紀と真紀はあれこれ事情を聞かれたが、分からない事は分からないと言い切って、分かる事だけを各々答えて、ようやく解放されたのは日付が変わるであろう十二時頃であった。
警察署の前には、パトカーではない一台の車が停車していた。
車種と車に貼られた便利屋タツガミの文字で瞬時に理解して漆紀と真紀は駆け寄った。
車の窓が開いて父・宗一は少し疲れた様子で二人を見た。
「帰るぞ、早く乗ってくれ。大変だったな今日は。とりあえず家に帰るぞ」
そう言われて二人は後部座席に乗ってすぐさまシートベルトをする。すぐさま宗一は踏み込んで車を走らせる。
「仕事から帰ったらビルの前に警察だらけで何があったんだって驚いたよ。漆紀、これはどういう事なんだ?」
「警察から事情聴いたろ?」
「事件の全貌は聞いてない。何があったんだ?」
「お父さん、あたしらの安全確認はないわけ? 無事で良かったーとかさ」
「無事で嬉しいが、今回の件は見過ごせない話だ。漆紀、お前何か知ってるな?」
怒りは一切なく、普段と変わらぬ声色で問う宗一だが漆紀は戸惑う。
「いや……単に、夜露死苦隊の奴らがカチコミに来たんだよ」
「カチコミだけであんな事件化するか? 事務所はかなり荒れたそうじゃないか。しばらく休業しなきゃならん。それに事務所の場所も変えなきゃな。風評被害もまずい……幸いうちは店舗を構えるような業種じゃないから良いが」
「お父さん……これからどうするの? あたし達やばくない?」
あれほどの目に遭ったが、真紀は特に怯える様子ではなく単純に生活面の事を気にしていた。
「確かにヤバいが、起こった事は仕方ない。真紀、お前は何か知ってるか?」
「えーっと……お兄ちゃんは最初戻って来たとき、よくわかんないけど服に血」
もうそこまで言われては隠す事も何も出来ないと思って、漆紀は割って入る。
「もういい、俺がちゃんと話すよ。けど、ちょっと落ち着きたかったんだ。話して良いのかどうか……父さん、言っておくけど俺は悪くないからな。俺は理不尽な不運に見舞われてるだけだ」
「前置きはちゃんとわかった。責めたりしないさ、暴走族が絡む時点で大体向こうが吹っ掛けた喧嘩だろうからな」
宗一は漆紀の気持ちを少しでも軽くすべく付け加えるが、漆紀は生きた心地がしないまま語り始める。
「まず俺さ、服に血がついてるじゃん? けど怪我はないんだよ。警察にも色々聞かれたけど、反撃の返り血と、自分の鼻血だって説明した」
「そうか。で、本当は?」
もう次の言葉には一枚の壁も挟めない。もう逃げられない。
そんなプレッシャーが漆紀の心を握るが、話さなければ何も始まらないと再び覚悟を決めて切り出す。
「俺さ、今日草刈りの仕事行ってたんだ。記念公園にいたんだけど、依頼者がいるにも関わらず……まず夜露死苦隊の一人が仕事中なのに俺に殴りかかってきた。依頼者に危害が及ぶと思って、やり返して勢いのまま完封したんだ。二度と関わるなって言ったのに!」
「もうそこまで事態が悪化しているなら警察に話した方がいいだろう。なんで隠す?」
「抱えてる問題は結構でかいんだよ。夜露死苦隊と結果的に因縁が出来たのは〝最初〟があまりに悪かったんだ」
漆紀は今日の事だけでなく、怪しい男の依頼の件。すなわち爆弾を運ばされていた件についても話すべきかと思ったが、時系列の整理が滅茶苦茶になると思い、ひとまず今日起きた事から話しきろうと思った。
「夜露死苦隊の男は完封したんだけど、依頼者に声をかけてると、その隙にまた夜露死苦隊の男は俺に向かってきたんだ。今度はナイフを持って。やばいと思って、依頼者を逃がすと同時に、通報してくださいって頼んだんだ」
「良く無事だったな……それで?」
