アルウィック侯爵家
彼女は陽気な人だ。笑顔を絶やさない。ふざけていじけるふりをしても、すぐに笑って場を和ませてくれる。
空気の読めない女性。そう彼女を評価する人間は人を見る目がないのだ。彼女は繊細で、よく周りの見える優しい女性だ。サボり癖がたまにきずだが、そこは大目に見るとしよう。
「それで、自分から言いたいと言っていましたがどうなりましたか?」
「えっとぉ……」
顎で自分の従姉を示しながら目の前の彼女に訊ねると気まずそうに目を逸らされた。
「貴女も姉上も明日卒業でしょう。先延ばしにしたら余計言いづらくなりますよ」
「で、でもぉ、ミラベルちゃんもなんとなぁく気づいてるしぃ…」
「だとしても、きちんと報告するのが礼儀です。貴方が言わないなら私から言いますが」
「だ、ダメ!!」
八年生の教室に入ろうとする私を止めた彼女は私を廊下へ連れ出した。先ほど授業が終わったばかりなので生徒は疎らにしかいない。
「そんなのダメ、アルフォンソ様!!え、え、エリカ、ミラベルちゃんの大事な従弟に手を出しちゃったんだから……っ。せめて自分から言わないと…」
「手を出したって……」
この場合、彼女が私に手を出したのでなく、私が彼女に手を出したことにならないか。
「別に姉上は反対しないと思いますが」
私の両親と兄弟にも挨拶をすませたというのに、まさかこちらの方が彼女にとって負担になるとは思わなかった。
私にはさほど問題のようにも思えないが。
少し想像してみた。
もし、私の友人が姉上と恋人になったとする。懇意にしている友人だ。……別にどうも思わない。むしろめでたいと思うだろう。しかし、それは姉上がユーディアス・ローデリックの婚約者であるよりマシという考えがあるせいかもわからない。奴は昔から気に入らなかった。幼い頃、兄と姉上を慕っていた私に奴は邪魔もの以外の何者でもなかった。念願の弟までが奴に懐く始末。さすがにもう大人気ないとそんな理由で邪険にはしないが、成長すると今度は奴の計算高さが目について嫌になった。
まあ、そんな話はさておき。
あの従姉のことだ。反対するよりはむしろ私と彼女がいるところを見てにやついたり冷やかしてくるかだろう。
「それはエリカもそう思うけどぉ……。なんとなく言いづらいの!!」
「なんです、なんとなくって」
「女の子は複雑なのーっ!!」
顔を覆って声を上げる彼女の背中を叩く。
「貴女が気に病むことはないでしょう。もともと私が貴女につきまとって無理やり交際にこぎつけたんですから」
「それは……嫌」
嫌?
「その言い方は嫌。エリカも、アルフォンソ様のことちゃんと好き…だから…」
「レディ・エリカ……」
俯いて手を組み替える彼女はこの上なく愛らしい。
「聞こえませんでした」
「嘘!絶対嘘!!」
「誰のことをちゃんと、なんです?」
「年下のくせに!年下のくせに!!」
普段は愛らしく軽くたたいたり頬を膨らませるくらいしかしないが、本当に怒ったり興奮すると彼女は胸ぐらを掴んでくる。
「そろそろエリカと呼んでも?」
「ダメ!後輩なんだから!」
「では、私のことをアルと呼んでもらうのは?」
「侯爵家の方をそんな風に呼べない!」
「矛盾が生じていることに気づいていますか?」
それに私の予定では彼女にも侯爵家の次男の夫人になってもらうことになっているので関係ない。
「貴女が相手なら姉上は何も言いませんよ。むしろ、不出来な従弟だがいいのかと貴女に問うかもしれない」
「そんなことないもん!そりゃ、最初はしつこくて、うんざりだったけどぉ……」
「はっきり言いますね」
入学時からアプローチを続けてやっと今の関係になれたのだから我ながら根気強い。しかも初めの頃はうまく避けられていた。一年生の時などは一つの年の差でも子供扱いをされ、友人の従弟という私の存在は少々厄介だったろう。
「でも、今は、優しいアルフォンソ様が、……大好き」
「すみません、聞こえませんでした」
「絶対絶対嘘!!」
再度胸ぐらを掴まれる。
「私も貴女を誰より愛していますよ。思いやりのある優しい人。貴女より魅力的な女性を私は知りません」
幸い、私の家族も人を見る目があるので彼女のことを気に入っている。
真っ赤になった彼女の額にキスをすると、背後から声がかけられた。
「もう少し場所を気にしないとねえ」
私の恋人がビクリと体を揺らした。
「ミラベルちゃ……っ」
「教室の中まで丸聞こえですよ。いいんじゃないですか、しませんよ反対なんて。そんなに偉い立ち位置にもいませんし。貴方たちは私の知っている中でもしっかりしているので心配していません。むしろマティの方が……まああの子も嫁ぎ先は決まっているみたいですが」
おめでとうございますと言い残してそそくさ去ろうとする姉上を咄嗟に止める。
「認めていただけるということでよろしいんですか?」
「だから、賛成。というかよく見るとバレバレなので改めて言われてもねえ……。あ、夫婦げんかの際はおそらくエリカの味方につくので。以上。邪魔ものの私は退散します。また明日」
あっさり帰っていく姉上を眺めながら、私の恋人は口をパクパクさせている。
「さて、我々の間には一切の障害がなくなったというわけで、私が卒業するまで安心して待っていてくださいね、エリカ」
「は…い……」
「真っ赤ですね」
「……っ、年下のくせに…っ」
幼ければ一つの年の差も大きく感じるが、今となっては関係ない。体の大きさも力も私の方が勝っている。
「あまり、年下をなめてはいけませんよ」