オークキング
デカい。率直な感想がそれだった。
人と同じような姿をした豚の魔物。コイツがオークだってのはすぐにわかった。
だけど、目の前にいるオークは完全に異質だ。
体長もそうだが、俺が想像したようなオークじゃない。
豚のように太ったような姿なのかと思いきや、確かに人より横に広いことには広いが、筋肉が浮き出るくらい引き締まっている。腕と足も同じだ。
こんなの豚の顔をしたゴリラじゃねぇか。
なによりコイツは、人の言葉を喋った。上位の魔物が人の言葉を話せるのが普通なのか知らないが、明らかに知能は普通の魔物より高いだろう。
それに……今まで会って来た魔物の中で、ハッキリと伝わって来る殺意。
だが殺意だけでもない気がした。人間という存在を恨んでいる、そんな様子も見て取れ―――
「殺ス…!一番強イ、人間ーーーッ!!!」
オークが突如、何もない場所から身の丈サイズのデカい大剣を取り出し、そのまま振り下ろして来た。
「マスター!?」
それを即座にメイが反応して、俺を抱えて助けてくれる。
―――ドガーンッ!バキバキバキバキ…!
後ろの方で破壊音にも似た音が聞こえて来て、それだけで一撃もらえば即死級のヤバい攻撃だったことがわかる。
「マスター!ご無事ですか!?お怪我は?」
「あ、ああ。すまないメイ。あまりの迫力に、呆気に取られてしまった」
これが恐怖というものだろうか。今までも『怖いなぁ』とか、『ヤバいなぁ』とか思うことはあっても、魔物に対して死を覚悟することなんて今までなかった。殺される方が難しい戦いばかりだったから。
だけどアレは違う。あのオークの身に纏うかのような圧倒的な殺意。あんなのを目の前にして、かつ向けられたのが初めてだったこともあり、身体が竦んでしまっていた。
「油断はしないでください。あんなのをくらってしまえば、マスターでは簡単に死んでしまいます」
「ああ。音を聞いただけでもヤバいのはわかった。一体どんな力して……………おいおい、冗談だろ…」
落ち着いてオークがいる方を確認すると、一瞬息が詰まった。
俺たちがいたところの地面が、さっきの一撃で割れていたのである。
「残念ながら、冗談でもなんでもありません。Bランクの魔物なら、あれくらいの力があって当然でしょう。オークキングが力自慢の魔物ということもありますが」
「マジかよ…。Bランクって、あんなに強かったのかよ…」
それにやっぱアレがオークキングだったのか。Cランクのツインホーンベアーが岩を砕く腕力をしてるのに対して、こっちは地面を容易に割ることが出来る膂力の持ち主……ワンランク上がっただけで強くなり過ぎだろ!想像の五倍くらい強いじゃん!?
そんな風に思っていると、鳴がさらに残念なお知らせをしてくる。
「さらに嫌なことに、奴は人の言葉を喋ります。それは高い知能を有している証明であると同時に、通常個体より強力である可能性が高いです」
「通常個体よりって、つまり普通のオークキングよりもアイツは強いっていう認識でオッケー?」
「はい。そのつもりでいた方がよろしいかと。地面を割る程の一撃でしたが、恐らくアレは本気を出しておりません。その気になれば、周辺にもっと大きな被害を齎すでしょう。それに、今の私で勝てるかどうか……正直わかりません。これが通常のオークキングであれば、負けることはないと断言出来たのですが…」
「噓だろ…」
鳴でも勝てるかわからないなんて、そんなのとどうやって戦えばいいんだよ…。
「しかし……」
だけど鳴は、一呼吸置いて落ち着いた様子で続ける。
その様子は、勝機があると確信しているように見えた。
「奴の圧倒的な力は確かに脅威です。ですがそこが弱点でもある。と、私は考えます」
「どういうことだよ?」
「ここは奴の縄張り、つまり我が家のようなものです。普通の魔物であれば、周りの被害など気にせず暴れるだけですが……あのように高い知能を持っているのであれば、あまり自分の家を荒らしたくはないでしょう。あのように殺気立たせながらも、本気で大剣を振り下ろして来なかったのはそれが理由かと」
「……やはりお前は賢い」
鳴の考察に対して、ずっとこちらを黙って見ていたオークキングが、さっきよりも凄い流暢な声で喋る。
オークの癖に良い声してやがる…。
「チビの癖に、さっきの一撃のみでそこまで察するとは……見かけに寄らない、かなり長生きした長命主か?」
「いえ。残念ながら、この世に生を受けて二週間も経っていません。ですが、知識だけならこの世の誰よりもあると自負しています」
すごっ。そんなにたくさん知識が詰め込まれてるの?
