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四話

 


「ぶはははは……!!」

「え!?」



 弾けた様に笑い出したアルバート様が大きく後ろに仰け反る。こんなに仰け反っているのに倒れないだなんて、凄い腹筋だと密かに関心していると、アルバート様は私の顔を見て、更に笑い出した。

 アルバート様の表情が先程とは全然違い、驚く。先程のアルバート様の笑顔は目と口を緩やかに動かすだけの上品な感じだったが、今のアルバート様は顔全体でくしゃっと笑っている。



「面白すぎる!」

「はい?」



 人の顔を見て笑い出すアルバート様を少し睨みながらも、指で涙を拭くアルバート様に気づき、自身のハンカチを渡す。



「ありがとう……て、この模様は……」

「バナナです」

「バナナ!!」



 何故だか分からないが、また笑い出すアルバート様を見て、呆気にとられる。

 デビュタントの日から、ゴリ様のことが頭から離れなかったため、ハンカチに刺繍で黄色い鳥を刺していた筈が、いつの間にかバナナになっていたのだ。それを見たサリーが「恵まれない人々を助けたいという思いをバナナで表したのですね!栄養価が高いバナナを皆に配りたいという意味ですか……素晴らしい!素晴らしいです!!」と、涙を流していた。私はただ、ゴリ様からバナナを連想しただけなのだが。



「くっ……すまない。フィリア嬢は面白いね」

「私が、ですか?」



 落ち着きを取り戻したらしいアルバート様は、紅茶を一口飲む。

 遠くの方で、侍女が驚いている顔が見えた。やはり、アルバート様がこの様に笑うことは珍しいことだったのかもしれない。



「団長をゴリラと正直に言ったのは君が初めてだよ。しかも、そんな団長に一目惚れしたとはな」

「変ですかね?」

「まあ、女性にはあまり好かれないからね。だから今だに結婚はできていない。だが、団長は良い人だよ。強面だから誤解されやすいが、男らしくて優しい人だ」



 アルバート様が心からそう言っていることが伝わって、思わず微笑む。



「団長様は、とても素敵な方なのですね」

「ああ、そうなんだよ」



 嬉しそうにこちらを見て笑うアルバート様の髪が風で揺れる。



「だから、君みたいな人が団長のお嫁さんになってくれたら嬉しいよ」

「アルバート様……」



 私がゴリ様のお嫁さん……。なんて素敵なんだろう。

 朝起きると目の前にはゴリ様がいて、朝食を一緒に食べて、行ってらっしゃいのキスなんかしちゃって、そしておかえりなさいのキスなんかもしちゃうのかもしれない。そして、就寝前には「愛してるよ」と言われて、私は「私も愛してます」と伝えて、二人で笑い合う……。



「フィリア嬢どうしたんだい?」

「あ、いえ、何でもありません」



 いけない、顔が緩んでしまっていた。これでは淑女失格ではないかと、気を引き締める。



「しかし、フィリア嬢が一目惚れした相手が団長だとは確実には言えないな」

「そうですわね……」

「今度、団長に会ってみるかい?」

「よろしいのですか!?」

「ああ。フィリア嬢と団長が上手くいってくれたら私も嬉しいからね」

「アルバート様……ありがとうございます!」



 ゴリ様なのかもしれない団長に会える。とても嬉しいことだ。とても嬉しいのだけれど……本当にいいのだろうか。喜びと不安が全身を駆け巡り、それに耐えるようにドレスを握り締めた。



「どうかしたのかい?」



 そんな私に気づいたアルバート様は、不思議そうに首を傾げる。

 慌てて手を緩め、ドレスにできた皺を伸ばす。



「あ、その……団長様はご迷惑なのではないかと思いまして」

「迷惑?団長がかい?」

「私なんかが慕ってると知ったら迷惑なのではないかと……」



 アルバート様が瞬きをして、私を見つめた。



「驚いたな。″鳥籠の天使″と呼ばれる君からそのような言葉がでてくるとは……」

「″鳥籠の天使″?」

「デビュタントの日からそう呼ばれているよ。天使が現れたと思ったら、セーデルン家のガードが固すぎて何も手を出せない。まるで鳥籠の中に天使が閉じ込められている様だってね」



 そんな恥ずかしい呼び名をつけられていただなんて。自分に似合わない呼び名に恥ずかしくなり、下を向く。



「私は、私の顔が大嫌いなんです……。鏡に映る自分を見ると、いつも吐き気がするんです」



 前世と同じ容姿。生まれ変わるならば、違う容姿がよかった。前世のことを思い出したくなくとも、思い出してしまう。

 子どもの頃は仲良くしてくれた子達も、時が経つにつれて私を避け出すようになった。仲の良かった幼馴染の男子にも「お前と居たら化物と付き合っていると、からかわれる」と言われ、突き飛ばされた。流行病が村で流行ったときは、近所のお婆さんに「お前のせいだ」と言われ石を投げられたこともあった。何でも化物の呪いだとか喚いていた。

 その度に、この顔じゃなければ、と思った。神様に、朝起きたら違う顔にしてください、と何度も願った。その願いは叶えられることはなく、死んでいったけれど。



「そうか……私はフィリア嬢の顔、好きだけれどね」



 アルバート様の突然の言葉に、驚いて顔を上げる。アルバート様の顔は意外にも真剣だった。



「なにより、少し怯えながらこちらを見ている様は小動物みたいで可愛らしいよ」

「小動物……」



 それは喜んでいいのか悲しんでいいのか分からない。幼い頃ならまだしも、私は16の大人だ。言われるなら……うん、ゴリラがいいな。



「まあ、君が自分の顔が嫌いなのは自由だよ。しかしね『私なんか』なんて言っては駄目だ。ナタリアから聞いているよ、少し抜けているが、純粋でどんな人にも平等に接する、まるで天使みたいな子だとね。だから『私なんか』なんて言ったら、君のことを大好きな人に失礼だ」



