16.朝帰りの漆紀と、心配な父・宗一
午前2時、武蔵村山市内コンビニエンスストア駐車場にて。
「おい、どうなってる! なにやってんだお前ら!!」
「すんません! ホントすんません! 今、動ける奴らだけで例の便利屋探してますんで!」
「当たり前だろとっとと探し出せ! 相手はたった一人だろうが!」
「いや、どうやら仲間がいるみたいで、二人みたいで」
「どっちにしろ人数はこっちが上だろうが! なにやってんだボケぇええ!!」
部下に罵声を届けると男は携帯電話での通話を終了する。
武蔵村山市周辺を根城にする暴走族「夜露死苦隊」の総長である高月は次々に部下たちから来る報告に苛立っていた。
事故を起こして大怪我をした、奇襲を受けてボコボコに殴られ動けない、見張り番をボコボコにされてバイクを破壊された、ゲロを顔面に浴びてしまった、などなどいずれも被害を受けたという報告ばかりである。
(どうなってやがる、便利屋に仮に仲間がいようとたった二人だぞ!? なにやってんだクソ、能無しどもがぁ!)
高月は苛立ちつつも、被害状況を整理する。
(4番隊が昼間に全員やられて、5番隊は事故ってほぼ壊滅。3番隊はバイクに細工されて走れねぇが人手は動かせる。6番隊は奇襲でほぼ全滅、確認のために駆け付けた2番隊も結局奇襲で混乱して退却……ふざけんよ、数の暴力がなんで負けんだよ馬鹿かこいつら!)
高月はこれ以上夜の捜索をしてもこちら奇襲を受け続けて無駄であるし、目標である便利屋タツガミの辰上漆紀の確保・殺害が難しいと判断した。
(仕方ねぇ、全員に撤退を言うか。今日はやめだ。やっぱり白昼堂々ぶっ殺すしかねえのかもな。下手すりゃ他のシマの連中との抗争の方にも支障が出るぐれぇの戦力ダウンだ。クソったれ!)
どこまでも苛立ちを抱いたまま、高月は再び携帯電話を手に取って連絡を始めた。
___________________
午前6時頃、武蔵村山市本町一丁目の交差点にて。
「はぁ……はぁ……今何時、辰上」
「えぇっと……午前6時6分……あっ、今7分になった。それよりスマホの電池がヤバい」
漆紀と七海の二人は本当に夜通しで夜露死苦隊に攻撃を仕掛け続け今までの人生でかつて無いほど疲労していた。時には逃げ隠れて機を伺ってから夜露死苦隊の男達を攻撃した。
ある時は捜索に出て散開して歩いている者達を奇襲した。
ある時は捜索に出て駐車されている夜露死苦隊のバイクに細工をすべく見張り番を倒し、それからバイクに細工をして走行不能にした。
ある時は敢えて敵を一定数集めてから奇襲で分断し、各個撃破した。
夜の時間を利用して出来る事はあらかたやったと言える。
「アタシも……地図見てとにかく市内走って襲って、逃げて、また隠れて、襲って……何人倒したっけ?」
「わかんねぇ。もうあいつらが走ってる音がどこからも聞こえないし」
「はぁ……はぁ……嘘でしょ、夜明け……」
七海が東の空を指差すと、漆紀もそちらを見る。
日光が、太陽がゆっくりと東から赤々と姿を見せていく。
「嘘でしょって……これ提案したの、下田だろ?」
「はぁ、まさか……本当にここまで上手くいく、だなんて」
実際、たった二人に関わらず夜露死苦隊に与えた損害は大きなものであった。これほどまでに痛い目を見れば普通の人間なら二度と漆紀には関わりたくないと思えるだろう。
「疲れた、帰るか」
「アタシももうくったくた……家に帰ったら記念に倒した奴らの写真印刷しとこ」
漆紀と七海は、安全を確認したうえで倒した者達の写真を撮っていた。なぜわざわざ倒した者の写真を撮るかと言うと、単純に二人とも自分の心の中で自慢にしたいと思っただけである。
「アタシ、こっちの道だから。帰るね、疲れた……」
「わかった……家で休んだら、連絡くれ」
七海の帰宅宣言に対して漆紀はそれだけ帰すと、帰路を歩き始める。二人が20mほど離れた頃になって、七海は漆紀の方を振り返って声を張り切って出す。
「あとさー! 疲れたけど今までで一番楽しい夜だった! これはちゃんと言っておきたかった!」
漆紀は立ち止まり七海の方を振り向くと、握り拳に親指を立てて同意を示した。
___________________
「漆紀、連絡まで無視してたが何をやっていた?」
事務所ではなく自宅に帰った漆紀だが、当然ながら父・宗一が待っていた。
「ラーメン屋行ったら、高校の同級生に会った。んで、一緒に遊んでた」
「夜通しでか?」
「夜通しで」
「女?」
「おう」
「……お前そんなモテたかぁ?」
「違う、そういう意味じゃない。ラーメン奢ったら、一緒に同行してくれるって言うから夜回りしてた。それより、真紀は起きてんの?」
「まだ寝ている。なあ漆紀、お前は一体何に巻き込まれてる?」
「巻き込まれてなんかいないって。ただ、今日はもう夜通しで疲れたし寝るから」
「信じて、良いんだな?」
宗一は真剣な表情で漆紀に問うが漆紀は疲労ゆえにすぐにでも眠りそうで半目のまま答えた。
「嘘は言ってない。俺はただ、友達と遊んだだけだ」
そう言うと、漆紀は階段を上がって自室へと向かって行く。
(漆紀……夜露死苦隊と確実に何かモメているが、お前は遅かれ早かれ争いの渦中に巻き込まれる)
宗一は知っている。これまで一般人と変りなく暮らす漆紀が、普通の者ではない事を。漆紀が生まれ持っている自覚ない本来の性質が普通でない事を、宗一は知っている。
(首飾りに異変はなかった。だが……いずれ必ず何かが起こる。お前が望まずとも、起こる)
漆紀は単なるアクセサリーと思ってある首飾りをかけている。それは長さ7cmで厚み3cm程度の鉄塊の首飾りで、宗一自身が漆紀の身のために幼少の頃から掛けさせているものだった。いわゆるお守りとして宗一が漆紀に付けさせていたもので、漆紀自身も年を経てもはや自身の一部のようにそれをお守りとして肌身離していない。
(その時でも、お前はそんな風に平然とやっていけるんだろうか……漆紀)
宗一は息子の今後を憂いつつも、知っている事を秘めてひたすら最悪な事態に至らぬように生活を送るほか無かった。