ダクネスへの報告
少し飛びます。
森でエレナの帰りを待ち始めてから、三週間近く経ったか。
ルミナリアを落とすのはゆっくりで良いと言われていたから、アイツの我儘を聞いてやったが……流石に帰りが遅過ぎる。
またスカウトでもしようとして、ついに殺されたか?いや、アイツなら少々厳しくても、あの二人程度にやられることはないはずだ。
「全く。明日までに帰って来なかったら、先に始めちまうぞ…」
軽く調べたが、どうやらルドルフを始めとしたルミナリアのBランク冒険者たちは最近ずっと出払ってるみたいだ。
落とすだけなら俺と配下の魔物だけでも十分だろう。
しかしエレナが内側から混乱を作り出してくれないと、余計な犠牲が出るだろう。
だから出来ることならアイツがいてくれた方がいい。
「一体どれだけ待たせれば気が済むんだ。あのギザギザ女」
「ん〜?おかしいなー。ボクの口のことに触れたら殺すって言ったような気がするんだけどぉ」
「ッ!?」
声が聞こえて、慌てて横へ飛ぶ。
同時に元いた場所に足が振り下ろされ、地面が破壊された。
「おいおい。帰ってきたなら一言声をかけろ…。そしてマジで殺す気だったな?お前」
「ちっ」
「おい!」
本気で殺す気だったエレナに、冷や汗が滲み出る。
帰ってきて早々、随分なご挨拶なことだ。
「とりあえず君の命よりも大事な報告がありまーす」
「……なんだ?」
余計なことを言えば、本当に殺されかねない。大人しく報告を聞くことにする。
「父親のカガリくんの実力は、ルドルフくんよりやや劣る感じ。娘のメイちゃんはAランク冒険者並の実力と見ていいと思う」
「そうか…。それは厄介だな」
俺の認識では、前者はCランクで後者がBランクに届くかどうかと言った感じだったんだが……予想が大きく外れたな。
つまりほぼルミナリアの最高戦力となる訳か。
「それじゃあさっさと殺さないとな。お前の方でやれるか?」
「……それなんだけど…。ちょっと難しいかな〜って。ていうかルミナリア陥落作戦も、中止した方がいいかも…」
「なんだと?」
「いやー。実に面倒なことになっちゃってね〜」
そう言って、エレナはダンジョン内で起きたことを話す。
ダンジョンで奴らに、伝説の魔物『麒麟』が仲間になったこと。この時点でもう信じられないことだ…。麒麟といえば御伽噺に登場する、神に近い存在とも呼ばれる魔物だ。そんなのが奴らに加わっただと…?
なぜ止めなかった、最悪殺して止めれば良かっただろうと聞くと、「スカウトするつもりだったから」と言った。
エレナの活動方針か…。情が湧いて、ある程度の実力者ならスカウトしようとする。悪い癖だ。
それで仲間になった奴などほとんどいないというのに…。
「まぁまぁ。そうカッカしないでよ。彼らは仲間になってくれる可能性は高いよ。君たち魔族は人間から戦争を仕掛けられた側、被害者だってことを知ってたんだから」
「なんだと?どこでそんな情報を…。人間どもは都合の悪い情報は全て秘匿してるはずだが」
「さぁ。山奥で暮らしてたらしいけど、それ以上のことは教えて貰えなかったよ」
山育ちか……あのハンマー女の関係者なら、それも有り得るか…。
『お前たちとは……もう、戦えない。戦いたくない』
あんな軟弱なことを言ってからだったな。戦地に姿を現さなくなったのは。
誰かが仕留めたという話も、どこかで野垂れ死んだというふざけた話も聞かなかった。あの代の勇者の中でも、トップクラスの実力者だったからな。
死ねば何かしらの報告はあったはずだ。
断定は出来ないが、家族を作って隠れて暮らしていたと考えれば、カガリとかいう男が勇者のハンマーを持っているのも頷けはする。血縁者と考えれば、の話ではあるが。
人間が自分らにとって使い勝手の良い駒を、またみすみす逃すとも考えづらいしな。
「だが仲間になってくれる可能性が高いというなら、なぜ作戦を中止せねばならない?むしろルミナリアを落としやすくなるだろ」
「問題はここから…。実はこのダンジョン、五十年前の勇者が作ったやつだったの。奥にその勇者もいた」
「なに?」
五十年前の勇者?一体どいつのことだ。
姿を消した勇者は、ハンマー女だけだと思っていたが…。
「その人は刀身を自在に伸び縮みさせることが出来る短剣を持っていたよ。心当たりない?」
「刀身が伸び縮み……まさか!」
あの執事服の男か!安全圏から俺たちを狙撃しまくっていた、あの。
だがあの男は、魔王軍幹部の一人が討ち取ったと聞いていた。事実それ以降、あの恐怖の剣が飛んで来ることはなかった。
「心当たり大ありって感じだね」
「思い出したくもないほどにな…。あの短剣による狙撃がトラウマになってる奴も多い。一人、また一人と心臓や頭を貫かれて死んでいくんだからな」
「ぶっちゃけ。あの勇者さんボクよりも強いよ?どうやら自分の主人を殺した魔王軍を今でも恨んでるみたいだし、近くに魔王軍の者がいるって知ったら、スナイプして来るかも」
「……………」
なんて厄介な奴が生き残ってやがるんだ!?
ルミナリアを落として人間どもを挟み撃ちにしたところで、後ろに厄介な爆弾を抱えたままだと安心して人間を攻めれやしない!
後ろから奴に狙撃される恐怖に怯えながら戦うのは御免だ!
「ちくしょうが…」
「……………クスっ」
「なに笑ってやがる」
「いや。ダクネスがそんなに慌ててるのは珍しいな〜って思ってね。それでどうするの?先にあの短剣の勇者様を殺しに行く?配下の魔物たちも使って」
んなこと聞かれる前にずっと考えてるっての。
ルミナリアを落とすだけなら、今からでも余裕で出来る。Bランク冒険者はいないんだしな。
だがあの狙撃男が後ろにいることを考えると、どうしても不安が残る。
魔物どもを全員けしかけたところで、アイツをやれるとは思えない。伸ばした剣で全員横一線に真っ二つにされるのがオチだ。
「仕方ない。一旦引くか」
「あれ?本当に引いちゃうんだ」
「上に報告して、幹部を一人か二人付けてくれるよう打診する。そうでもしないと、あの男は仕留められん」
「そんなに強いんだ。あの人」
「ああ。強い……幹部が奴一人に、重症を負わされるくらいにはな」
しかしここまではかなり長い道のりだった。人間にバレずに移動する為に何度も迂回する羽目になるから、ただの無駄足になるのは癪だ。
それにこのままUターンするのも示しがつかない。手土産の一つでもあげたいところだ。
「戻る前に、例の親子と麒麟だけでも片付けるぞ。スカウトするならして来い。ただし……失敗したら、容赦なく殺すぞ。いいな?」
「……りょうかーい。明日には連れて来るよ」
不満そうな顔で了承し、エレナはルミナリアへ戻って行った。
―――念の為、眼を飛ばしておくか。
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