魔王軍のスパイ
「ふぅー。落ち着いた」
「凄い情けない顔でお口あんぐりしてたねー」
ケタケタと笑うエレナさん。
彼女の告白を聞いて、目の前の食事に夢中な鳴に二回目のおかわりをよそってあげたところで、ようやく頭が理解した。
「完全に予想外でした…。まさかエレナさんが人間の敵側だったとは、夢にも思いませんでしたよ」
言葉に違和感は感じなかった。ということは本当にエレナさんは魔王軍のスパイということだ。
とりあえず今は敵対するつもりはないらしいし、落ち着いて話を聞くことにする。
「ふふん。演技力には自信があるからね。」
「いや。誰もエレナさんみたいなドジっ子がスパイだなんて思わないでしょ」
「“え、演技だよ。演技…”」
「スキルなくても嘘だってわかるぞ」
「てへ…」
こういう部分が逆にスパイとして買われたのかもしれない。
とてもスパイとは思えないもの。
「それでエレナさんが魔王軍のスパイだっていうのと、俺に嘘のプロポーズをしたことと何の関係があるんです?」
「あー。それを話すなら、ボクが今までやって来たことも話さないとね…。君からしたら凄く酷い話なんだけど、今話して大丈夫?食事の後の方が良いと思うけど」
「鳴の食事が終わるの待ってたら、眠るの遅くなっちゃいますよ。だから今話しても大丈夫です」
「……そっか。わかった」
それから彼女は、今までのスパイ活動でやって来たことを説明する。
国の情報を持ち帰るというスパイらしい内容から始まり。
魔王軍が侵攻する街を容易く落とす為に、腕利きの冒険者や騎士、指導者などを暗殺したこと。
時折見かける実力者たちを勧誘しては失敗し、殺して来たことなど。
エレナさんは俺の表情をチラチラと確認しながら、それらのことを話した。
それは全て、故郷にいる家族の為だということも含めて…。
「他にも砦の備蓄を盗んだり、暗殺が難しい有力貴族を適当な罪をでっち上げて縛り首にしたり……とまぁ、そんな感じのことをしてきました、はい…」
「うへぇ〜。残酷ぅ…」
これが戦争というものか…。なんつうか、思ったよりもドロドロしてる。
裏でこんな暗躍してる人がいるんだもんな…。
彼女みたいなスパイがいるから、魔王軍は常に優勢を保っているのか。
「ね?ボクってば、凄く酷いことして来たでしょ?いくら家族の皆を守りたくて、戦争を早く終わらせたいからってさ…。とても自慢出来ることじゃない」
エレナさんは苦笑しながら言う。
自分のやってることは正しいことではない。そんな風に思ってるような顔だった。
「うーん。俺は戦争に参加したことないですからね。よくわかんないです」
「えっ?」
だけどそんな顔されたところで、その気持ちをわかってあげることの出来ない俺は、自分の正直な感想を伝えた。
「戦争って、卑怯なんて言葉が存在しない世界の話なんだなーってイメージですし。エレナさんのやって来たことが酷い話かどうかなんて、俺には判断つかないです」
学校の授業で習った、罪のない一般人に襲い掛かった大空襲や、二回も放たれた核爆弾の話。
戦争と聞いてパッと思い付くのはそれだ。軍人にではなく、まさかの一般人に向けた攻撃だ。
それに酷い話って言っても、たぶんエレナさんのより酷いことは日本にもたくさんあったし。
個人的には子どもに爆弾持たせて特攻させる話よりかは酷くないと思う。
エレナさんがして来たことって、戦争に携わってる、またはこれから携わる人たちにしか向けられていない印象を受けたから。
「なんの力も持たない一般人まで殺してる訳じゃないですよね?」
「う、うん。殺す意味がないし」
このように、別に避難している人たちがいる洞窟に火炎放射器をぶっ放したりしてる訳じゃないみたいだし、まだ全然優しい?方だと思う。
「酷いとか酷くないとか、そんな軽々しく俺の口から言えたことじゃないですけど……とりあえず今の話を聞いた限りだと、戦争ってマジでヤバいんだな〜。参加したくないな〜って認識くらいしか持てないですね」
少なくとも今は当事者じゃないから、授業で習った時の感想しか出て来ないのもあって、そう言うしかなかった。
「参加したくない、か…」
「当然じゃないですか。そんな死と隣り合わせなことに参加したくなる奴なんて、普通いませんよ」
「……じゃあ、君のことは諦めるしかないね…」
呟くように言ったエレナさんは、肉の卵とじを口の中に流し込んで、皿を俺に出してきた。
「おかわり!ここからはもうご飯に集中しよ!あ。わかってると思うけど、このことは内緒にしてね?じゃないと“君のこと殺すから”」
「……はい。わかりました」
急に話を切り上げたエレナさんにおかわりを作ってあげる。
……結局俺にプロポーズして来た理由は話してくれなかったが、これまで聞いた話でなんとなく理解は出来る。
要は色仕掛けのつもりだったんだろう、と。
だけどその話をしないってことは、俺のことは諦めたんだろう。
それならそれでいい。俺はこの世界で、幸せな家庭を築きたいからな。
「エレナさん。一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ん?なに、鳴ちゃん?」
しかしそこで、鳴が待ったを掛けるようにして質問した。
「貴女が魔王軍のスパイとして活動しているのなら……ルミナリアには、どういった要件でいらしたのですか?」
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