表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/88

第七十話 鎮魂 ー追悼の祈りー

 王都のはずれに、簡素な礼拝堂がある。

 ぽっかりと忘れ去られたような佇まいは、変わっていない。


 黒いドレスを纏ったクロトは、胸元に白いリンドウの花束を抱えながら、静かにその石畳を歩いていた。

 隣を歩くグリズリッドもまた、装飾を削いだ黒の正装姿だった。

 

 現在、この礼拝堂に聖女候補はいない。

 王太子になったグリズリッドが行ったのは、聖女候補の娘たちの解放だった。

 聖力が自分にある以上、聖女はこの国に必要ない。

 それがグリズリッドの理屈だった。

 

 小さな礼拝堂を過ぎると花畑が広がる。

 その先に、ぽつぽつと石造りの墓跡が見えてきた。

 その数、一つや二つではない。


 歴代の聖女の墓だ。

 その中のひとつに、ナシェルも眠っている。

 

「どうして、この花にしたんですか?」


 クロトは、手に持った花束を少し揺らしながらグリズリッドに尋ねる。


「……お前が百合を嫌がったから」


 驚いてクロトは目を見開き、グリズリッドを見上げた。


「違うか?」


 風が吹き抜け、クロトの長い金髪が大きく揺れた。

 クロトはグリズリッドから目を逸らす。


「ナシェルの亡くなっていた部屋には、白い百合で溢れていたそうです」

「百合……?」


 グリズリッドは眉を顰める。


「最初は、黒魔導士が置いたのかと思っていました」

「しかし、黒魔導士はナシェルだった」


 グリズリッドの言葉に、クロトは頷く。

 

「だれが百合を手向けたのでしょう」

「黒幕がいるってことか」

「その可能性が……やめましょう」

「……そうだったな」

「今はナシェルの話をしましょう」


 小さな石造りの墓に、『ナシェル・クレメント』の名前が刻まれている。

 クロトは墓前にしゃがみ込むと、白いリンドウの花束を静かに置いた。


 そして、小さな硝子のペンダントを墓石に掛ける。

 涙型に削られた透明石が、陽光を受けて淡く輝いた。


「……聖女の涙、だったか」


 グリズリッドが呟く。

 

 わあ、綺麗。

 そう言って、無邪気に首から下げたペンダントを見下ろして喜ぶナシェルの姿が目に浮かんだ。


「ランベリーのお土産なんですよ」


 クロトはナシェルに聞かせるようにそう言って、今度は小さな酒瓶を取り出した。

 琥珀色の液体が、硝子越しに揺れる。


「ランベリー酒です」

「お前が一気飲みしたやつだな」


 クロトは少しだけ笑った。


「あれは、恥ずかしいですね」


 グリズリッドが、わずかに目を細める。


「あのとき、なんで泣いたんだ?」

「……泣きましたっけ?」

「号泣してただろ」

「なんのことでしょう」


 グリズリッドはクロトからランベリー酒の瓶を取ると、栓を抜き、ナシェルの墓石にゆっくりかけた。


「……ナシェはこれ、飲めない気がするけどな」

「確かに」

「まあ、これが故郷の味だ」

「ああ見えて意外とお酒が強かった可能性もありますよね」

「三人で、酒を交わす未来もあったかも知れないのにな」


 あ、とクロトが短く言う。


「これも」


 ことりと音を立てて、小さな蓋付きのガラスの瓶を置く。中には薄いピンク色の透明な液体が入っている。


「なんだそれは」


 問われ、クロトはグリズリッドに視線を送る。


「香油? です。ナシェルにもらったんです。同じ香りを付けようって泣かれまして」


 グリズリッドは納得して頷く。


「だから同じ香りがしたのか……」


 砂糖菓子のような繊細な甘い香り。

 クロトとナシェルからは似たような香りがした。


 短いやり取りのあと、静寂が戻る。

 風が吹き抜け、白いリンドウが揺れた。


「何度も思うんです。守れたんじゃないかと思ってしまうんです」

「仮定の話だ」

「ええ、だから仮定の話は嫌いです。意味が、見出せないので。今更考えても、どんなに考えたってナシェルは戻って来ません」


 目の前の景色が滲んでいく。


「ナシェルだけが……戻って来ない」


 そう言って、クロトは俯いた。

 風がもう一度吹き抜ける。


 隣で、小さく息を呑む音がした。


 見上げれば、グリズリッドは顔を伏せるようにして黙っている。

 クロトはグリズリッドの肩を小突く。


「泣かないでくださいよ」

「お前こそ泣くな」

「つられるじゃないですか」

「……俺だって、つられただけだ」


  風が花畑を揺らし、白いリンドウの花弁が小さく震える。

 空は高く、どこまでも青かった。


「……帰るか」


 先に立ち上がったのは、グリズリッドだった。

 クロトも頷き、墓前に向かって静かに頭を下げる。


「また来ますね、ナシェル」


 返事はない。

 けれど、不思議と寂しさだけではなかった。

 

 グリズリッドが差し出した手を、クロトは迷わず取る。

 二人は並んで歩き出す。


 花畑を抜け、静かな礼拝堂を後にする。

 背後で風が吹いた。


 まるで誰かが笑ったような気がして、クロトは一度だけ振り返る。


 白いリンドウが、陽の光の中で揺れていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

これにて一部閉幕です。


少しでも、面白い、続きが気になる!と思っていただけたら、ブクマや評価をいただけますと、執筆の大きな励みになります。


聖女お断りいたします!

〜魔導士は天命を選ばない〜

雲乃シド

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