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八話



『本番は、一か月後にしよう。私が団長に話をつけておくから、詳しい日は手紙で知らせるよ。そうだね、当日はリッツカルザ家でお茶でもしたらいいんじゃないかな?まずは、お互いを知ることが大事だからね。君のお兄さん達には、ばれないように計画しておくよ。ん?大丈夫だよ。君は今日、最高だった。あとは、自信を持つだけさ』



 という、アルバート様の最後の言葉からちょうど一か月。ついに明後日は、ゴリ様とのお茶会だ。

 憧れの人に会えるから嬉しいはずなのに、ここ一か月、不安と恐怖でいっぱいだった。家族や使用人の皆は、私に何かあったのではないかと感じたらしく、様々な言葉をかけてくれたが、本当のことは言えるはずもなく……。

 恋愛小説『愛と悲しみの王宮~欲望のマンボウ~』を読んで悲しくなっただけだと誤魔化すと、お父様やお兄様たちがその本をこの世界から根絶やしにしてやると言って、真剣に会議をし始めたのだ。もちろん止めたし、その本の大ファンのお母様の怒りの一声で、その会議はすぐ中止になった。

 ああ、本当に家族からの溺愛が凄まじい。幸せなことだけれど、時々自由になりたいときもある。自由に街を探検したいなと思うのだ。

 まあ、そのような慌ただしい出来事は多々あり、あっという間に一か月は過ぎ去った。



「フィー?大丈夫?」

「あっ、大丈夫よ。ごめんね、久しぶりのお茶会なのに」



 青い目を揺らしながら、心配そうに私の顔を覗き込むナタリアに、慌てて笑顔を見せる。

 今日は、大好きなナタリアとのお茶会だ。なのに、心ここにあらずの態度をとってしまっていたみたいだ。



「いいのよ。明後日がデートで緊張しているのでしょう?」

「ええ、そうみたい。せっかくアルバート様が練習してくれたのに、駄目ね」

「あら、それは仕方がないわよ。本命の団長様とのデートなのだから。叔父様とのデートは練習だったのでしょう?」



 そう言うナタリアの表情は少し寂しそうに見える。

 今日の彼女はシンプルな緑のドレスに銀の髪飾りをしている。細工の細かい銀の髪飾りは、彼女の婚約者であるカインから幼い頃に貰ったものだ。貰った時は趣味が悪いと文句をたれていた彼女だが、現在もちょくちょく付けているのを見ると、案外お気に入りらしい。

 何だか羨ましいなと思いながら、彼女の言葉に頷いた。



「でも……、フィーから一目惚れした相手が叔父様じゃなく、団長様かもしれないと聞いたときは驚いたわ」

「あのときのナタリアの顔は凄かったわね。目も口も開きっぱなしだったわ」



 初めてアルバート様と会ったあの日、帰り際にナタリアには本当のことを言っておいた。

 誤解だったと告げた瞬間のナタリアの驚きはすごかった。その時は、アルバート様と顔を見合わせて笑ったものだ。

 すると「はあー」と、ナタリアがわざとらしいくらい大きなため息を吐くので、首を傾げながら彼女を見る。



「どうしたの?」

「……分かっているのよ。フィーが素敵な恋愛をするのを応援するって決めたわけだし、フィーが好きなのが団長だとは分かっているのだけれど……、叔父様とフィーが並んでいるところを見て、正直お似合いだと思っていたのよ。それに叔父様のあの噂も、あまり真実味はないみたいだし」



 口をとんがらせながら言うナタリアは、まだ幼い子どもの様だ。可愛らしく思うが、この言葉を聞いたのは何回目だろうか。

 ナタリアは、私とアルバート様がくっついてほしいようで、会話にこの言葉をよく混ぜてくるのだ。



「まあ、アルバート様はとても素敵な男性よ。優しくて、包容力もあって、気が利いていて……でも、容姿が好みじゃないのよね」

「そう言うのはフィーぐらいよ。フィーのお兄様達と並んで有名な美形なのに」

「そうかもしれないけれど、私は猛獣の様な男性が好きなのよ。ゴリラみたいな」

「ゴリラねえ……。本当に、珍しい趣味しているわね。まあ、そういうところも面白くて好きだけど。でも、容姿ってそんなに大事かしら?」

「大事よ。とてもね……。それに、好まない容姿だとキスとかできないでしょう?」

「まあ、そう言われれば……」



 キス……。自分で言っておきながら、何て大胆なことを言ってしまったのだと思う。からかわれるのではないかと不安に思い、ナタリアを見てみると、何か考えているような素振りをしていた。ほっとして、私も考えてみる。

 アルバート様とキス。

 今はもう見慣れた笑顔で、私の肩に手をかける。切れ長な黒い瞳が閉じられ、白く整った面白味のない顔が近づいてくる。少し癖のある黒髪が私の頬をくすぐり……。



「フィー?大丈夫?何だか顔が赤いようだけれど」

「へっ!?え、ええ!大丈夫よ!何も考えてないわ!!」



 私は、今何を……。

 とんでもないことを考えてしまっていたみたいだ。アルバート様とキス、だなんて……。

 は、破廉恥すぎる。更に熱くなる頬を手で押さえる。



「ふーん。ふふっ。すっかり、恋する乙女ね」



 ナタリアがニヤニヤしながら、紅茶が入ったカップに手をかけた。



「こ、恋?ち、違うわ。あの、あの様なおぞましい容姿の方に恋?まさか……」

「ん?違うの?ゴリ様のこと考えていたのでしょう?」



 ナタリアの言葉にハッとする。そうだった。私が好きなのはゴリ様。

 力強い眉毛に、つぶらでありながら鋭い瞳。何者からも守ってもらえそうな、林檎を一握りで潰せそうな、あの頼もしい身体。

 そのはずだ。そのはずなのに、アルバート様とのキスを想像して、嫌悪感がなかったのは何故だろう。反対に、何だか胸の奥の方がキューッとして、苦しいような暖かいような。今までに体験したことがないような、複雑な気持ちが湧き上がってくる。それを抑えるように、手を胸に当てる。


 ナタリアの本気で心配する声が聞こえて、今日のお茶会は続けられそうにもないなと思いながら、顔を上げて微笑んだ。



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