ゲームスタート
本日二本目
切る場所がなかなかつかめず長くなってしまいました。
目を覚ますとシウの顔がドアップで目に入ってきた。
「きゃぁ」
シウは目覚めたことに気づいたのだろう無理やり僕から距離を取る。
――ゴツン――
それに連動して後頭部に痛みが走った。
一応、今の状況を整理してみよう。
僕は木造の建物の床の上に仰向けで寝ていて、シウは僕から少し離れた所で女の子座りをしている。
そこに、目覚めた時に見た光景を足すと自然と答えが出てくる。
「違うんです。違うんです。私は決してキスをしようとしたわけではないです。ただ、なかなか目覚めないから不安になっただけなんです。本当ですよ。本当ですよ」
明らかに動揺しているシウ。
もう、自白しているのと変わらない。
「そうか。そうか。それで、膝枕したままキスなんて難しいだろう。態勢を変えようとか考えなかったのか」
「いえ、せっかくの膝枕を崩すのがもったいなくて、それでこの態勢からキスできないかなぁ・・・・とか考えてませんよ。本当ですよ」
「語るに落ちたな」
起き上がり服に付いた砂を払った後、シウの居るほうへと近づく。
「あの、レイさん。どうして、悪役のような笑みを浮かべてこちらに来るのでしょうか」
「いやぁ、よく逃げずに居たね」
「い、いや、これは逃げれないだけです」
「そうか。そうか」
シウは明らかに小動物みたいにうろたえている。
「それでだ。長い間、膝枕してくれた御礼にマッサージをしてあげよう」
「い、いや。大丈夫です。レイさんのお手を煩わせるわけにはいきません」
「そんな寂しいことを言うなよ。僕たちパートナーじゃないか」
ジリジリとシウに近づくとシウは冷や汗を出しながら必死に後ろへ逃げようとする。
しかし、全然下がれて居ない。恐らく体のどこかが一時的に麻痺しているせいだろう。
どことは言わないが。
「実刑執行」
僕がシウの足をマッサージすると、シウは嬉しいのか『ギャアアアアアアア』という悲鳴をあげている。
そんなに、嬉しいのか。なら、もっと頑張らないとな。
・・・・・・・・・・・。
マッサージを二分ほど続けた結果、シウは僕のマッサージに対してあまり反応しなくなった。
それどころか『もっとやってください』と催促してくるぐらいだ。
どうやら足の痺れは取れ、普通に気持ち良いのだろう。
「終了だ」
「えぇ・・・。もっと・・・って違う、そうだ。そうだった」
シウは何かを思い出したようで言いかけた言葉を飲み込んだ。
「いきなりどうしたんだ。何かやらないといけない事でも有るのか」
「二つほどあります」
シウは深呼吸をする。
「八つ当たりをしてごめんなさい」
「八つ当たりか。僕そんなことされたっけ」
「放置されて慰められた後ですね」
ものすごく不安そうな顔をしているシウ。
「あー。あれか。八つ当たりされたとは思ってないから大丈夫だ」
「そう・・・ですか」
「だから、そんな顔はやめてくれよ。あと、それぐらいで嫌いにはならないから」
「わかり・・・ますか」
「捨てられた子犬のような顔してたらわかるよ。流石に」
「そうですか・・・」
「で、もう一つはなんだ」
「あ、はい」
シウは何とか表情を戻すと両手で顔を覆う。
何か嫌な予感がしてとめようとしたが。
「おい――「うぇーん。汚されました。もうお嫁にいけません?」
僕の声を遮って、疑問系で言うシウ。
本人も何でこんな事言っているのか解ってないだろう。
まぁ大体予想は付くがさっきとの落差がひどすぎる。
「ドロシーの仕込みか」
「そうですね。今度はちゃんと言うことが出来ました」
シウはあっさり白状した。
それにしても、『今度は』ってことはその前があったんだよな。それってやっぱりアレだよな。
なんとなく解るが薮から蛇をつつき出す事になりそうなので確認はしないことにした。
「それにしても、この宣言は何の為に行うのでしょうか。言って何の意味が有るのですか」
「たしか、『汚したのだからちゃんと責任とってね』って意味だぞ。結構有名な言葉だと思うんだが」
「体を触られたから汚れたって、ただのイジメかイチャモンじゃないですか。私はそんなこと思ってません」
「いや、そんなイジメ的意味は無い。そうだな、既成事実を作って相手を逃げられなくする意味になるのかな」
って僕は馬鹿か何でシウに丁寧に説明してるんだ。
不安を押し込めて語ってくるシウになんとか合せてあげようと要らぬ事を言ってしまった。
しかも、ご丁寧に既成事実という単語まで使ってしまっている。
「また、既成事実ですか。それに、汚すと責任ですか」
シウは何か考えだした。
やばい気がする。
「おい。深く考え――」
『深く考えるな。後悔するぞ』と言おうとしたが、一足遅かった。
シウは答えの見当がついたのか、ボンと煙をあげ一瞬で真っ赤になりモジモジしている。
先ほどの表情が嘘のようだ。
「あ。あの、あの、あの・・・既成事実ってもしかして」
「言うな。皆まで言うな。聞きたくない」
「言えませんよ」
耳をふさぐポーズをとって拒絶した僕に対し、シウが真っ赤になって言ってくる。
「あの、あのですね」
「なんだ、既成事実の話なら受け付けないぞ」
「違います。きっかけの話です」
「それも、やめて欲しい」
耳から手を外し頼む。
「いえ気になるのですが。する時点で普通色々と覚悟って決まってますよね。それなら言った―――」
