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双櫃雀

「……意識を失ってたか。現状は……。へっ、そうかよ」

 JR線改札と井の頭線改札を繋ぐ広い通路の壁に背を預けたまま、光ヶ浜透流は不敵に笑った。意識を手放したことで〈剛〉も解除されており、完全に無防備な状態だ。

 僕は透流が突っ込むときに開けた壁の穴から通路に入り、いつでも練り込んだ殺気を解放できるように腕を構えていた。透流が殺気を遣おうしたら、高威力の殺気術ですぐさま殺す。その意図は透流にも伝わっていた。

「一応聞いておきます。言い残すことはありますか?」

「ハッ、ないよ。〈機関〉への復讐が果たせなくて残念だ。でもまぁA級機関員を二人も殺せたんだし、上出来じゃないかな」

 光ヶ浜透流は清々しそうに笑う。いっそ爽やかでもあった。

「あなたの妹が、そんなことを望んでいたとでも……」

「それは詭弁だろ。死んだ人間はなにも望まない。俺が俺のために望んでやったことさ」

「妹がもし生きていて、今のあなたを見たらどれほど悲しむと思ってるんですか?」

「もしそうなら僕はこうなっていない。妹と一緒に楽しく生きてるさ。いないからこうなってるんだ」

「……なにを言っても無駄なんですね」

「そうさ。どうせ殺すんだろ。早くしなよ」

 光ヶ浜透流は全てを受け入れているように見えた。その曇りのない笑顔に僕は躊躇いを覚えた。

 僕がまごまごしていると透流の笑顔が消えた。

「殺せないか? こうした方が殺しやすいか?」

 透流の全身が〈剛〉に包まれた。僕は殺気を練ったら殺すと宣言していたのにも関わらず、殺気術を発動することを躊躇ってそれを許してしまった。

「こ、殺すって言っただろ! 解除しろ!」

「するわけないだろ。で、どうするんだ? もう一手、俺に行動させれば、状況はイーブンに逆戻りだぜ?」

 二人の間に緊張が走る。僕も決断するしかなかった。

「〈涙の大海〉」

「《劫心・洪》ッッ!」



 ☟☟☟☟☟☟☟



「あっ、おてがりゃなひとりゃっ!」

「…………。えー、っと……? 七瀬君、この少女は? 」

双櫃(そうひつ)(すずめ)。池袋に遊びに来てたところに例の殺気堕ちの一件で他の家族が全員殺された。他の隊に助けられたが、〈組織〉に対する強い恨みで殺気遣いに覚醒した。上層部はその恨みを利用する方針で、あとまぁ別のもう一つの理由で、特例でB-1に加わることになった。つまりB-13にも加わることになる」

「うん、それはわかった。いやわからないけどそうじゃなくて」

「年齢か? 小学生に見えて実際は十七歳らしい。それか話し方か? 助けられたときには既にこの状態だったらしい。耐えきれないストレスによる幼児退行だな」

「いや、それも、そうなんだけど」

 サウナ室の座段の中央に陣取っている、巨大で湿りきったファンシーな茶色の熊のぬいぐるみと、その腕の中にすっぽりと収まって微笑む少女。

 正直、この時の僕は疲れていた。そのせいでなぜか関西弁になった。

「情報過多やねんッッッ!!!」

「お? キレがいいな。死ぬ前に萬屋からツッコミでも教わったか?」

「《神貫手》だけにツッコミってか? んなわけないやろがいッッ!」

「んー、四十九点」

「リアル! 平均点以下! 過去の傷がえぐられるからやめて!」

「ちなみに俺の共通テスト世界史は九十四点だったぜ」

「いきなりのマウント! なんやねん! ……ところで国語は?」

「当然満点」

「クソがッッッ!」

「あひゃひゃひゃひゃ、おもちろーい」

 小さな手をぱちぱちと叩き合わせる幼女(十七歳)。もしかしたら身長百四十センチないんじゃないか?

「ちなみにこのクマはぷんぷく丸っていうらしい」

「ぷんぷくっていうかぐちょぐちょ丸って感じだけど……」

 本来ふわふわなはずの毛が湿ったせいで黒くなって垂れ下がっている。溺れたクマの亡霊に見えないこともない。

「あんま茶化すなよ? 『ライナスの毛布』だからな」

「あぁ、そういうことなのか……ごめん」

『ライナスの毛布』。強い愛着を示すもので常に携行し、精神安定剤として機能する。目の前で両親を失ったことによる心の傷がまだ癒えていないのだろう。

「ちなみにぷんぷく丸が破壊されたら殺気堕ちに成るだろうと予測されてる」

「……マジ?」

「マジだ」

 僕はマジマジと屈託なく笑う少女を見た。マジだけに。

 見た目に反して、地獄の中を生き延びたのだろう。

「過去の記憶もほとんどを忘れている。自分を守るために意識の奥底に沈めたんだろう。家族が死んだことも覚えていない。覚えているのは薄っすらとした雰囲気とか背格好とかだけだ。そこでやってほしいことがある」

 そう言って桜君は僕に耳打ちをした。本当にそんなことをやれと?

「業務命令だぜ」

「……で、でも!」

「先輩かつ隊長である上司からの業務命令だ。見ろ」

 先ほどまで微笑んでいた雀ちゃんが、笑顔のまま電池が切れたような、虚ろな顔に豹変していた。

「あは、アハ! アハハハハハァァああああああああガガガっっっ!!!」

 空虚な笑い声を上げたあと、喉から直接出たかのような不自然な声とともにえづくように背を丸める。

「あぁ、ああああっ! おとうしゃ、おかぁさ……ようとにぃ……、だれ、わたしゃーだれっ! おとうしゃって、おかぁってゃだれッ! あ、あ、あああぁぁああああっっ!!」

 泣き叫んでいた雀ちゃんは自分を抱くぷんぷく丸の腕を掻き寄せ、胸の前で抱きしめる。  

「お前が、なんとかできるかもしれないんだ」

「…………」

 僕は双櫃雀ちゃんに一歩近づく。そして彼女の小さな頭を僕の胸に押し付けるように抱き、頭を撫でながら呟いた。

「僕はここにいるから安心して、すずちゃん」

「…………? ……!!」

 雀ちゃんは一瞬フリーズしたあと、がばっと顔を上げる。僕の顔をじろじろと眺めたあと、満面の笑顔になった。多分ゴッホの向日葵よりも綺麗な笑顔だった。

「どこ行ってゃぁーの? ようとにぃっ!? しゅじゅめは待ちくたびりゃー! 今日も冴えにゃー顔してりゃ!」

 その笑顔は眩しい。全てを失った少女とは思えないほどに。

「すずちゃん……」僕は胸から絞り出されるように、そう呟いた。

 萬屋鈴音(よろずやすずね)さんは死んだ。双櫃(そうひつ)(すずめ)ちゃんは生きている。全てを失っても、生きている。僕達と一緒に生きていく。

 ありがとう、萬屋鈴音さん。貴方から貰った言葉、思い出、全てを抱えて僕は。

 殺気遣いとして、殺意と悪意に従属した人たちを殺し続ける。無辜の人たちを守り続ける。僕が死ぬか、いつか瞳が紅に染まり、殺気堕ちへと堕するまで。

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