三話
誤字修正-20211216
デビュタントから数週間が経った頃、ナタリアからゴリ……叔父様を紹介したいから次の祝日の日に会えないかという旨の手紙を貰った私は、すぐに快諾の返事を出した。
そして、今日は待ちに待った祝日の日。
お気に入りの薄い桃色のドレスを身にまとい、複雑に編み込んだ髪を片方に流している。サリーに「可愛いくしてね」と言ったら、一瞬で髪を編み込んでくれた……のに、なのに。
「紹介するわね。私の叔父であり、騎士団副団長のアルバート・リッツカルザよ」
「よろしくね、フィリア嬢。アルバートとでも呼んでくれ」
そう微笑むこの男性は誰だろう?
艶やかな黒い髪と涙黒子のある切れ長の黒い目に白い肌。高くスッキリした鼻に、薄い唇。背が高く、服の上からでも分かる引き締まった体型。どう見てもゴリ様ではない。ゴリラの要素が一欠片もない。
「えっと……アルバート・リッツカルザ様ですか?」
「ああそうだよ。どうかした?」
リッツカルザ様は、不思議そうに首を傾ける。
「フィーったら、緊張しているのね」
どこか優しそうな表情をしたナタリアが私を見つめて言う。違う。緊張ではない。これは混乱だ。
どういうことなのだろうか?今日はゴリ様と会えると思って、気合いを入れてきたのだが……。
ゴリ様の顔が何週間のうちに変わったとか?いや、それはないだろう。少しならまだしも、真逆の人間になっているもの。じゃあ、答えは一つしかないだろう。ナタリアの勘違いだ。
あの時のことを思い出す。デビュタントの日に、私はゴリ様を一目見て、恋に落ちた。そのことをナタリアに告げる「あの……黒髪の?」と、ナタリアが言っていた。私はそれに頷いたけれど、黒髪は多くはないが珍しい髪色ではない。目の前のアルバート様も黒髪だ。
そういえば、格好良くて勇ましいゴリ様の横に、アルバート様の様な方が居た気もする…….。はっきり言って、あの時はゴリ様しか眼中になかったからあまり覚えてはいないのだけれど。
理想のゴリ様を見つけたことで舞い上がっていたのかもしれない。うっかり忘れていたのだ。この世界と前世の世界の美的感覚が異なるということを。
とりあえず、アルバート様には何も罪はない。もちろん、ナタリアも悪くない。悪いのは、舞い上がっていた私なのだ。そう、理想のゴリラに出会ってしまった私が!!
それに、せっかくナタリアが交流の場を作ってくれたのだ。厚意を無駄にはできない。気を取り直し、不思議そうな表情をしたアルバート様に微笑む。
「はい、少し緊張してしまって……。よろしくお願い致します、アルバート様」
「じゃあ、私は部屋に戻っているわね」
そう言うと、ナタリアが背中を見せて歩いていく。慌てて、その腕を掴む。
「ナタリア!?どうして……」
「もう、そんなに不安そうな顔しないの」
私の鼻を指でつつく。その表情は満面の笑みだ。すると、ナタリアが私の耳に口を近づけて、囁く。
「叔父様は、騎士団でしょう?しかも副団長よ。忙しくて、なかなか時間はとれないわ。だから、一気に距離を縮めた方がいいと思ってね」
ファリオお兄様も騎士団で働いているが、訓練や警備などでいつも忙しそうだ。それも副団長という立場ならば、更に忙しいに違いない。しかし、はっきりいうと、アルバート様との距離は縮めたくない。私が縮めたいのはゴリ様との距離だ。
「大丈夫よ。侍女はつけておくから。二人っきりで楽しんでね」
一つ結びの髪を揺らしながら、ご機嫌そうに去っていくナタリアを唖然としながら見つめる。
「すまないね。ナタリアは頑固だから」
アルバート様が苦笑いをしながら、私の隣に立つ。その顔は、やはりゴリ様ではない。
この人生で、私が吐き気がする程気持ちの悪い顔だと思ったのは、私含めて私の家族だけだった。だが、アルバート様もそれに負けずに気持ち悪い顔をしている。
だからといって、アルバート様自身を嫌いな訳では無い。私自身、前世では容姿が醜いせいで酷い扱いを受けて、傷ついたのだ。
背の高いアルバート様を見上げて、微笑む。
「いえ、ナタリアのそういうところも好ましく思っておりますので」
「それはよかったよ。ナタリアもフィリア嬢のことが大好きみたいだからね。よく話を聞いていた」
「私の話ですか?」
「ああ、自慢の友人だとね」
ナタリアがそんなことを言ってくれていたのか。今、ナタリアが何をしているかは分からないが、無性に会いたくなってきた。
「さて、立ち話もなんだから庭園でお茶でもしながら、話そうか」
「はい」
アルバート様が自然に腕を差し出してくる。その慣れた仕草に、ナタリアが言っていたことを思い出す。女性に慣れているのだろう。男性に触れることに慣れていないため、少し緊張する。
私がそっと手を入れると、アルバート様がこちらを見て、少し微笑んだ。
「本日は、ありがとうございます。時間をとっていただいて」
「お礼を言いたいのは私の方だよ。休日をこんなに美しい方と過ごすことができて、幸せだ」