しかし、頼みもむなしく何か言おうとしてきたので全力で耳を塞ぐ。
なんでモジモジした可愛らしいポーズをした子から、生々しい発言を聞かなきゃいけないんだ。
「それで、それでだ。それより、僕はどれぐらい気絶してたんだ」
耳をふさいだまま無理やり話題を変え、言い終えた後にゆっくりと耳から手を離す。
「え、気絶ですか。こちらの時間で40分ぐらい起きませんでしたね」
「こちらの時間でと言うのはどういう意味だ」
「え、えっと確かこちらの世界の時間経過はレイさんが居た世界より四倍ほど早いそうです」
「こっちの世界の一日は24時間だよな」
「はい。レイさんが居た世界と変わらず1時間は60分で、1分は60秒です」
「なのに俺の世界より4倍早いのか」
「たしか、体感速度がどうこういってた気がします」
シウの発言に驚愕する。
恐らくシウが言おうとしているのは体感速度の制御だろう。
VRシステムを使った体感速度の制御というのは空想に近い。
実現すれば一日を2倍の48時間だろうと、3倍の72時間だろうと引き伸ばせることになる。
ただし、実現すればの話だ。
実際の所、多くの国や科学者が注目し研究を行っているらしいが、まだ成果が発表されたことはない。
技術が秘匿されている可能性も無いとは言い切れないが。間違いなく、ゲームに当たり前に組み込まれていいはずが無い代物では有るのは確かだ。
「どうしたのですか難しい顔をしていますが」
「いや。なんでもない。それよりも、心配をかけて済まない」
「あぁ。気にしないでください」
「まぁ素直に感謝は出来ないけどな。やろうとした事を考えると」
「むぅ・・」
シウが心配そうに覗き込んで来たので、茶化して切り抜けた。
もう、このことに関しては深く考えない方がいいだろう。
後でそう言うことが得意な上司に丸投げすることにする。
そうと決まればこんな場所にとどまってないでさっさと冒険に出かけよう。
「さてと、こんなところで駄弁っても仕方ないからなそろそろ行こうか。案内よろしく」
「あ。任せてください」
僕の発言にシウはようやく笑みを浮かべ木造の建物の扉を開け外に出る。
相当既成事実のインパクトが強く先ほどの不安など吹っ飛んだのだろう。
要するに結果オーライだな。やはりシウは笑顔のほうが似合う。
シウの後に続けて僕も建物の外に出た。
外は森らしく木々が立ち並んでいる。
まだ朝日には少し早い時間だったらしく湿っていて少し寒い。
そして、草木の匂いもしっかりと感じられるためこれが本当に仮想世界と言うのが信じられなくなりそうだ。
VRシステムはやはりすごいな。
そんなことを考えていたら突然、脳内に4回アナウンスが響く。
『[称号・変人]を獲得しました』
『[特殊スキル・変人のバインダー]を習得しました』
『[称号・苛める者]を獲得しました』
『[特殊スキル・サディズム]を習得しました』
また、このパターンか。流石に慣れてしまったようで、苦笑しか出ない。
まったく、初めてこの世界のやってきたのだから少しぐらい自重してくれてもいいと思うだが。
「どうかしましたか」
「なんだか不本意な称号を頂いたようでね。あと特殊スキルと言うのも頂いたようだ」
「私も、もらいました。それでですね、称号と特殊スキルについては解ってますか」
「いや全然分からないな」
「そうですか。では歩きながら話しましょう」
シウは僕の手を取り歩き始めた。
「流石に手をつなぐのはちょっと」
「きゃあ。ごめんなさい」
シウは僕の手を驚いたように解く。
「いや問題ないよ。行こうか」
僕達はゆっくりと町に向かって森の中を歩き出した。
「で、称号ってなんだ」
「簡単に言いますと、称号は特定の条件を満たした時の場合獲得できる物です。そして、特殊スキルとは称号獲得時に貰えるボーナスの中の一つです」
「ボーナスの中の一つってことは他にも有るんだな」
「はい。『特殊スキル』『特殊アイテム』『特殊システム』の三種類になりますね」
「その『特殊システム』ってなんだ。よく解らないのだが」
「ごめんなさい私もよく解りません。ただ存在することは確かなはずですが」
シュンと落ち込むシウ。
特殊システムか。シウがよく解らないということは、ほぼ出ることは無いと考えたほうがいいだろう。
まだ色々と聞きたいことは有るんだけどな、どうやら面倒事がやってきたらしい。
すぐに対応できるように、少しシウとの距離をつめておく。
「レイさんも気づきましたか」
「あぁ。ここで一度、講義は中断だな」
「まったく、邪魔ですね」
僕たちは小声で会話する。
と言うのも僕達の背後から視線を感じるからだ。
距離は200メートルで、数は恐らく3人だろう。
どう考えても友好的な感じとは思えないな。
「どうしますか」
「様子見だな。もし戦闘になった場合、スキルや魔法を一度見てみたいから余裕があるならば手加減してくれ」
「解りました」
「くれぐれも無理をするなよ。倒せそうないなら町まで逃げるからな」
「はい」
って言った傍からやばいな。
慌ててシウを抱き寄せ、左へ跳躍する。
シウは一瞬何がなんだか解らなく動揺したようだ。
しかし、先ほど自分達が立っていた場所にバスケットボールぐらいの火の塊が通過すると、さすがに状況が掴めたのかシウの表情が険しくなる。
さて、戦闘の開始だ。