まるでウィ○じゃん。
「ほう?それは興味深い。それだけ賢いお前を母体にしたら、一体どれだけ優秀な子が産まれるだろうな?」
「は…?」
オークキングの言葉に対して、真っ先に俺が反応した。
今コイツ、鳴を母体にって言ったか?
「それはお断り致します。第一私はまだ子どもを産めません。なので潔く殺すことをオススメします。最も、貴方にそれが出来れば、ですが」
「なるほど、それは残念だ。だが安心しろ。俺は我慢が出来る男だ。お前が子どもを産めるようになるその時まで……」
「鳴をそんな最悪な目に合わせるかーッ!死ねや豚ァ!?」
気持ち悪いことを宣うオークキングに、魔力玉を全力で投げつける。今までの魔物なら、これだけで確実に死んでいた。
だがオークキングは、虫を軽く払いのけるようにして手だけで簡単に叩き消した。
マジかよ…。全く通じねぇなんてことあんのかよ。
俺はそう思ったが、しかしオークキングは驚いた様子で魔力玉を払いのけた手を見つめていた。
「ほう。予想以上に痛いな。あまり、生身で受けない方が良さそうだ。やはりお前も強い。俺自ら出た甲斐があったというもの」
どうやら全く通じない、なんてことは無さそうだ。受けた手が震えている。
「はんっ!どうだ豚野郎ッ!うちの子を汚そうだなんてそうはいかねぇぞ。鳴は俺の大事な相棒であり、家族だ。テメェの気持ち悪い思惑の道具になんかさせてたまるかよ!?」
「マスター、いけません。下手に刺激を与えては……」
「家族か…。そうだな。家族ならそう思うのが当然だろう…」
オークキングは、どこか哀愁を漂わせる様子で呟くようにして言う。
気のせいか、身に纏うかのような殺意が一瞬だけ消え失せたように見えた。
鳴もそんなオークキングを、訝しむように見ていた。
「……ならば、しっかり俺から守ってみせるがいいッ!」
そう言ったオークキングは、その身に似合わない素早い動きで、一足飛びに接近してくる。いや速すぎるって!?
見た目は明らかにパワー一辺倒な感じなのに、まさかの俊足アタッカーかよ!?
一瞬で距離を詰めてきたオークキングが、俺に大剣を振り下ろして来る。
避けられない。そう思うと同時に、オークキングの筋肉質な腹に閃光が突き刺さった。
オークキングは踏ん張るが、たまらずそのまま地面をデカい足で削りながら後ろへぶっ飛ばされ、背後にあった木に折れるほどの勢いでぶつかった。
「マスターはやらせません。マスターを守るのが、私の役目ですので」
それをやってのけたのは、身体に紫色の雷を纏っている鳴だった。
一瞬だけしか見えなかったが、鳴はオークキングを殴り飛ばしたように見えた。
「ナイス鳴!助かった!……でも、鳴のあの攻撃受けてピンピンしてるなんて…」
ゴブリンやコボルトであれば、今のをくらったら全身が塵になっていそうだ。
それをあのオークキングは、ただ「あ~、痛かったぁ」って感じで腹を擦ってるだけだ。
俺の魔力玉よりかは効いてるはずだが…。
「お互いを助け合う。素晴らしい関係だな…。羨ましいほどにな」
大剣を構え直したオークキングがそう言う。
なんだ?ちょいちょい微笑ましい感じで見てくるのは気のせいか?
「だが。俺にも守る者たちがいるのでな。早くお前らを片付けて、あちらの援護に行かなくてはならない。故に……少々本気で行かせてもらうぞ!」
オークキングがまた素早い動き接近してくる。
そんな奴に対して、鳴はそれ以上のスピードで接近して背後に回った。
「1000V・雷撃!」
そしてそのまま、雷を纏わせた拳をオークキングにぶち込んだ。
「ぬぐぉおおおおおッ!?」
今まで見た中で、明らかに一番威力が高い攻撃。
オークキングもたまらず悲鳴を上げる。
これなら!……と、喜んだのも束の間。
「ぬぅんッ!」
だがオークキングは振り返りつつ、周辺の木々を斬り倒しながら大剣を振るう。
鳴は危なげなくそれを躱し、距離を取った。
いくら強力な個体だからって、頑丈すぎんだろ!?