さすがアルバート様だ。歯の浮くような台詞をサラリと言う。恋愛初心者の私は、この時に何と返したら良いか分からない。とりあえずお礼を言うと、アルバート様は優しい顔をして、私を見ていた。何故か、私の周りにいる人達は私を見てこの様な顔をよくする。
いや、緊張してはダメだ。淑女は堂々としてなければいけないのだ。それに、アルバート様はファリオお兄様の上司だ。私が堂々としていないとお兄様に恥をかかせてしまう。
「私の兄も騎士団に務めているのですが、ご存知ですか?」
「ああ、知っているよ。ファリオだろ?優秀な奴だから目をかけているよ」
「そうなのですか!」
思わず声が大きくなる。
ファリオお兄様は、優秀だったのか。ファリオお兄様は普段、仕事の話はあまりしないのだ。でも、幼い頃から剣の素振りや走り込みなどの訓練を毎日やっているのを見ていたため、優秀なのは納得だ。
「嬉しそうだね。噂では聞いていたが仲が良いんだね」
アルバート様が少し笑う。噂になっていたとは、どういうことだろう。変な噂じゃないといいのだけれど。
「騎士寮でも部屋が近いからね。よく話すよ。」
「そうだったのですね。いつも兄がお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそだよ」
そのようなことを話していると、甘い香りが漂ってきた。庭園に小さな白いテーブルと二つの椅子が置いてあった。テーブルの上には、美味しそうなマフィンや、マカロンが置いてある。
傍らには、侍女が一人佇んでいた。
「さあ、どうぞ」
アルバート様に案内された椅子に座ると、侍女が紅茶を出してくる。その優しい香りに、少し緊張がとけた気がした。
「さて、そろそろ良いかな?本当のことを話してくれても」
「へ?」
アルバート様が紅茶を一口飲んで、私の方に顔を向けた。私は、その言葉の意味が分からず首を傾げる。
「君が私と話したい言っているとナタリアが言っていたけど、どうもそうは思えなくてね」
「そんなこと……」
「今日、私と会ったときの反応。あれは、緊張などではないだろう?どちらかというと、困惑かな?私はフィリア嬢に好かれていると思っていたから驚いたよ」
バレていたのか。いや、バレるに決まっているか。なんてったってアルバート様だ。副団長で遊び人のアルバート様を騙せる訳が無い。
「さあ、教えてくれ。本当のことを言っても怒らないよ。なにか事情があるのだろう?」
「本当に、怒りません?」
「ああ」
アルバート様が微笑みながら、私を見つめる。その表情は先程と変わらず優しいもので、安心する。
周りを見渡すと、侍女の姿は少し遠くにあった。私達の話を聞かない様に配慮しているのだろう。
私は、ゆっくりと口を開く。
「私……デビュタントの日に一目惚れをしたんです」
恐る恐るアルバート様の顔を見上げると、少し驚いた顔をしたが、すぐに優しい顔で微笑まれる。
「その場に、ナタリアもいて。ナタリアに教えたら、叔父様だから紹介してくれるって言ってくれて。でも、その時に行き違いがあったらしく、私が一目惚れした相手をナタリアはアルバート様だと誤解していたらしいんです。ですから、今日アルバート様と会って、驚いたんです」
アルバート様は少しだけ目を見開いたが、すぐに元に戻してから私に謝る。
「それは……すまないね。ナタリアは、思い込みが激しいところがあるから」
「いえ、ナタリアは悪くないんです。私も、詳しくは言わなかったですから」
「では、その一目惚れした相手って誰なんだい?本当のことを言うとね、デビュタントの日、君からの熱い視線を感じてね。それもあって、ナタリアに君のことを言われたときは不思議じゃなかった」
アルバート様も気づくくらいの視線をおくっていたのか。ゴリ様も気づいているに違いない。
そう思うと、途端に恥ずかしくなり顔が赤くなる。
「気づいておられたんですね。おそらく……アルバート様のお隣におられた方です。黒髪の短髪で、黒い目をしていて、筋肉質な逞しい方です」
「黒髪、黒目、筋肉質……」
アルバート様が私の言葉を繰り返す。その顔は真剣だ。ナタリアの言っていた通り、優しい方だと思った。
「あと……ゴリラの様な方です」
「……ゴリラ?」
「はい!ゴリラです!」
怪訝な顔をしたアルバート様が私に問いかけるので、私は元気に返事をする。
あの方は、本当にゴリラだった。ゴリラの様な人間なのか、人間の様なゴリラなのか分からなくなる程だ。
「……まさか団長か?」
「それは分かりませんが、とてもお強そうでした。林檎丸ごと掌で潰しそうな……。私、彼程のゴリラに出会ったことはありません。私の理想のゴリラ……ゴリ様なんです!」
「団長が、ゴリラ……」
ゴリ様が団長かどうかは分からないが怒らせたのだろうか?前世でのゴリラ系男子とは、野獣系美男を表していたが、もしかしたら今世では悪口になるのかもしれない。仕事の上司を悪く言われたら、気分を害するだろう。
私は、不安に思いながらも、顔を下に向けたアルバート様を見つめた。