 少し厳しい顔をしながらそう言うアルバート様の声は、穏やかで優しかった。



「それに、私も今日フィリア嬢と話して、家族想いで優しくて、面白い女性だと思った。だからそんな素敵な女性を悪く言ったら、たとえ本人だとしても許さないよ」

「……ありがとうございます」



 アルバート様が笑いながら、そう言った。

 その優しい言葉に、思わず泣きそうになる。この様な人が前世に居たのならば、なにか変わっていたのかもしれない。

 アルバート様は、本当にいい人だ。騎士団副団長で、優しくて紳士的。この顔じゃなかったら、恋愛初心者な私はとっくに惚れていただろう。



「よし、では団長と会ってみよう。心配しなくとも、団長は迷惑がったりしないよ。万が一、迷惑がったりしたら私が団長を殴ってやるからね」



 アルバート様は、ニッコリと笑って拳を作る。

 どこかで聞いたことのある台詞だ。それも、デビュタントの日に。さすが、親戚といったところだろうか。

 私は少し苦笑いしながらも「ありがたいですが、乱暴はお止め下さい」としか言えなかった。



「では、計画を立てようか」



 どこか悪戯めいた表情をしたアルバート様が私に顔を近づけて、そう呟く。



「計画とは何ですか?」



 私が力強く頷くと同時に、聞き慣れた女性の声が聞こえた。



「サリー!?」



 いつもの侍女服を着たサリーが、私の横に立っていた。



「お初にお目にかかります。フィリアお嬢様の侍女のサリーと申します。あと近いので離れてもらいますか?」



 アルバート様にそう告げるサリーの顔は、微笑んではいたが目は笑っていなかった。

 謝りながら離れていくアルバート様に目で謝る。ごめんなさい、アルバート様。



「というか、どうしてここに?」



 ナタリアの屋敷には、御者のマルコと護衛のロドリゴと私の三人だけで来た筈だ。いつも着いてくるサリーには「今日は私一人で大丈夫だから。サリーには休んでほしいの」と瞳を潤ましながら言ったのだが。

 サリーは、私の言葉に呆れた顔をする。



「フィリアお嬢様、あの様な言葉で私が騙される訳がないでしょう。頭は良いはずなのですが、どこか抜けてますよね。まあ、そういうところも可愛らしいですが」

「だって、サリーも『ありがとうございます』って嬉しそうだったじゃない」

「それは、お嬢様の久しぶりのおねだりが嬉しかったからです」



 真面目な顔をして言うサリーは、どこか嬉しそうだ。



「大体、お嬢様の様な天使が外に出たら危ないのですよ。マルコとロドリゴがじゃ不安ですからね。ですから、こっそりあとをつけていたのです。先程も木の上に隠れて、お嬢様を見守ってました。リッツカルザ様には気づかれていたようでしたが」



 悔しそうに、サリーが呟く。サリーは何を目指しているのだろうか。

 アルバート様の方を見ると、笑いながら頷いていた。そんなアルバート様に謝りながら、サリーに顔を向ける。



「サリー、私達の話は聞いていた?」

「いえ、さすがに聞いておりませんよ。リッツカルザ様がお嬢様に顔を近づけたので、慌てて飛び降りたんです」



 その言葉に、少しほっとする。ゴリ様のことがバレたら、サリーは家族に伝えるだろう。そしたら、ゴリ様と会うことはできなくなるかもしれない。

 胸をなで下ろしていると、サリーが私の顔を見て微笑んで言った。



「それで、計画とは何ですか?」



 忘れてはいなかったらしい。私はなんと答えたら良いか分からず、視線を彷徨わせる。



「フィリア嬢の恋愛大作戦だよ」



 あっさりとそう答えるアルバート様を裏切り者と思って見ると、ゆったりと紅茶を飲んでいた。



「味方は多い方がいいだろう?」



 見ている私に気づいたのか、なんてことないように伝える。

 確かに味方は多い方がこの先、行動しやすいだろう。サリーが味方になってくれたら、お兄様達の目も誤魔化せるだろうし。しかし、サリー自体がそれを許してくれるのだろうか不安である。

 サリーは、私のことを溺愛している。だが、私を理不尽な理由で行動を制限したり、怒ったりはしなかった。サリーは、少し異常なくらいに溺愛しているが、私のことを想ってくれている。

 先程から何も発さないサリーの方に、おそるおそると顔を向けて口を開いた。



「……サリー。私ね、好きな人ができたの。一目見た瞬間、恋に落ちたの。両想いになれなくたっていい、お話だけでもしてみたいの。そしたらね、アルバート様が協力してくれるって、言ってくださったわ。だから、サリーも協力して欲しい」



 一生懸命伝える私をサリーは、じっと見つめる。ドキドキしながらも、サリーの目を見つめていると、サリーが微笑んだ。



「承知致しました。そこまで想われているのならば、協力致します。少し寂しいですが、サリーはお嬢様に幸せになってもらいたいですからね」



 思い切って伝えて良かった。私はサリーにお礼を言うと、サリーが首を傾げた。



「それで、その想い人とは、どなたなのですか?」

「確かなことは分からないのだけれど、恐らくは騎士団長だと思うわ」

「ああ、騎士団長……騎士団長!?」



 サリーが大きく後ろに下がりながら叫ぶ。その声に驚いたのか、木にとまっていた小鳥が慌てて飛んでいった。そんなに驚くことなのだろうかと首を傾げて、不思議に思う。

 そんな私達をアルバート様がニヤニヤしながら見てることには気づかなかった。



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