「なんとかナイフを奪い取って、近くの水辺に投げ捨てたんだ。しばらくそいつは悶えてて大丈夫だと思って離れたら、いつのまにかそいつが仲間を呼んでて、何人もの夜露死苦隊がバイクで俺を囲んでたんだ。公園だってのにバイクで平気で侵入してきてさ」
「お兄ちゃん今日一日だけでアクション映画作れんじゃない?」
漆紀の苦労を口頭から聞くだけだからか少し軽口気味の事を言うが。
「茶化してんじゃねえよ真紀! こっちは本当に死にかけてるんだぞ!」
「あたしだって事務所でお兄ちゃんと一緒で死にかけてるじゃん!」
「二人とも落ち着け。漆紀、続きは?」
「囲まれた時に、夜露死苦隊総長自らがわざわざ俺を殺しに来たんだよ。本物の日本刀持ってバイク乗りながら俺に襲いかかってきたんだ。周りは暴走族に囲まれて逃げられないし、俺には反撃できる武器は草刈り鎌しかなかった」
日本刀という見過ごせぬ凶器を聞いて流石に宗一も肩を一瞬揺らしたが、今の漆紀の無事な姿から安堵の気持ちの方が上回って、冷静さを欠く要因にはならなかった。
だが真紀は気が気でない様子で漆紀がいかに危険な目に遭って深刻な状況かと理解する。
「避けたり草刈り鎌で受け止めたり、受け流してどうにかやり過ごしたよ」
「反撃しなかったのか? 草刈り鎌だって十分な凶器だ」
「反撃なんてしたら下手すりゃ相手が死んじゃうし、俺は警察が来るまで耐えようと奮闘したよ。けど、掠ったり浅く斬られたりして血を流したせいで、貧血気味でふらついてきたんだ。その時ついに勝負を決めようと総長がバイクから降りて、直接全力で斬りかかったんだ。反応しきれなくて、鎌は両断されて、俺は右肩から脇腹にかけて深く斬られたんだ」
今の漆紀の状態と明らかに矛盾する話の流れに、宗一だけでなく真紀も疑問を抱く。
「でもそんな傷はない。嘘なのか?」
「嘘じゃない、ちゃんと話を聞いてくれ! 皮と肉を切られて、かろうじて骨と内臓は無事だったけど、もう動けなくて……俺はとどめ刺されて死んだはずなんだけどなぁ……なんで生きてんだろ?」
漆紀は思い返すと、本当に不思議な気分になる。思い返すとムラサメに救ってもらった命だが、なぜ自分の傷は癒えているのか。この説明はムラサメから一切ない。
「はぁ? お兄ちゃんやっぱりクスリでもやってんの? ねえ、なんなのその話。ナイフ男のところまではマジでお兄ちゃんかっこよくて友達に自慢しようと思ったのに、最後が荒唐無稽じゃん。頭ラリってる?」
「真紀、そういう言い方はやめなさい。漆紀、まだ続きがあるだろう?」
「あるけど……信じてくれるか? 俺はちゃんとこの目で、この体で、心で体験した事だけど、本当に荒唐無稽のメルヘンになるぞ? この世の不思議とか奇跡とか話しても信じられるか?」
そう漆紀が問うが間を置かずに宗一は明るく答えた。
「信じるさ。お前は家族で、今ここに無事でいる。結果こそなによりの証拠だ。疑わないぞ」
「ありがと……じゃあ話すけどよ……俺、よくわかんないところにいたんだ。霧が立ち込めてて、そこに女の子がいたんだよ。名前は仮名だけど……」
そこまで話して、宗一は今度こそ肩を揺らして動揺した。
「おい、漆紀。そいつは」
「そいつはムラサメって名乗った」
漆紀がそう言い切ると、宗一は深呼吸をしてから言った。
「家に着いたら、その話を詳しく聞かせてくれ。この際だ、真紀にも話しておこう。先に謝って置きたい、隠し事があったのは父さんの方だ。もうここまで来ては話すしかないからな」
神妙な声色で話す宗一に、冗談かと思った漆紀と真紀だが、続けて「嘘だ」とも言わない父の対応を見てどこか不安になった。
そうしてしばらく沈黙が続いた。辰上一家の感情の波は荒れ始めていた。