しかし今度は俺に背を向けた。その無防備な背中に向かって、魔力玉を連続で投げつける。
だがそれに対して素早く反応して、大剣で全て叩き落とした。
「おいおい。反応速度もピカイチ過ぎんだろ…」
「魔物だからと同じ攻撃が通じると思うな。こちらもキングを名乗れるほどの、知恵と経験値があるんだ。特に経験値だけで言えば、ただ強いだけのお前らとは比べ物にならんだろう。例えば……」
「1000V・ライトニングブラスト!」
喋っているオークの横から、鳴が砲弾サイズの雷の弾を打ち出した。
それをオークは高くジャンプすることで躱す。
豚が飛んだ!?
「1000V・らいげ―――ッ!?」
空中へ逃げたオークキングに追撃を仕掛ける鳴。しかしオークキングはただ受けるようなことはせず、大剣を鳴に向かってぶん投げて、回避行動を取らせる。
―――そこからさらに、衝撃的なことが起こった。
オークキングはなんと、空中にいるにも関わらず、その場を蹴って一足飛びに鳴に向かっていった。
「は…?」
「魔物がスキルを使うところを見るのは、初めてか?」
―――ドゴーンッ!
オークキングが鳴を巻き込んで地面にぶつかった。
「鳴ーーーーーッ!?―――あっ」
鳴がやられた。そう思った俺は思わず叫んだが、すぐに土煙の中から一筋の閃光が出て来た。
「鳴!よかった。無事で―――っ!」
「……マスター…。逃げて、ください…」
身に纏う雷を消した鳴の姿を見た俺は、絶句した。
……鳴の両腕が、折れていた。頭から血も流れている。急いで手当てをしないとまずそうだった。
「これが、経験の差だ。咄嗟の出来事に反応出来ず、手痛い一撃をくらうのだ」
投げた大剣を拾い、こちらへ歩いてくるオークキング。
―――死ぬ。
そんな言葉が、高速で頭の中を駆け巡った。
「鳴!逃げるぞ!ジンさんたちと合流して……」
「無理です…。私が、この状態では……とても逃げ切れません…。私が、少しでも多く、時間を稼ぎます…。マスターだけでも、逃げてください…」
「そんなこと出来るかっ!お前を置いてなんて……」
「いい加減にしてくださいッ!」
「っ!」
鳴が俺を睨みながら、怒鳴ってくる。
まるで今まで溜まった鬱憤ごと、晴らすようにして。
「鳴…?」
「今この場で、私を見捨てて街にあのオークキングのことを知らせに行くこと以外、マスターに出来ることなどありませんっ!私を守るなどという世迷言を言えるような相手ではないのです!」
「……………」
「下級精霊の私よりも弱い癖に、いつまでも子どもみたいな意地を張らないでくださいっ!」
「ッ!?」
それは、初めて鳴から出された、明確な拒絶の言葉。
尊重したくもない俺の意思を尊重して、ずっと不安な気持ちで戦わせてくれた彼女が、今まで胸の内に留め込んでいたものだった。
今までずっと渋々了承していた鳴だったが、まさかそんな風に思っていたなんて、考えもしなかった。
「……マスターは精霊魔法使いです…。精霊魔法使いなら、精霊を犠牲にしてでも生き延びるべきです…。私以外にも、精霊はいるんですから」
「鳴…。でも―――」
「いいから行ってください!早く!精霊にとって、主の死は自分の死より辛いことですっ!」
「ッ!」
「……別れの挨拶は済んだか?」
気付けば、オークキングは目の前にいた。
「逃げたければ逃げるが良い。逃がす気は無いがな」
「……………」
俺では、百歩譲っても勝てないだろう。
鳴の言う通り、街まで逃げるべきなんだろう。
他の精霊と契約して、ソイツと冒険者を続けた方が良いんだろう。
無理して戦って、俺の死を見せて悲しませるなんてことは……しない方が良いに決まってる。
―――でも…。
「っ!? マ、マスター…?」
「……ほう…」
俺は鳴の前に出る。オークキングの目の前に、立つ。
……ここで鳴だけ置いて逃げるなんて……俺には、出来ない。
「マス、ター…っ?」
「……悪いな鳴。俺には、家族を置いて逃げるなんてこと、出来ねぇよ」
そうだ。逃げるな。
ここで逃げたら、俺は一生後悔する。
幸せな家庭を築くっていう夢も、叶えることだって出来ない…!
「掛かって来いよ、豚野郎。家族を守ろうとする男の底力。見せてやるからよ…!」
「その意気やよし。ならば……一思いに殺してやろうッ!」
「マスターーーッ!」
オークキングが横振りに大剣を振るう。
それを俺はジャンプして躱し―――同時にオークキングに接近して、その顔面を思い切り殴ってやった。
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